第81話 12-8.


「あ、ありがと」

 四季はセンター長室で陽介が差し出したカップを受け取り、一口コーヒーを啜って、溜息と共に香ばしい香りをゆっくりと吐き出した。

「おいし……」

「恐れ入ります」

 陽介は自席に座りながら、思わず溜息を吐く。

「久し振りだね、向井君」

 いつもはアマンダが座っている椅子に、今は、嘗て自分や彼女を一纏めにして面倒を見てくれていた『大隊長』が座っている不思議に、陽介は返事も忘れて口を閉ざす。

”考えてみれば、俺とアマンダが出逢い、相棒になれたのも、この女性ひとのお陰なんだな……”

 そこまで考えて、陽介は自分の思考に引っ掛かる。

 『相棒に”なれた”』? 

 『お陰』? 

 なんだ、この自分の思考の方向性は? 

 まるでアマンダとの出逢いが、天から降り注いだ幸運のような捉え方は?

「雪姉のこと? 」

 いきなり図星を指されて、陽介は驚いた。

「……なんで」

「昨日から雪姉……。長期休暇なんだって? 」

 四季はガラスの向こう、オフィスの方に首を振り、陽介にとってはぽっかりと穴が開いたような、アマンダの空席をじっとみつめた。

 教えもしないのに何故、と陽介が不思議の念に捉われていると、四季はゆっくりと顔を戻し、口を開いた。

「瑛ちゃん先輩がね」

「瑛ちゃん? 」

「ああ、貴方のボス、蘭崎統括センター長。私の合気道の師匠なんだ。で、瑛ちゃん先輩に今度の事件、決着ついたよって電話したら、『それでかな? あの、長期休暇取ってるよ』って」

 今度の事件? 

 決着? 

 何の話だ? 

 それがアマンダとどんな……? 

 一体、このひとはどんな用件で……? 

「相当、混乱してるみたいだな、向井君」

 四季は哀しげな笑みを一瞬浮かべ、その表情もすぐに消し去り、溜息混じりの言葉を紡ぎ出した。

「君が混乱するのは無理もない。私が情報管制を敷いたからね。知っていたのは、私と瑛ちゃん先輩、それに雪姉だけだ……」

「アマンダ? 」

 四季はこくんと頷くと、ゆっくりと事の次第を話し始めた。


「……以上が、経緯だ。先にも言ったが、この手のカウンターテロ作戦では、情報の拡散が命取りになる。だから向井君にも知らせなかったし、雪姉に口止めもした」

 四季は未決書類トレイに突っ込んであった件の週刊誌を手に取り、机の上に置いた。

「この週刊誌の記事は、言ってみれば明らかに奴らの悪足掻きだよ。くだんの米海軍女性士官は、即日、本国召還。統幕政務局長及び国際部長名でペンタゴンに入れた抗議はキレイにスルー。だけどウエスト・ウィングの首席補佐官に捻じ込んだクレームがオーバル・オフィスに伝わって大統領は大激怒、国際部長がラングレーに電話を入れた時には既に、CIA長官は辞表を書いていた。在日米軍司令部は、2年前のテロ支援の制裁から未だに立ち直っていないから、今度の件で再び大混乱に陥って、その被害範囲を少しでも狭めようと放った鼬の最後っ屁がこの記事さ。スキャンダルで世間の非難の目を我々に集めて少しでも操作の足を止めたかったんだろうけどね。実は1週間ほど前に、裏取りの取材申し込みが私に舞い込んで、そこでハハン、何か仕出かす気だなって気付いたんだよ。記者の方も、まあ米軍直接じゃなくて匿名の外交関係者と名乗った依頼人に胡散臭さを感じたからこその裏どりだったんだろうね。だから、ちょっとした脅しとささやかなネタ提供とのバーターで、米軍が期待するスキャンダルな記事を差し替えさせた、ってのがオチ。……まあこれで、テロ組織の黒幕に『UNDASNは米軍含めて監視している』事はアピールが出来たし、今後の行動も牽制できるだろう。これで奴等も既存のルートは使えない、代替ルートの準備やら何やらで、少しは事態の進展を遅らせる事が出来るだろうし、その時間でこちらも、奴等を追い詰める事ができる……、かもしれない。それに較べれば、この程度のスキャンダルならお釣りがくるさ。だけど……」

