第77話 12-4.


「ふぅっ」

 武官事務所の地下駐車場の定位置へランドクルーザーを入れて、エンジンを切った途端、静まり返った車内に自分の吐息が大きく響いて、四季は思わず、ビクリと肩を震わせてしまった。

 地球上の陸上交通機関から内燃機関、外燃機関が消え去って2世紀は経つだろうか、けれど軍用車両だけは未だにガソリン、ディーゼルエンジンが使われていて、このランクルにしてもディーゼルエンジン搭載車であり、街に騒音と排気ガスをばら撒いていることは理解していた。

 だから改めてモータリゼーション華やかなりし20世紀や21世紀は、都会の表通りに面した街中はどれほど騒音や排ガスに悩まされていたのだろうかと、ご先祖様達の憂鬱に思いを馳せてしまう。

 だが、ついさっき自身が漏らした吐息は、そんな益体もない感慨から出たものではないことは、四季はよく理解していた。

 その証拠に、アマンダに痛い一発を頂戴した頬が、未だに熱い。

「やっぱり雪姉のは、キくなぁ」

 ルームミラーでまだ赤く染まったままの頬を眺めながら、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 自分の言葉が、アマンダにとって地雷であることは、口にする前から判ってはいたのだ。

 けれど、これほどまでに激烈なリアクションが返ってくるとは。

 その痛烈さこそが、アマンダの想いの深さと真剣さ。

 それが齎すこの痛みこそが、四季自身が彼女と彼の絆に要らぬインパクトを与えてしまった、罪の深さ、なのだろう。


 武官室に戻って壁の時計を見上げると、既に日付は変わっていた。

「ヒューストンはこの時期サマータイム、時差は14時間」

 判り切った事実を殊更口に出しながら、四季は自分のデスクに陣取り、国際部のスケジューラーを立ち上げた。

 武官事務所の車を戻す意味もあったが、こんな深夜に事務所へ戻った理由は、取り急ぎ国際部長へ事件のあらましだけでも報告するためだ。

 外交を司る国際部、本件の一方の当事国と自分たちの組織の本部が同じ国にあるのだ、のんびり翌日の執務開始まで報告を留めておけば、下手をすればアフターフォローでアメリカ側の先手を許すことになってしまいかねない、ましてや相手は文官ではない、軍人なのだから情報の素早さが齎すメリットは知り尽くしている筈。

 ただ、相手は恐らく、正式な合衆国海軍の命令系統、作戦系統を使っていないこと、そして今夜の事件当事者である中尉クラスが、勤務終了後に断固として上官を叩き起こして報告を上げるほどに、彼女自身が己の任務の重大さを認識しているかは疑問であること。

 そこに望みをかけて、まずは口頭でも事件の顛末は今夜のうちに報告すべきと、四季は考えたのだった。

 四季が報告を上げる先、国際部のトップは、この時間なら部長室在室となっていた。

「駐日武官事務所、鏡原だ。石動国際部長は在席か? ……了解アイ


「うん、なるほど、了解」

 四季からの電話報告を聞き終えて、涼子は、今回の駐日武官配置が自身の思惑以上に上手く機能してくれたことに内心、驚いていた。

 鏡原四季という人材は、国際部にとって得難い人材であることは確かで、2年前の次席武官としての東京在勤の時は、本当に命懸けで100%以上の任務遂行を果たしてくれた、けれどそれに報いるのが、昇進とエリートコースへの配置であることは、軍隊なのだから当然だけれど、だからと言って与えられたその栄誉が、必ずしも鏡原四季というひとりの『女性』の幸せとイコールではないこと、それが当時の涼子の心残りであり、後ろめたさだった。

 だから今回、2年前にはかたどれなかった幸せの形を、彼女にも知ってほしくて、あれこれ手を尽くし、艦隊から引き抜いた。

 それが自分の小さく歪な自己満足でしかないことは判っていたし、余計なお節介にしか過ぎないことも判ってはいた、判ってはいたのだけれど。

 コリンズが齎してくれた合衆国中枢の情報で、もう少しだけ、極東方面の米軍とCIAへ圧力をかける必要がある、その為には2年前に起きた騒乱事件の全ての情報を握り、知り尽くした上でその薄暗い闇の計画を叩き潰した張本人である四季が、再び東京に腰を落ち着けることの効果がどれほど絶大か、それも充分理解して、彼女の異動を喜んだ自分は、ひょっとして以前から胸の奥で燻っていた罪悪感に気づかぬふりをして、ガソリンを注ぎ足してしまったのではないか、改めてそんな後ろ暗さを思い起こさせる、今日の報告だった。

