第97話 15-4.


「テメエッ! だ、誰だっ? 」

 チンピラが叫ぶのを待ち構えていたように、黒尽くめの彼女は、その形の良い胸を誇らしげに反らし、口元~と思われる場所~に手の甲を当てた。

「オーッホッホッホッホッ! よくぞ聞いてくれましたわねえ、チンピラさん」

「なんだとっ? 」

 彼女はSPAS11を片手に、もう片方の手は縊れた腰に当て、その長く美しい脚は凛々しくモデル立ち。

 まるでヒーローの登場シーンを彷彿とさせるポーズのまま、彼女は事務所内のヤクザ達を睥睨し、芝居掛かった口調で、声を張った。

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、悪を倒せと我を呼ぶ。お呼びとあらば即参上、月に代わって成敗します、地球の平和にご奉仕するニャン! 愛と美の女神ビーナスの使者、その名も」

 彼女がそこまで言った時、最前列のモヒカンにサングラスのチンピラがチャイナ・コピーらしいトカレフを構えて叫んだ。

「いつまで喋っとるんじゃワレ、死ねやあっ! 」

 語尾に被せるように、パカンッ、と耳を劈く甲高い音が響いた。

「グフォッ! 」

 獣のような声を上げてモヒカンは身体をくの字に折って後ろへ吹っ飛び、仲間達を薙ぎ倒してきゅうと呻いて動かなくなった。

「け、健太! 」

 女の背後から、イズマッシュ・サイガ12を構えた、やはり黒尽くめの女性が姿を現し~最初に現れた女性がスレンダーなモデル体型だとしたら、こちらの女性はグラマー、且つ上品な艶っぽさの漂うラインの持ち主だった~、溜息混じりに言った。

「先輩、なに魔法少女ごっこしてんだよ、信じらんねぇ」

「なによぅ後輩。いいじゃん、キメ台詞くらい言わせてくれたって。こちとら無償奉仕なんだかんねっ! 」

「無償が当然だろ? だいたい、その口上、全部パクリの寄せ集めじゃねぇか。それと、ニャンはやめなさい、年齢的に」

 黒尽くめふたりの漫才もかくやと言う遣り取りを聞いていた大橋が、怒りを爆発させた。

「なにウダウダ喋ってやがんだっ? テメエラ、ここを何処だと思ってやがる? 」

 大橋の怒声に我に帰ったチンピラ達が一斉に手にしたエモノ~水平2連の猟銃や改造モデルガンが殆どだ~を一斉に構えた。

 直後、後から現れた黒尽くめが右手に持ったショットガンをさっと左右に薙いだ。

 バカンッ、という銃声というより金属の破裂音に近い、轟音。

 7回発射音が響いた頃には、7人のチンピラが銃を弾き飛ばされて、声もなく床にへたばっており、口を開いたまま呆然と仲間達の惨状を見ていた全員が、カランッ、という金属音で我に返って顔を上げると、黒尽くめが弾倉を交換し終わり、ボルトをシャクン、と引いたところだった。

 事務所の床には、黒っぽい硬質ゴム製らしき、十字型の非殺傷弾スタン弾が何事もなかったかのように散らばっている。

「なんだ後輩、アンタのエモノの方がカッコイイじゃん! 」

「先輩がデカくてハデな方がいいって言うからSPASスパス渡したんじゃないか。私のイズマッシュ・サイガは支援火器、先輩のが主役メカだよ」 

「んー。……ならいいか」

 ショットガンであるSPAS11は、その名称通り11番ゲージのショット・セルを使用する。

 『先輩』がこの事務所の突入時、ドア抜きに使ったように、一粒弾スラッグならより凶悪だ。

 『後輩』の同じくショットガンのサイガは12番ゲージで11番よりもセルが小さいのだが、こちらはロシアの名突撃銃、AKシリーズの血脈を受け継ぐショットガンで、珍しく8発のボックスマガジンタイプ、確かに彼女の言うとおり支援火器とも言える。

 簡単に騙されて納得した先輩を置き去りに、後輩はすっかり恐怖心を顕わにしているヤクザ達の中から、妙にスカルフェイスな角刈りと、その背後に隠れている一番エラそうな初老の男に視線を向けて、言った。