 四季はそこで言葉を区切り、陽介に向かって頭を下げた。

「申し訳ない。君に知らせなかったのは、全て私の責任だ。……だから、お願い、雪姉を許してあげて。雪姉も君に打ち明けられないことを、すごく苦しんでいたんだ」

「頭を上げて下さい、大隊長」

 陽介は思わず、呼び慣れた昔の職名で声を掛ける。

「……まだ、私のこと、そう呼んでくれるんだね」

「もちろんです。今回のことは全て了解しましたし、謝罪など必要ありません。……と言っても貴女の事だ、お気が済まないでしょうから、謝罪は受け入れるつもりですよ? 」

 四季はもう一度、深々と頭を下げた。

「向井君。……ほんとに、ありがとう」

「いえ、本当にもう、いいんですよ。私の方こそ、お話をお伺いできて良かった」

 陽介が机の上の週刊誌をトントン、と指で叩くと、四季の顔色が変った。

「まさか……」

 まったく、勘のいい女性だと感心してしまう。

「実は、見たんです。大隊長が先程仰られた夜……。蓬莱町のラブホテル前で、男連れのアマンダを」

 表紙で踊る『UNDASN』、『売春』の文字を、四季はじっと見つめたまま、掠れた声を上げた。

「向井君、もう判っていると……」

「ええ、判っています……。いえ、判ってたんです」

 四季の言葉に押し被せて陽介が口を開く。

「そう、判ってましたよ、最初から。ただ、どうしてアイツが……」

「『俺に黙っていたのか、それが判らなかった』……、だね? 」

 陽介はコクン、と頷いた。

「そして、それと今回の休暇が関係があるのか、ないのか……」

 四季はふぅっ、と短い吐息を落とし、陽介の机に頬杖をついた。

「でも、向井君。……瑛ちゃん先輩に聞いたけど、雪姉、この時期は毎年長期休暇を取ってるんだろ? 」

「それはそうなんですが……」

 陽介は苦笑を浮かべてマグカップを持ち上げた。

「どうにも、タイミングが良すぎて……。それに休暇の前夜……」

 そこまで言って陽介は思わず口を閉ざす。

 いくら相手が四季でも、全裸で云々の話は口に出しかねた。

「なに? 」

「あ、いえ。……休暇の前夜、つまり捕り物の当日深夜ですが、アマンダ、様子が少し変だな、って……」

 陽介は、未決書類トレイから、アマンダが残していった封筒とメモを取り出して、四季に差し出した。

「雪姉ったら……! 」

 いきなり声を湿らせ、片手で鼻と口を押えた四季に、陽介は少しだけ慌ててしまったが、やがて彼女はズッ、と一度だけ洟を啜り上げて、長く細い吐息を落とした。

「ここまで私は、雪姉を……、そして向井君までを、追い詰めてしまっていたんだな……」

「それは違いますよ、大隊長」

 それだけは、きっちりと否定しなければと、陽介は声を上げた。

「アマンダはけっして、貴女に追い詰められたんじゃありません。まだ自分には彼女の気持ちが全て理解できた訳じゃありませんが、それだけは絶対に違う。彼女は、アマンダは、貴女の願い、貴女の命令なら喜んで引き受ける。その上でアマンダが追い詰められたんだとしたら、それは」

 そこまでは陽介は、ちゃんと理解できていたつもりだ。

 四季が知らず、そして自分だけが知っている、あの自室での夢のような光景。

 その意味では確かに、アマンダは追い詰められていた、だから。

「俺が、追い詰めたんだと思います」

 ただ、何をもってアマンダをそこまで追い込んでしまたのか?

