第18話 3-5.


 それから数時間、2人は意識的に後ろのコンテナには触れないような話題を口に乗せながら~主に喋っていたのは陽介の方だったが~走り続けた。

 そして問題のB地点まで後50kmの地点に到達したところで、陽介は静かにトレーラーを停めた。

「……どした? 」

 陽は完全に昇り切り、たぶん外気温は既に30度を超えているだろう。

 立ち昇る陽炎にゆらめく黄土色の山脈を眺めながら、陽介は首を傾げているアマンダに言った。

「後1時間程でB地点だ。巻き込んでしまって、すまないと思ってる。ここから先は俺一人で行く。悪いが、ここで降りてくれ。また歩いてもらう事になるが、わざわざ危険に飛び込む事もないだろう」

「お前ねえ」

 いつの間にか『アンタ』から『お前』になっていた。

 どっちにせよ、下士官が士官に使う言葉ではないが、何故か不快感はあまり感じなかった。

「馬鹿野郎、カッコつけてんじゃねえよ」

 アマンダの右手が飛んで、陽介の左肩をペシリと叩く。

「お前がアタシのダーリンだ、ってぇならビシッとカッコ付けて欲しいとこだがよ。生憎、ウチらは7時間ほど前に出会ったばっかだかんな。カッコ付ける必要なんざねえよ。だいたい先に助け……」

 そこまで言ってアマンダは突然口を噤む。

「ほら、いいからとっとと出せよ! 」

「何か言いかけてたんじゃないか? 」

 陽介の問いに、アマンダは怒ったようにプイと顔を逸らす。

「なんでもねえよ! ヤバい荷物にゃ違いねえが、ひょっとしたらとんでもなくオイシイ話に出会えるかも、だ。みすみすこんなところで降りてたまるかよ! 」

 そして急に小声になる。

「まあ、ヤバい目にあったとしても、だ。アタシ、こう見えても強ぇんだぜ? お前ひとりくらい、助けてやるよ! 」

 陽介が苦笑を浮かべて自分の横顔を眺めている事に気付いたアマンダは、再び彼の肩を叩いて、叫んだ。

「馬鹿野郎なに見てやがんだ早く出せっ! 」


「そろそろB地点だが予定より30分遅れだな。垂直離着陸機VTOLとか高機動車HMV軽装甲機動車LAV、見えないか? 」

 陽介が窓の外を眺めながら言った途端、アマンダが低く叫んだ。

「いた」

「どこだっ? 」

 陽介の問いに、アマンダが正面の小さな丘に向かって、そっと腕を伸ばして掌で示した。

「なにも……」

 目を凝らして丘のほうを見据えながら言った途端、何かが丘の頂上に顔を出した。

「VTOLか? 」

 最初、丘の頂上に見えた球形の影は、強行偵察用VTOLのコクピット真上にあるアンテナマストに取り付けられた光学観測用ポッドだった。

 ゆっくりとその全体像が、丘の影から浮かび上がってくる。

 シコルスキーのベストセラーVTOL、対地強行偵察用のOSHR600、コスモキングだった。

 地形追随飛行NOEで飛来したのは、ここがアマンダの言う通りミクニーの哨戒コースにあたるからだろうが、何故かそれ以外の目的もあるように、そしてそちらの方が主な目的であるように陽介には思えた。

 とにかく、無事に邂逅は果たせた訳だ。

 ならば、おそらくVTOLに同乗しているアドルフに会い、直接その真意を質す他ないだろう。

 ブレーキペダルに足を伸ばしかけたその刹那、アマンダの鋭い声が耳に届く。

「停まるな。ヤツが着陸するまで、停まるんじゃねぇっ! 」

 言いながら、アマンダは助手席に置いた33式対戦車ミサイルTOWのキャニスターを右肩に担ぎ直し、左肩にBARのスリングを掛けてボルトをジャコンと引きながら、凶悪な笑みを浮かべる。