 確かに彼女の報告の通り、在日米軍司令部とそこに巣食う反地球連邦を謳うCIAにとって、全ての裏を知り尽くした四季を筆頭とするUNDASN駐日武官事務所が、これだけ出張ってきているという事実は、無視し得るものではなく、一層の緊張感と敗北感を感じさせただろうし、そして彼等の選択肢は既に、どれだけ被害範囲を最小限に留められるかという後ろ向きのそれしか残されていないという事実を叩きつけたのだから。

 ただ東京にいるという事実だけで抑止力足り得る四季が、これだけ動いたという事実は、そこまでの活躍を期待も予想もしていなかった涼子にとっては、正に望外の戦果であることは事実なのだ。

 けれど。

 映像オフ、音声のみで淡々と報告を読み上げる、殊勲者である四季の、甘いアルトの魅惑的な声が、涼子にはどうにも沈んで聞こえることが気懸りであり、そこへ胸の奥で燻る罪悪感が加わることで、涼子は素直に手放しで喜べないでいた。

 こちらは映像オンにしているのだから、きっと四季も涼子の表情を見て思うところがあるのかもしれない。

「ありがとう、四季ちゃん。ホワイトハウスの首席大統領補佐官へはコリンズの方から捻じ込んでもらいましょう。国防総省ペンタゴンCIAラングレーは私が電話を入れておくわ。ひょっとしたら今頃大騒ぎになっているかもしれないけどね」

 太平洋を挟んで聞こえてくるのは、四季の苦笑。

「ペンタゴンは兎も角として、ラングレーはコスナー長官に直接、のおつもりなんでしょう? 受話器を置くと同時に辞表を書くんじゃないでしょうか、彼」

「私、嫌われちゃってるからなぁ、CIAから。今度はマキシム国防長官にも嫌われちゃいそうだわ」

 あははは、と明るさを装った四季の笑い声が、涼子の背中を押した。

「ねえ、四季ちゃん? 」

「はい? 」

 聡い娘だ、きっと今の呼び掛けだけで、四季は警戒レベルを跳ね上げただろう。

「映像、オンにして? 」

 暫くの沈黙。

「アイマム」

 ディスプレイに映った四季の、まるで塑像のような端正な美しい顔には、苦笑が浮かんでいた。

「エアコン、効いてないの? 7月の東京、空調なしは辛くない? 」

「え、いや、エアコンは」

 そこで言葉を区切り、四季は少しだけ目を見開いて、頬を手で押さえた。

「暑いからって、片方のほっぺだけ赤いって、変だなって思ったんだよね」


「……それで、私は思ってしまったんです。あ、これは別に石動部長の戦略的な狙いがどうこう、って話ではないのですが」

 涼子は笑顔を浮かべることで四季の心配を払拭してあげた。

「あはは、判ってるわよ、そんなの。沢村一尉、貴女が彼女に隠密ミッションを依頼したことで彼女と向井三佐の関係にわだかまりを持ち込んでしまったことと、今回のミッションで得られた効果が果たして、釣り合いが取れるのか?」

 四季の美しい翠の瞳が画面の中、伏せられてしまったのが、涼子は、とても惜しいと思う。

「もちろん、UNDASN、いえ、UNが推進する地球連邦成立への長い道のりを考えたら、旧大国が国家エゴで、そして世界経済を牛耳る巨大コングロマリットが己の利益に固執することで、連邦化を阻止しようとする、それで地球の安全が脅かされるかも知れない。そんな現状を考えると、今回のプレッシャーは米国という覇権国家の歩みを鈍らせるという目的を考えると、とて高い効果を期待できる戦果だったと言える。それは、四季ちゃん、理解できるでしょう? 」