 それだけが、未だに判らなかった。

「向井君、貴方は……」

 暫くは、睨みつけるように翠の綺麗な瞳を陽介に向け続けていた四季は、やがて、今度は短い吐息を落として、上半身を椅子の背凭れに預けた。

「雪姉、さ? ひまわりが好きなんだって。花のひまわり。太陽に向かって咲く、あの花」

 唐突な話題の転換についてゆけず、陽介は持ち上げたマグを思わず机に戻した。

「いつだったかな、年末だったか正月だったか……。一緒に飲みに行った時、まるで子供みたいに瞳を輝かせて、言ってたよ」

 話の行方がまるで見えないが、陽介には四季の話すアマンダの笑顔が、動物園で見た彼女のそれと同じなのではないか、と思えて、懐かしさから思わず笑顔を浮かべた。

「私、少しは雪姉の昔の話も聞いてたからさ。だから、なんだか……、雪姉がひまわりに憬れるその気持ち、判るような気がした」

 四季は少し照れ臭そうに言う。

「こんな他人の想いを勝手に斟酌するのって、思い上がりだし、生意気だとは、思うんだけどね。……ひまわりが、太陽に向かって大きく花開く姿。まるで、太陽に恋してるみたいに、一所懸命、光を求めて精一杯に咲き誇ってる、あの花の姿が……、きっと雪姉には、自分の分身のように見えたんだろうな……、なんて」

 四季の言葉の半ばくらいから、陽介は彼女の言いたいことが判るような気がしていた。

 まるで深海の底から、遥か高みの薄っすらと青く煌めく海面を見上げる、深海魚にも似た暗い瞳をはっきりと見せ付けられたミハランの砂漠、あの時彼女は、必死で助けを求めてはいなかったか? 

 その瞳に、届かぬと諦めた筈の明るい星々を、諦め切れず映していたのではなかったか? 

 そして自分は、そんな彼女に手を差し伸べようと。

「雪姉は、日西ハーフだろ? ひまわりってのは北米原産らしいんだけど、新大陸発見の時にスペインがいち早くヨーロッパに持ち帰って、マドリードの植物園で栽培されたのが最初なんだって。……あ、これ雪姉の受け売りね? ……まあ、それも『好き』な理由のひとつ、なんだろうけど」

「大隊長」

 立ち上がり、机に両手をついて身を乗り出す陽介を、四季はじっと翠の瞳でみつめ返す。

「……なに? 」

「アマンダは一体、どこに? 」

「訊いて、どうする? 」

 間髪入れず返された問いに陽介は思わず唇を噛む。

 どうする? 

 俺は、どうするんだ? 

 どうしたいんだ? 

「向井君」

 四季は、ゆっくりと眼を伏せ、マグカップに残った褐色の液体を飲み干す。

「雪姉が、自分をひまわりに重ねているんだとしたら……」

「もしも、そうなら……? 」

 陽介の眼は四季の顔を追う。

「もしもそうなら、雪姉にとっての太陽って……、なんだろうね? 」

「……え? 」

 呆然と呟く陽介を尻目に、四季は椅子から静かに立ち上がり、机の端に置いていたセカンドバッグを手に取って、ドアまで進み、振り返った。

「それを真剣に考える、っていうんなら、雪姉を追い掛けてもいいかもな」

「大隊長! 大隊長は判っていると仰るんですか? 」

 追い縋る陽介に、四季はニコ、と微笑んで見せた。

「ひまわりで思い出したけど、あれって食用にもなるんだってな。食用油とかは多価不飽和脂肪酸とか言って、美容健康にいいらしいよ。それに、ひまわりの種は代用コーヒーとしても使用されてるらしい。ひまわりの種が好きなのって、ハムスターだけじゃねえんだな」

 呆気に取られる陽介を尻目に、四季はアハハハと笑って言葉を継いだ。

「雪姉みたいなロマンチストと違って、私はどうしても食い気に話がいっちゃうのは困りモンだね。……あ、コーヒーご馳走様。きっと、ひまわりのコーヒーって、こんなお日様みたいに温かい美味しさなんだろうね」