「判んねえか? なにやらプンプン匂ってくるのがよ」

 そして、思いのほか可愛らしい舌で、形の良い上唇をペロ、と舐めて見せた。

「腐った性根と金になりそうな下衆な匂いが、さ」

 OSHR600はコンテナを掠めるほどの超低空で、陽介達の頭上をスイング・バイして後方へ飛び去った。

「とにかく停まるなよ。奴等が諦めて着陸したら、コンテナを盾にするようにヘッドを横に向けて停めろ」

「奴等が撃ってきたらどうする? 対地ミサイルみたいなの、積んでたぞ? 」

 艦隊マークの陽介にとって、この2ヶ月で漸く慣れ始めたとは言うものの、直接マズルを向けられるような地上戦闘は、やはり未だに恐怖が先立つ。

 最後方の安全地帯とも言える輸送本部に居てさえ、遠く近く響いてガラスを、建物を揺らす砲声や爆発音は、無音の宇宙空間戦闘に馴染んだ身体にはやはり、毒だった。

 けれど隣に座っている、この無礼だけれど美しい女性にとっては、それこそ『屁でもない』らしい。

「騒ぐな、馬鹿。そん時ゃそん時だ。ヤバそうな時ぁアタシが合図してやっから、取り敢えず飛び降りろ」

 そして窓を開いてバックミラーの角度を調整し、OSHR600の機影を確認しながら言葉を継ぐ。

「それに、コンテナの中身がマジ重要なら撃たねえよ。奴等だって好んで事を荒立てたくはねえだろうから……。来た! 」

 アマンダの言葉に続いて、爆音が響き、後方から引き返してきたOSHR600がトレーラーを追い越した。

「ほら見ろ、降りるぜ、奴等」

 OSHR600はトレーラーを追い越すと、500m程先でくるりと器用に機首をこちらに向け、両舷の推力偏向バーニアを地上方向へ噴射させて滑らかに接地した。

「さっき言った通りだ」

「了解」

 陽介はブレーキを踏みながらハンドルを切り、UターンするようにコンテナをVTOLへ向けて停車した。

「で、どうする? 」

「腰のグロック、セイフティ外しときな。それと、向こうから訊かれるまでアタシの事は黙っとけ」

 陽介の返事を待たずに、アマンダは出会った時に持っていた装備一式を引っ提げて、軽々と運転台から飛び降りた。今度はちゃんと、ボディアーマーのジッパーを首元まできちんと閉めたようだった。