 まるで幼児のようにこくんと頷く四季が可愛らしくて、だからいっそう、彼女が心を痛めている、後悔を胸に抱いているのがよく理解できた。

「沢村一尉、子供の頃からとても苦労を重ねてきたようね? 私も両親を早くに亡くしたから、彼女の胸に開いただろう大きな空白、よく判る気がするの」

 涼子の両親は揃ってUNDASN科学本部に奉職する科学系の専科将校だったが、彼女が中学一年の時、ふたりとも戦死してしまっている。

 それが涼子のトラウマの始まりでもあり、愛する男性との幸せな暮らしを得た今でも、時折訪れる悪夢のフラッシュバックは、精神を疲弊させる。

「そんな沢村一尉が、四季ちゃんと出逢い、向井三佐と出逢って、暗い谷底から苦労しつつ這い上り、そして漸く坂道の頂、その空の上で輝くお星さまに手が届くところまで登ってきたというのに」

「私は、そんな彼女と彼が漸く繋いだ手を、任務という大義名分しかない空虚な言葉を使って、無理矢理解いてしまったんじゃないか? そしてその結果得たものと言えば」

 涼子の言葉を遮るように差し挟まれた四季の言葉はけれど、湿り気を帯びていて、彼女の海よりも深い後悔を表しているように思えて。

 今度は涼子が、四季の言葉を遮る番だった。

「四季ちゃんは軍人であり、しかも高級幹部。我々軍人は我々の仲間を守るという大義名分を与えられて、敵を合法的な手段を用いて殺傷することを生業とし、そしてその凶暴な任務は周囲から名誉と呼ばれる。そして軍人の中でも幹部、士官は、任務の為に、自分が指揮監督する部下達の生命も直接的間接的に左右するかも知れない命令を、合理的且つ合法的な範囲内で断固として発することが最優先で求められる立場である」

 スクエアな物言いになってしまったが、涼子の言葉を聞くうちに、画面の中の四季の背筋がピンと伸び、顔つきまで変わる様は、さすがにエリートだなと思わせる。

「それは、もちろん了解、してくれるよね? 」

「もちろんです」

 今にも敬礼しそうな勢いで答える四季に、にこりと微笑みかけて、言葉から力を抜いた。

「じゃあ、今回、貴女が沢村一尉に対して命じた任務については、貴女の自己評価はどうなのかしら? 」

 数瞬の間をおいて、四季はゆっくりと問いに答えた。

「今回は、通常の作戦任務とは違い、想定される状況がテロを含む非対照戦、非正規戦であることから、通常の指揮命令系統を逸脱し、また周囲への情報公開に規制を設けはしましたが、作戦投入人員の能力及び経験、そして入隊前に当人が知り得た情報量や情報精度からすると、妥当な任務遂行行動を経て、当初期待値以上の戦果を得たもの、と考えます。唯一点、反省すべき点は、命令発起すべきところを、自分が『依頼』と言う責任所在が不明確になりかねない行為をもって任務着手させてしまった点にあると考えます」

 軍人とは命令をもって部下を動かし、部下は受領した命令通りに任務を遂行することが唯一求められる行動基準であり、もしも任務の遂行に支障をきたすような事態に陥った場合、また任務遂行の結果が失敗と看做される事態になった場合、その責任は命令発起人である士官が負うべきであり、そのように責任を負うために命令という形式が存在するのだ。

 それをはっきりと理解し、己のやったことを明快に自覚している四季であることが判れば、涼子としては『軍人、高級将校、四季』に対して言うことなど、何もない。

 だから残るは『可愛い部下であり、優しく温かな心を持った女性、四季』へ贈る言葉だけだ。

「貴女は軍人、そして沢村一尉も軍人、向井三佐も軍人。そして貴女は今回の作戦結果の効果判定は期待以上だったと判定したし、沢村一尉もさっきの貴女の話だったら、もっと戦果拡大も可能だと考えているほど、だったわね? じゃあ、今の貴女の心を曇らせているのは、プライベートな面に絞られる、ってことよね? 」

