第20話 3-7.


 高機動車HMVに乗って大隊キャンプへ戻る道すがら、陽介は四季から、救援に至るまでの経緯を聞かされた。

 まずは、普段からミッションタイムには常に正確なアマンダが応答なしで戻らない事に不安を覚え、四季は自分の大隊に下令して捜索隊を編成、数方面に派遣した。

 その内の一隊から、大きく破損した偵察用バイクを発見したとの報告で、敵襲もしくは事故があったことが確定、自ら捜索隊を率いて出動していた四季は、捜索の範囲を広げるべく戦闘捜索救難CSARを要請するために航空基地に立ち寄ったが、そこはいつもと違って何やら慌ただしい雰囲気が漂っていた。

 顔見知りの混成航空団の幕僚を捕まえて事情を聴いてみると、数時間前、統幕情報部を名乗る怪しげな士官が方面軍命令書をチラつかせ、半ば強制的にOSHR600を1機徴用し『B地点』方面へ飛び去ったらしいのだが、たった今、当該機から搭載ミサイルの使用許可を求めるバースト通信が入り、直後に情報部士官が無線封鎖を一方的に告げて以降、連絡が取れなくなったらしく、何かトラブルが発生したのではないか、捜索が必要なのではないかと協議していたとのことだった。

 その話がアマンダに関係があるのかどうか、確たる証拠は何もなかったけれど、嫌な予感に突き動かされて、情報部士官が指示した『B地点』の座標を聞き出し、陸路で向かって、VTOLに攻撃されている陽介とアマンダを発見した、とのことだった。

「まさかあんなことになってるとは思わなかったけど、まあ、間に合って良かったし、雪姉がVTOLを撃墜せずに済んだのも良かったよ」

 四季は肩を竦めて、陽介に苦笑を見せた。

「それにしても、雪姉がそう簡単にやられるとは思ってはなかったんだけど……」

 四季はチラ、と隣でタバコを吹かしているアマンダの横顔に目をやり、ワザとらしい口調で言葉を継いだ。

「こんな素敵な男性ヒトとドライブしてたとは思わなかったなぁ」

 アマンダは、途端にケンケンケンと、派手に煙草にむせた。

「ば……! 姐、い、いくら姐でも、お、怒るぜっ! 」

 切れ長の瞳に涙を滲ませて抗議するアマンダの顔が赤いのは、煙草に咽たから、なのだろうか?

「だいたい、アタシが、このアマンダ姐さんが、こんなボンボン育ちのヘナチョコなカッパ野郎になんぞ、惚れる訳がねえじゃねえか! 」

「あれあれあれー? 私は別に、雪姉が惚れただの惚れられただの、そんな事、これっぽっちも言ってないぜ? 」

「なあっ! 」

 四季は、言葉を詰まらせ口を金魚みたいにパクパクさせているアマンダを放置して、陽介の方に向き直り、にこりと微笑んだ。

「さて、向井君。今度は私が質問する番だ。貴方があそこで情報部から命を狙われた、その理由。最初から詳しく話してくれないか? 」

「アイサー。……事の始まりは」

 陽介の説明が進むにつれて、四季の顔から微笑が消えていき、やがて睨みつけるような険しい翳が、その美しい顔に浮かぶようになっていった。

 ただ、アマンダと出会った以降の件では、アマンダ自身が判り辛いところへ実に簡潔に、タイミング良く補足説明を入れてくれたのには、すっかり感心してしまい、彼女が下士官ながらも三等陸尉職の小隊長勤務を任される理由が理解できたように思えた。

 陽介とアマンダの話を聞き終えた四季は、ゆっくりうんと頷くと、黙って目を閉じ、暫くは沈思黙考していたが、やがて瞼を開き、運転席のヘッドレストをポン、と叩いた。

「士長、行き先変更。撤収ヤード、輸送司令部へ」

「イエス、マム」

 HMVが急カーブを切るのを見届けて、四季は陽介に顔を向けた。

 出会った時から印象的だった翠の瞳は、改めて見ると、まるで哀しみを湛えて佇む山奥の湖の様にも思えて、紅茶色の髪はその哀しみを燃やし尽くそうとするような切ない抵抗の証しにも感じられ、その派手な美しい顔立ちや肢体が、かえって現実感を奪っているように見えた。