 バイクで偵察に出た、と聞いていたのだけれど、それにしても。

 あれだけの重装備を持って、どうやってこの砂漠を運転したんだか、と陽介は不思議に思いながら、彼女の雄姿を眺めていた。

「おっと、こんなこと考えてる場合じゃないな」

 我に返り、陽介は彼女の言った通り、腰のハンドガンのセイフティを外し、持ってきたカラシニコフAK4700も念の為に肩に担いで運転台を降りた。


「やあ、向井二尉。ご苦労だったな」

 OSHR600から降り立ったアドルフは、ニコリともせず片手を上げて、チラ、と背後でエンジンを切らずに待機している機体の方を振り返った。

「君の原隊である雪潮は、ここから50km程南で1時間後に待機する予定だ。そこまではこの機でコンテナを運ぶ。準備をしよう」

「ハインリッヒ二佐。その前にお尋ねしたい事が……」

 口を開いた陽介に、アドルフは掌を向けて右手を上げた。

「丁度いい、こちらも聞きたい事がある。……そちらの美しいお嬢さんFräuleinは、いったい、誰かね? 」

 陽介が振り返ると、コンテナの陰からアマンダがゆっくりと歩き出てきた。

「人に誰だと尋ねんなら、まずはOSHR600の空対地ミサイルSLAM誘導レーダー波シーカー切ってからだろう? 違うかい、二佐ドノ? 」

 アマンダは歩みを止めずにそう言って、陽介の隣に並んだ。

 アドルフはニコリともせずに応える。

「君だってセイフティを外している、お互い様だな」

「紳士の時間はとっくに終わってる、って訳かい? 」

 アマンダの問いに答えず、アドルフは再び陽介に向かい、静かに言った。

「この任務は君単独で遂行するよう、そう言った筈だが? 」

「別任務からの帰路、敵襲を受け単独帰還中だった一曹を救助したのは不可抗力です。他意はありません」

「……その件は了解した」

 隣に立つアマンダを視界の隅に捉えながら、陽介はさっき中断された質問を再び口にした。

「この一連の方面軍命令書は、本物なんですか? 本当にあのコンテナは最重要機密戦略物資なんですか? 貴方は、これまで自分に何をさせてきたんです? 」

 アドルフは暫くじっと陽介の顔を見つめていたが、やがて唇の端を引き攣らせて~どうやら笑っているらしかった~、これまでとは変わらぬ口調で話し始めた。

「方面軍命令書は、君の推察通り、贋物だ。私が偽造した。そしてコンテナの中身は本物の最重要機密戦略物資だよ。ここまで言えば、判るかね? 」

 判る。

 判りたくもなかったが。

 戦略物資の横流し、だ。

 第2次ミクニー戦役が地球側有利で推移している現状、確かにUNDASNという『軍』にまつわる黒い噂、灰色の疑惑はマスコミでも取り沙汰されている事は知っている。

 しかし、そんな半信半疑だった『噂』が真実で、しかも自分を直接巻き込んで、目の前で繰り広げられている事が信じられなかった。

 そして、自分が巻き込まれた事よりも、安全な後方~地球本星~ではなく、まさに『生きるか死ぬか』の瀬戸際のこの星で、『見えない明日が襲い掛かってくるかもしれない』と言う恐怖に曝されながらも、それでも必死に闘っている最前線の兵士達を巻き込んで行われている事が、許せなかった。

「貴様」

 ヒリヒリに乾き切った喉を励まし、漸く一言口にした刹那、アマンダが先に言葉を発した。

「戦略物資横領……、ってヤツかい? 豪儀だねえ、生きるか死ぬかって撤退戦の最中、ウチらのタマを盾にして美味い汁啜ろうってんだから。……ま、それは後でオトシマエつけてもらうとして、そうまでして地球にテイクアウトしようって気にさせるモノたぁ、いったいなんだ? 」

 妙に度胸が据わっているアマンダに驚きを感じながらも、陽介はアドルフの答えが気になって彼の無表情な顔を凝視する。

「レアアース、と言う言葉は知っているね? そっちのお嬢さんはどうだね? 」

 レアアース、即ち希土類については、幹部学校基礎教養課程でイヤと言うほど叩き込まれる。

 陽介は勿論知っていたが、馬鹿にされた事に腹を立てたのか、アマンダは少し表情を歪めて眼つきを鋭くし、黙ったままアドルフを睨みつけていた。

「レアと言う名前の通り、こいつは地球上では極めて少量しか採掘されない貴重な埋蔵資源だ。UNDASNでは、この希土類は、戦艦や重巡の大口径リニアガンの磁力母材、永久磁石として腐るほど必要だ。だから国連主導の国際プロトコルで調達実施本部が優先的に、しかも市場取引価格の2倍から3倍近い価格で買い集められるようになってる。一方、こいつは民需では、電子回路や記憶素子、それにセラミックの定着媒体や磁性体としてやはり重要な資源で、国によっては国家備蓄対象という代物だ。……ところが、このレアアース、現在地球ではUNDASNの調達に圧迫されて、民需界隈では価格が高騰していてね。噂じゃ、都市鉱山の発掘がブームになっているそうだよ」