 四季が、おずおずと頷いて見せたのを確認して、涼子は言葉を継いだ。

「四季ちゃんは、坂崎さんと上手くやってる? 今、坂崎さんといることで、幸せ? 」

「なっ! 」

 クールビューティと呼ばれる四季の驚きの表情はレアで、けれどそれはとても可愛らしく思えた。

「……あの、えと、し、幸せです。とっても楽しくて、大袈裟なんですけど、生きててよかった、って素直に思えるくらいに」

 後に続く、語彙は幼くて、けれどその溢れる喜びが素直に綴られた四季の言葉は、涼子の胸にゆっくりと、けれど確実に染み渡っていった。

 彼女を引き抜いて、本当に良かったと思えた。

 そう。

 今回の任務の成果なんか、どうでも良かったと思えるくらいに。

 だから、涼子は心の底からの嬉しさを笑顔に乗せることが出来た。

「だから、貴女も……。貴女自身が幸せだから、大切な友人、沢村一尉にも幸せになって欲しい、幸せを享受して欲しい、だからこそ、今回の任務のせいで、って思ってしまうのね」

 ああ、この娘は本当に。

 本当に、私に似ている。

「私も、ね? 」

 それだからこそ、任務と私情の板挟みになって苦しんでいる四季を、少しでも楽にしてあげたい、心よりそう、思った。

「今の旦那様に恋してから、成就するまで10年以上も時間が必要だったわ。もちろん、それだけの時間がかかってしまったことは、ふたりが共に軍人だから、って要素は大きい。だけど、ふたりが軍人だったからこそ、出逢うことが出来て、今こうして幸せに暮らせているってことも判っている」

「10年以上……、ですか」

 四季は噛み締めるように呟き、再び顔を上げた。

「私も、正明……、彼に恋して、今日まで20年は過ぎました」

「初恋、だったの? 貴女の年齢からすると、幼馴染? 」

 恥ずかしそうに頬を赤らめ、こくんと頷く四季は、まるで高校生のようにも見えた。

「私は幹部学校卒業後、卒配先で出逢ったんだけれど、そうね、私も初恋、だった」

 私は、きっと手間のかかる面倒臭い初任幹部だっただろうね、艦長?

「だからこそ、余計に彼に拘って、拘ったからこそ幸せを手に入れることが出来て、だから今、私が幸せな分、周囲の大切なお友達にも幸せになって欲しい。……そんなお節介で、余計なお世話を焼きたくなってくる自分の幸せがいっそう愛おしい。……そう、思ってるの」

「幸せのお裾分け、ですか……」

 四季の言葉に頷いて見せ、その言葉、なんだか優しくて好きだな、と思う。

「だから私は、貴女を引き抜いて、東京に行ってもらった。闇流通の武器やテロリスト、反UNの旧大国勢力への圧力。全部、全部、後付けよ? 私はただ、東京で、貴女にも幸せを感じてほしかった、幸せを受け取って笑ってほしかった、私が幸せな分、私の幸せをお裾分けしたかったの」

「部長……」

「恋って、ね? 」

 今なら、理解できる。

 四季は、きっと。

「恋って、誰が何と言おうと、ふたりでするもの。ふたりで決めて、ふたりで恋するものなの。だから、本当なら、周囲の人間がやいのやいのと無責任に言うものじゃないし、余計なお節介なんて邪魔なだけだと思うわ。だけど、恋をしているふたりを応援することなら出来る。悩んでいるひとを、幸せな方向に導いてあげることも出来る。幸せが何か判らなくなっちゃったひとに、自分たちの幸せを見せてあげることだって出来る。今幸せを見失ってしまいそうになっているひとに、導きの灯台になってあげることだって出来るの。そしてそれは、けっして余計なお世話じゃないの」

 四季は、きっと罪悪感を抱えているのだ。

「だから、貴女が、戦場で心を通わせ、一緒に悩んで一緒に苦しんで一緒に泣いて、どうかお互い、未来に幸がありますようにと祈りあった親友より先に幸せになったことを、罪だと思っては駄目。先に幸せになってごめんなさい、なんて思っては駄目」

 画面の中、翠の瞳からほろりと零れた一滴の翠の宝石の、なんと美しいことか。

「貴女が先に幸せになったのなら、貴女はその幸せを誇り、そしてその幸せの煌めきを彼女の幸せへ通じる道標にしてあげなさい。親友は、沢村一尉は、先に幸せになった貴女をけっして恨んだり怒ったりはしない。貴女の幸せな笑顔という灯台の灯りを辿って、彼女も幸せに辿り着けるように照らしてあげなさい」