 形の良い唇が開くと、アマンダの髪と同じ、甘い香りが立ち込めた。

 が、吐き出された言葉の内容は、陽介にとって甘くはなかった。

「なあ、向井君。君の言う犯罪は、そのナントカって情報部士官が言った通り、存在した事は確実だろうと、私も思う。だけど、それを決定付ける、証拠がない」

「確かにコンテナは爆破されました。しかし命令書が贋物である事は……」

 四季は陽介の主張を遮るように、言葉を重ねた。

「相手は情報部エージェント、情報戦のプロだ。命令書を偽造するより何倍もお手軽な方法で、『偽造命令書などなかった』ことにするのは簡単な事だと思うよ。ましてや、この惑星、ミハランは今、老太陽がご機嫌斜めで通信状態は最悪。証拠を探すにしても、恐れながらと訴え出るにしても、不自由このうえない状況だ。悔しいし、残念だけど、今は諦めた方が良い」

「お言葉ですが、三佐」

 勿論、納得できるような話ではない。

 社会正義、軍人としての誇り、使命感、そんな堅苦しい諸々はさておいても、アマンダともども危うく命を落としかけて、このまま黙っていられる筈もなかった。

「言いたい事は判るよ」

 四季の美しい顔が歪む。

「だけど、考えてみな? ……最後の輸送艦と護衛エスコート潜空艦SSはついさっき、30分ほど前に出航しちまってるんだ。まあ、昔の南極越冬隊じゃあるまいし、細々ながら補給はあるんだから、戻る気になりゃ君は原隊復帰可能だろう。だけど、私が心配しているのはその先なんだ」

 四季の表情は、まるで我が事のように、苦しそうだった。

 それに気付いたのか、横からアマンダが、まるで四季を救おうとでも言うように、口を挟んできた。

「次の連絡便は、予定通りだと1ヶ月後だ。それだけの時間がありゃあ、証拠隠滅にゃ充分だってことさ。今回の奴等の手際の良さを見ても判る。お前が取り扱い貨物と命令の照会をしただけで、途端に消されかかったのが良い証拠さね」

 四季は感謝を示すかのように、ポン、とアマンダの膝に手を置くと、台詞を引き取った。

「この際だ、はっきり言おう。向井君。君はこの星を出たら、命が危ない。口を塞がれる可能性が高い、と私は思う」

 その言葉の持つ意味、そしてそれを苦し気に吐き出した四季の迫力に、陽介は押し黙るしかなかった。

 確かに、四季やアマンダの言う通りかも知れない。

 現に、自分はいとも簡単に奴等の罠に嵌って人気のない砂漠へと誘き出されて、おそらくは、アマンダと偶然出会わなければ、今頃死体をミハランの砂漠に曝していたかもしれないのだ。

「まあ、そう暗い顔しないで」

 四季が重くなった車内の空気を入れ替えるかのように、明るい口調で言った。

「8SSFの参謀長は、確かロジャー・セナ三等艦将じゃなかったっけ? 」

「ええ……。ご存知なんですか? 」

 四季はうん、と頷いて、懐かしい景色を眺めるような、優し気な表情を浮かべた。

「セナさんは、私が一尉の1年目、重巡ワイマールの主砲発令指揮所長に着任したときの艦長で、可愛がってもらったんだよ。彼には、私が折りを見て事情を話しておくから、ほとぼりが冷めるまでの間、君は暫く私の大隊にいなさい」

「ま、待てよ、姐! 」

 アマンダが慌てたように大声を上げた。

「なにか不都合でも? 」

「いや、確かに姐の言う通り、こいつを艦隊へ戻すのはヤバいだろうとは思う。ウチらがこのクソッタレな砂漠に閉じ込められる今日からの半年は、ホトボリ冷ますにゃ丁度良いだろうさ。だけどウチらはこの星に残った唯一のレンジャー部隊で、なのにコイツは、陸に上がったエロガッパだぜ? 」