「ええと……。そちらが組長さん? 」

「社長だ! 」

 思わず言い返す大橋に、彼女は素直に訂正する。

「ああ、申し訳ありません、社長。お騒がせしまして。ですが、よろしければ社員の方々に、抵抗しないように言って頂けると、こちらも少しは静かに、事情をご説明差し上げられるんですけど」

「何者だ、テメエラ! 」

 改めて大橋が不機嫌そうに、しかし少しだけ声量を落として問い返した。

「それはお答えいたしかねます」

 素っ気ない答えに、再び大橋はキレた。

「ナメてんのかっ? 」

 親の怒鳴り声で反射的に銃を構えた残りのチンピラに、後輩のサイガが8回、火を噴いて、8人のチンピラが床に崩れ落ちた。

 それまでじっと黙っていた山崎の鋭い眼が、一層光った。

”あの後輩とやらいう女のショットガンは8連発。確かに手は早いが、弾倉交換の一瞬が狙い目だ”

 弾倉が床に落ちて、そのチャンスが早くも到来したことが知れた。

 山崎は目の前で薙ぎ倒された子分達に眼もくれず、スーツの内懐、左脇に釣った愛銃、ベレッタM84をホルスターから抜き取った。

 瞬間、これまでとは違う発射音が3度、室内に鳴り響いた。

 チリンチリン、と薬莢がリノリウムの床に跳ね返る音がする頃には、山崎はM84を弾き飛ばされ、右手の甲、右肩、左腕から血飛沫を上げて、背後の大橋に全体重を預けていた。

「ひいぃぃぃっ! 」

 倒れてきた山崎を支え切れずに尻餅をついた大橋に、後輩は依然マズルから薄っすらと煙を立ち昇らせているSIG230を向け、さっきと変らぬ口調で言った。

「サイガの方がゴムスタンだったから安心なさったのかな? でも、実包も持ってますから、そのおつもりで。サイドアームを装備するのは淑女の嗜みですものね? ああ、取り敢えず出血は派手ですけれど、急所は外していますので、ご心配なさらず。それにしても、M84とは趣味がいいですね。最近は皆、ベレッタと言えばM92F辺りを持ってますけど、ベレッタの真骨頂は.38ACPのM84にあり、って通の方も言いますもの、ね? 」

「ちょっとぉ、後輩」

 後ろから先輩がツッコミを入れる。

「なに薀蓄垂れてんの、そろそろ時間よ! 」

「ああ、そだね」

 先輩のお洒落なロンジンの腕時計を覗き込んで、後輩は少し早口で喋り始めた。

「時間もないので、これまでの経緯だけ、簡単に。まず、社長のご自宅、蓬莱町の小梅さんと仰るご婦人のご自宅とスナック、それにこの事務所の1階、全て制圧済です。あ、ご自宅の奥様とお坊ちゃま、それに小梅さんはご無事ですのでご安心下さい。加えて、武蔵野春風組さまの方は県警機動隊が貼り付け警戒中ですから、当分動きは取れないと思いますわ。……ただ、少し問題がありましてね? 」

 彼女は一旦言葉を区切り、短い吐息を落としてから、少し声を低める。

「蓬莱町のスナックで、貴社のタクヤさんと仰る社員の方とお会いしまして。少々ご質問させて頂いたところまあ、お若いせいかスラスラと、素直に何でも気持ちよくお答え頂きました」

「拓也だと? 」

 大橋の顔色が、一層土気色に近付く。

「タクヤさんが仰るには、社長様のご命令で、私どもの社員に少々悪戯をなさったとか? 」

「クソ餓鬼がぁっ! 」

 思わず口走る大橋に、後輩と先輩はチラ、と顔を見合わせ、互いに頷き合う。

「困りましたわぁ。私共としましても、このまま見過ごす訳にも参りませんし。正直、弊社も貴社同様に看板とメンツが重要な商売、舐められたら終わりでして。背負った看板に泥を塗られたとなると、三倍返しが相場か、と」