 そう言うと四季は陽介の返事も待たず、サッとドアを開いて室外へ出た。

 ガラスの向こうで、白いスカートを翻しながらエレベーターホールへ向かう後姿と、それを慌てて追う志保、ジャニスの二人を見送って、陽介はどすん、と椅子に腰を落とした。


「8係ウィーバー一尉、総務明石一尉、入ります」

 入れ、と言う陽介の声にドアを開いて室内に入った二人は、敬礼と答礼の遣り取りさえもどかしいと言わんばかりの勢いで、彼の机の前に走り寄った。

「センター長、武官はいったい……? 」

「どんなご用件でいらっしゃったんです? 」

 お互いを押し退けるようにしながらも、結局同じ問いを発している二人に、陽介は思わず苦笑を漏らす。

「まあ、落ち着けよ、二人とも」

 陽介はそう言いながら、机上の週刊誌を指差した。

「この件だ」

「やっぱり」

 納得したように頷く志保の隣で、ジャニスが問いを重ねる。

「それで、武官はなんと……? 」

「まあ、記事内の売春疑惑の渦中にYSICがあるような書き方だが、マスコミやその他外部の人間には、ノーコメントで押し通せ。出版元に対する抗議は、別途国際部にて行う予定だが、勿論、調達担当窓口としては、これに関連し如何なる懲罰的、報復的行動を取ることをも禁じる」