 エロは余計だと内心ツッコミつつも、陽介はアマンダの言葉に頷かざるを得ない。

 これまでは輸送業務のリエゾンだったから務まっていたのである。

 普通科や特科等他の職域ならまだしも、自分でも普通科部隊、しかもレンジャー部隊などという特殊な高等スキルを持つ部隊の勤務など務まるとは、とても思えなかった。

 が、四季はニコニコ笑ってアマンダに顔を向ける。

「雪姉はそう言うけれど、私だって『陸に上がったカッパ』だぜ? エロじゃねえけど」

「姐は、だ、だって……。A級レンジャー徽章もA級スナイパー徽章も持ってるじゃねえか」

「ねえ、雪姉。聞いて」

 笑顔を消して四季は言った。

「危ないのは、向井君だけじゃないんだ。雪姉だって犯人に顔を見られてる。例外じゃないんだよ。いや、それどころか、さっきの向井君の話を聞くと、奴等、雪姉の方を一層危険視している可能性だってあるんだ」

 アマンダの口が、あ、と開く。

「私は、向井君はもちろん、雪姉にもこんな下らない事で危険な目にあって欲しくないんだ。それなら、2人まとめて私が面倒見るよ。……もう、誰も」

 陽介とアマンダは、四季の瞳が潤み始めているに気付き、慌てて視線を逸らした。

「誰も、失いたくはないんだ……」

 エンジン音だけが響く車内、最初に口を開いたのはアマンダだった。

「ま、仕方ねえか。おい、カッパ」

 陽介が振り向くと、アマンダが微かに唇の端を上げ~微笑んでいるのだろう、と思う事にした~、わざとらしい溜息を吐いた。

「丁度ウチの小隊は、小隊長欠員で、アタシが仕切ってんだけどよ。ウチ、来いや。面倒みてやる。お前、何かこう、トロくて見てらんねえけど、アタシに対する忠誠心っつうか、結果は別にしてそのガッツっつうか、よ? まあ、A幹にしちゃあ見所があっからよ。鍛え直してやる」

「……それ、褒めてんのか? 」

 陽介は思わず、唇を突き出してしまう。

「文句があるんなら、ヨソ行きな」

 隣で笑いながら四季が言った。

「あはははっ、ほんと2人はいいコンビだな。なあ、向井君? 雪姉がこんなこと言うってのは、最大級の賛辞だよ。何せ、筋金入りのツンデレだからね」

「余計な事は言わなくていいよ! 」

 アマンダが顔を茹蛸状態にして抗議するのを、四季は笑いながら華麗に流している。

「余計な事って、事実じゃないか。この間も雪姉、第二分隊のエリックが」

「うわああっ、それ言っちゃ駄目だぁっ! 」

 じゃれあう2人を見ながら、陽介はさっきまでの怒りや恐怖、これからの不安がゆっくりと薄らいでいき、自然と表情が緩んでいくのに気付いていた。

 狭い潜空艦の艦内、この広大な岩山と砂漠の星。

 場所はもちろんのこと、艦隊マークと陸上マーク、育ってきた、暮らしてきた、戦ってきた環境も違うけれど。

 結局そこに息衝いているのは、同じ人間、地球人同士だ。

 仕事をしながら、話し、笑い、怒り、哀しみながら、ひとは自分のあるべき場所を、心地良い、寛ぐことのできる居場所を探し、見つけ出し、そしてまた、周囲の仲間と話し、笑い、怒り、哀しみながら生きていくのだろう。

 そう考えれば、現隊復帰なんぞ焦る必要もないのかもしれない。

 どうやら、この砂漠が当分の間、自分の居場所になりそうだ。

 そして、結構居心地は良いのかもしれない。

 未だに四季に向かって、拳を握り締めながら両手をぶんぶんと子供みたいに振り回して抗議を続ける、アマンダの顔を見つめて、スッとアマンダに右手を差し出した。

「こっちこそ世話になる。よろしく頼むよ、雪姉」

 アマンダは暫くの間、じっと陽介の手をみつめていたが、やがて、おずおずと自分の右手を伸ばした。

 掌が触れる直前、彼女は慌てて手を引っ込め、はめていたガンナーズ・グローブを外して掌をズボンの尻に擦りつけてから、漸く陽介の手を握った。 

 触れた刹那、まるで静電気を感じたかのように、両の瞳を子供みたいにギュ、と瞑ったアマンダを、何故か陽介は愛惜しい、と感じた。

 アマンダは顔を逸らして、ボソ、と言った。

「ゆ、雪姉って言うな……」


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