 そこで涼子は言葉を区切り、笑顔を苦笑へと切り替えた。

「けれど、お仕事だって大切だわ。そのお仕事、特に私達軍人のお仕事なんて、ひょっとしたら、色々な職業の中でも恋愛には一番向かないお仕事かもしれない。それは、私も充分に理解しているつもり。だけど、世界中の恋人が、誰もが何かしらのお仕事を請け負って、それで日々の暮らしを紡いでいるのだから、お仕事を恋愛が上手く行かない言い訳にしては駄目だよね? お仕事をして日々を暮らしている、それらも含めて、そのひとなんだし、そういうひとに、恋するのだもの」

「恋路を任務で邪魔してしまった私は、だけど」

 反論を試みようとする四季は、けれど自分自身に殊更厳しい彼女らしい戒めを未だに解けないのだろうと、涼子は思う。

「貴女はお仕事をしながら幸せを掴んだ。そして、幸せを掴んでほしいと願っている部下に、恋の障害になるかもしれない任務を与えてしまった、それを悪手と考えてはいけないわ。彼女には、そんな任務を遂行しながらも、それでも幸せを掴むのを諦めない。ふたりが、幸せを諦めない、そう強く、強く願い続けることが、なにより大切なの」

「それは……、所謂、ダブル・スタンダードでは? 」

「そうとも言える。けれど、『公私』と言う言葉があるように、元々、ひとはそれぞれ、ダブル・スタンダードなの」

 そう。

 恋だけにのめり込む、仕事だけにのめり込む、そんなことは歪だし、もっと言えばそれは公私どちらかへの逃避だとも言える、解消すべき状態異常だと涼子は思っている。

「私、言ったわよね? 恋は、ふたりで決めて、ふたりで恋していくものだ、って」

「はい……」

 彼女の翠の瞳が、綺麗に輝いたように思えた。

 もう四季は、既に答えを掴んだのだろう。

 答えを掴めた、ということ、それはきっと裏を返せば、四季が幸せを知っている、ということなのだ。

「恋は、ふたりで決める。沢村一尉と向井三佐、ふたりで恋していく。だから貴女は応援してあげればいい。沢村一尉が恋を、幸せを諦めないように、貴女が幸せをお裾分けしてあげればいい。先に幸せになってごめんなさいと謝るのではなく、貴女の幸せをお裾分けしてあげて、彼女にも幸せを諦めないと思わせてあげれば、いいの。それはけっして余計なお世話じゃないし、罪悪感でもなんでもないのよ? 」

 涼子の言葉を反芻するように、暫くは目を伏せ、それこそ塑像のように微動だにせずにいた四季は、やがてゆっくりと顔を上げ、瞼を開き、涼子を見つめ返した。

 翠の瞳がキラキラと煌めいているのが画面越しにも判って、思わず涼子は見惚れてしまった。

「ありがとうございます、部長」

 四季はそう言って、軽く頭を下げた。

「私、きっと、怖かったんです。自分だけ勝手に幸せになって、調子に乗ってしまって、だからそれが、まるで雪姉……、沢村一尉を置いてけぼりにしてしまったみたいで、そして調子に乗った自分がまるでそれを自慢しているみたいに思えて、だからこそ、余計に今回の任務で雪姉の足取りを止めてしまったように思えて、だから怖かったんだと……、思います」

「判るわ、貴女の怖いと思う気持ち」

 どこまでも優しい想いが、気遣いが出来る娘だからこそ、余計に怖さが想像できるのだろう。

「でも、私が彼女に、彼と彼女に幸せになって欲しいと思う気持ちは、本物です。だから、応援します」

 その宣言が、とても爽やかに思えて、そして無意識ながら、自分達も一緒に、幸せを掴むんだという想いも載せられているように思えて、涼子は思わず笑ってしまった。

「うふふっ、いいわね、応援! せいぜい応援してあげなさい」

「はい、せいぜい応援します」

「私も、貴女達の幸せを、応援させてもらうわ」

 画面の中、まるで刷毛で刷いたように、四季の顔が朱に染まった。


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