 頬に手を当て、溜息交じりで憂鬱そうに話す先輩と呼ばれた女の如何にも演技じみた台詞に、横で後輩が肩を竦めていた。

 大橋はそれどころではない様子で、出血の為にぐったりとしている山崎の身体にしがみついてガタガタ震えながら問い返す。

「ど、どうしろってんだっ? 」

「そこで、色々と検討させて頂きました結果、貴社には解散頂こうかと、こうなりました」「な、なんだとっ? 」

 後輩にだけ喋らせるのに耐えられなかったのか、先輩がズイと前に出て高らかに言った。

「この件に関しましては、貴社の親会社……、と言うんですか、ホールディングスと言えばいいのかしら? とにかく、武蔵野帝都義侠会の倉田会長様も、武蔵野帝都義侠会との提携先最大手でらっしゃる、与党総務会長の池本代議士様も、共にご了解済みです」

 政権与党の大物、池本総務会長の名前を聞いた途端、大橋の顎が外れるかと思うほど大きく開いた。

「貴様等……、いったい」

 呟くように言うと、大橋は山崎の身体を放り出して突如立ち上がって吼えた。

「こうなりゃ野郎共ッ、」

 やっちまえ、とせめて悪党らしい台詞を吐こうとして、けれど彼の最後の望みはあっさり絶たれた。

 大橋が立ち上がろうとした刹那、後輩が自分の喉下を親指できゅっと押しながら呟いた言葉で。

「セット、エンゲージ! 」

 言い捨てると後輩は、前に立つ先輩を抱きかかえるようにしてサッと廊下へ転がり出る。

 同時に、彼等の背後、道に面したガラス窓が一斉に、粉々に砕け散った。

「う、うわあっ! 」

「な、なんだテメエラッ? 」

「や、やめろっ! 」

「助けて、命だけはあっ! 」

 いきなり窓からリペリング降下で突入してきた黒尽くめの、今度は見るからに屈強な男達6名に、大橋を初めとした残ったヤクザ達は次々と床に組み伏せられ、無針注射器を尻やら足やらに押し当てられて、10秒後には全員が沈黙していた。

「2階、生存25、内1名重傷、損害0でクリア」

 中の一人が周囲を見渡しながら囁くように言った途端、廊下に退避していた黒尽くめふたりが、ひょいと顔を出した。

「ご苦労様、一尉」

「あら、もう終わったの? 」

 ふたりは口々にそう言うと、かぶっていたマスクを脱いだ。

 鮮やかな紅茶色のロングヘアと、灯りの加減か、妖しい紫色に光るウェーブヘアが、モノトーンの室内を一気に華やかに彩った。

「これじゃあ訓練にもならなかったな、マクスウェル一尉」

 マクスウェルと呼ばれた黒尽くめもマスクを取り、蒼い眼を細めて歯を見せた。

「一番手強そうなのも、大隊長がやっちまってましたからね。即効麻酔の注射だけです。これじゃあまるで、全員衛生兵に転職したようなもんだ」

 拘束具でヤクザ達を後ろ手に縛り上げながら、隊員達も声を上げて笑う。

「なに、四季。こちらの彼とは顔馴染みなの? 」

 瑛花の問いに、四季は頷いた。

「ミハランでウチのレンジャー大隊にいた、レイソン・マクスウェル一尉。701師団のレンジャー大隊長として4月に着任したんだ。で、今回は部下の訓練も兼ねて、1個小隊奢って貰ったって訳」

「いやあ、黒豹の姐さんの小隊にはミハラン・フロントじゃさんざん助けられましたしね。加えて大隊長からのお願いだってんですから、張り切ってやってきたって訳です」

「お陰で助かったよ、この借りは近いうちに、きっちりと、ね? 」

 四季がそこまで言った途端、階下からクラクションの音が聞こえた。

「来たようですよ、お迎えの車が」

 窓の外を確認したマクスウェルの部下の声に、四季は手を挙げて答えた。

「そうだね。じゃ、悪いけど、こいつら全員、貴方ンところの重営倉に暫く放り込んで置いて。処置決まり次第、連絡するから。あ、怪我人の手当ては充分に。そっちのメディックで手に負えない場合を除いて、シャバの医療機関には預けないように」

「イエス、マム」


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