 陽介は一旦言葉を区切り、ホッと息をついた。

「……と、まあ、そんな内容だ。俺も妥当なところだと思う。総務、君からこれをYSIC全員に通知、徹底させてくれ」

「イエッサー」

 陽介はひとつ頷いて見せると、笑顔を浮かべて二人の顔を交互に見ながら言った。

「しかし君達、ラングレー武官の出迎えまでしたんだって? 帰りがけも、まるで芸能人のオッカケみたいだったぞ? 」

「だ、だって」

「や、その」

 二人は頬を少し赤らめ、口篭りながら口々に言い訳を始めた。

「いったい、どんな女性なんだろうって」

「やたらマスコミでも評価高いし」

「美人だって評判だったし」

「でもまさか私服で来るとは」

「素敵なスーツだったわねぇ」

「そうなの、凄く似合ってたし」

「全っ然、軍人らしくなくて」

「笑顔が可愛いのよね」

「気さくで人懐っこい方で驚いた」

「とっても優しげに話されるのよ」

「ほんっと、素敵だったわ」

「私が男だったらひとめで恋に落ちちゃう」

「いやいや、同性でも危ないわよ」

 放っておけば際限なく続きそうな、既に女子高生の会話レベルとなっている二人の話に、陽介は笑いながら割って入る。

「ああ、判ったわかった。ま、そう言うことだから、続きは外でやってくれ」

「あ、申し訳ありません」

 二人が頭を下げた瞬間、インターフォンが鳴った。

「向井だ」

『外線1番に、統括センター長からお電話が入っております』

 3人同時に顔を見合わせた。

 デ・ジャ・ヴっぽい、と思った。


「あ、向井くーん? 私わたしぃ、はろはろー」

 相変わらず娑婆っ気の抜けないひとだな、と陽介は思わず苦笑を漏らす。

「蘭崎統括、お疲れ様です」

「なによ、相変わらず面白みのない男ねえ」

 画像送信OFFでよかった、と陽介はチラ、と考える。

「統括こそ、お変わりないようで」

「いいのよ? 『瑛ちゃん先輩』って呼んでくれても」

 ギョッとして、受話器を取り落としかけてしまった。

「まさか」

 どうやら四季がここを訪ねたこと、そして既に辞去したであろうこと、全て計算し尽くした上での架電のようだった。

「ま、それはいいわ。ところで君、直近1週間で2、3日くらい出張可能な余裕、ある? 国内だけど」

「2、3日、ですか? 」

 陽介は端末にスケジュールを開き、確認しながら答える。

「ええと……。来週月曜日は空きですが、火曜日からはちょっと、来客やら会議やらで詰まっていますが」

「今度の土日は空いてるの? オフよね? 」

「は、はあ」

「じゃ、それでいいや。土、日、月の3日間」

 それでいいやってなんだ、オフでも出張しなければならない重要事項ではないのかと訝りながら質問を投げた。

「なんです? なにか火急でも? 」

「知ってるでしょ、冷夏による高原レタスの不作。長野県経済連に行って現地調査して来て頂戴。JA長野にはウチから連絡いれとくから」

 確かにその件は、7係の先々週のレポートにもあった。

 例年に比べ出荷量は六割を切る可能性があり、中部日本地区だけでは予定調達量をカバーできない可能性がある、とかなんとか……。

 何せ、野菜に関しては日本産へのラブコールがどの国で編成された部隊からも熱烈で、野菜の種類によっては全UNDASNでの消費量の三割が日本産というのが実態だ。

「了解ですが、しかし」

「なによ? 」

 なにも、レタスは日本特産ではないし、需要が大きいとはいえども、他国産のレタスでも補給すれば文句も言わず前線部隊は食べるものだ。

 トマトの不作に比べたら、調査が必要なほど切迫した事態とは言えない筈である。

 口篭る陽介に、瑛花は少しだけ声を低めて言葉を重ねる。

「松本のJA長野には月曜日に顔出して頂戴。ま、JAは土日は休みだし」

 サラッと言い返す瑛花に、陽介は思わず言葉を飲み込んでしまう。

 じゃあ土日を含む出張に、何の意味があるというのか? 

「土日は君が好きにすればいいじゃない。ちゃんと交通費は経費扱いにしてあげるからさ」

「ちょ、ちょ、統括。それはいったい……」

 話が見えない。

 長野県産の高原レタスに、それほど重要な戦略的価値がある訳ではなし、しかも月曜日だけで済む調査なら、東京~松本なんてリニア新幹線の日帰り出張で充分だ。

 一体、アジア地区のボスは何を考えているのか?

 言葉を重ねようとした刹那、ハンドセットの向こうで相手が突然、キレた。

「ああもうじれったいわね! ちょっと君、いつまで寝惚けてるのよ? 四季、そっち行ったんじゃないの? 」

 苛立ちを隠さない大声が、ガンガン耳に響く。

「武官ですか? は、はい、確かに来られて、先程お帰りに……」

 大袈裟な溜息が耳に届いた。

「君ねえ、野暮チンも程度によっては罪だよ、判ってるぅ? 」

「はあ? 」

「まあいいわ、とにかく行きなさい。命令だかんね、メーレー」

 会話が通じない、と思っているのはどうやら陽介だけでなく、瑛花の方もそうらしかった。

「ところで、長野県のお隣は、山梨県だったわよね? 」

 またまた、話が盛大に逸れた。

 逸れたが、再びキレられたら敵わない、だから素直に肯定しておく。

「……そうですね」

「土、日に山梨経由で月曜日に長野県。いいわね、コレ決定ね。あ、出張報告は長野直行って書いちゃっていいから」

 相手は上官で、しかも納得している様子だ、だからそのまま命令を受領しておけば良いのだろう、けれど、このまま電話を切っては、重大な擦れ違いを抱えたまま出張することになってしまう。

 焦って口を開きかけた陽介よりも一瞬早く、瑛花の声が聞こえた。

「出発までに、私と四季の話、もう一度、ちゃんと考えときなさいよ? じゃね! 」

 虚しくトーン音が響くハンドセットを片手に、陽介は暫く呆然としていたが、やがて、瞳が微かに動いた。

 瑛花と四季、共通するキーワードなどなかった筈。

 それにしても、ふたりとも脱線だらけの、支離滅裂な……。

「山梨……。ひまわり……、アマンダ……」

 瑛花のキーワード、四季のキーワード、そして陽介の持つキーワード。

 そうか、なるほど。

 ひょっとして。

 そう口の中で呟くと、陽介は端末を操作し、YSICの過去調達実績の照会画面を立ち上げた。

 検索キーワードは、『山梨県』、『ひまわり』、『アマンダ・ガラレス・雪野・沢村』。

暫くして、画面にひとつの情報が表示された。

「これか……」

 それは、言ってしまえば四季と瑛花、昔と今の上官2人から貰ったヒントがAND条件で引っ掛かっただけの代物で、なんの裏付けもない。

 けれど、心の中に生まれた『淡い期待』が、ゆっくりと『確信』へと変りつつあるのを、陽介は感じていた。


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