 アドルフはゆっくりと腰のホルスターから45ACPを抜き、陽介の額に照星をあわせながら言葉を継いだ。

「そんな貴重品が、この星の砂漠で見つかった。ただの岩石のフリをした、100%ピュアなネオジウム鉱石の塊が200トンも、ね。ところで、このネオジウムを含む希土類というのは、厄介な性質を持っているらしい。アクチウムを除くスカンジウム族とランタノイドの17元素は、その化学的性質が酷似している事もあり、地球の天然では相俟って産出される為、分離が困難で混合希土として使用されるのが一般的なんだそうだ。だからミクニーと出会う前から、宇宙開発の目的のひとつは他星の埋蔵資源、こういったレアアースやレアメタルを採掘することにあったことは歴史の教科書で習っただろう。この惑星、ミハランの場合、テラフォーム直後に科学本部が実施した地質調査では発見されなかった。コイツはミクニーとの戦闘中に偶然、地表に殆ど露出した状態で発見されたらしいから、元来この星の埋蔵資源じゃなく、恐らく遥か昔に偶然落下した隕石の類だと考えられる、らしい。……どちらにせよ、精製不要のレアアースが200トン、これは地球に持ち帰って出すところへ出せば、高く売れるよ、向井君? 」

「んなもん、専門家でもないミスター、アンタが捌ける訳ねえじゃねぇか。第一、そんなレアな商品、流したらすぐにアシが着いちまうぜ? 」

 挑発するような口調でアマンダが言葉を投げつけた。

「だから言っただろう? お嬢さん。『出すところへ出せば』と」

 そこまで言って初めて、陽介はアドルフのハッキリ判る『笑顔』を見た。

 大型爬虫類が、捕食生物を前にして舌なめずりをしているような、鳥肌の立つような笑顔だった。

「偽造とはいえ方面軍命令まで出し、この混乱の中、本星までの輸送手段まで用意してるんだ、ご大層なバックがついてんだろ? 違うかい、ミスター? 」

 さっきからこの女は何を聞きだそうとしているんだ、いや、確かに興味ある質問には違いないが、この後待ち受けているだろう自分達の運命を考えると深く知らない方が身の為ではないか?

 そこまで考えて陽介は首を捻る。

 いや、違うそうじゃない、俺は、金に目が眩み、そして必死で戦っている同胞の命の危険から目を逸らしてまでも横領を計画し実行した、目の前のスキンヘッドの悪事を白日の下に……。

「おい、馬鹿テメエなにボオッとしてやがんだよっ! 」

 噛み付くようなアマンダの無声音の囁きに陽介は考えを中断する。

「え……? 」

「聞いてなかったのかよ! 見てみろ、あのタコ野郎」

 言われてアドルフの方を見ると、彼は何かに憑かれたように喋り続けている。

「実は、エネルギー本部の幹部でそう言った世界にコネのある方がいてね。君達は知らないだろうが、情報部などと言う日陰の部署に長年いると、つくづく考えてしまうものなんだ、我々は将来どうなるのだろう、なんてね……」

 アマンダが視線をアドルフから離さずに陽介へ囁き続ける。

「野郎、酔っ払ったみてえに喋り続けてるが、時々、VTOLのコクピットに見えるように、左手の人差し指立ててるだろ? 」

 気が付かなかった。

「ハンドサインだ、証拠隠滅する為のな。あのSLAMでコンテナを潰し、万一アタシらを殺り損ねても身を守るつもりなんだよ」

 どうやらアマンダは、アドルフの攻撃の意図~殺意、と言った方がよいだろう~を敏感に察し、時間稼ぎの為にくどくどと質問を重ねているらしかった。

「どうせ情報部勤務にしても、サイエンス系の専科将校にしても、どう頑張ってもUNDASNでは主流にはなれない。特に情報部など、戦死戦傷率は一時期の航空総群のキルレシオとどっちがどっちという危険度だというのに! エネ本だってそうだ。エネルギー資源の獲得の為に、専科将校と言えど彼らは真っ先に、未だ交戦中の惑星へでも彗星へでも派遣される。挙句、気に入った資源がなければ山師扱い、こんな理不尽なことがあるかね? 」

 アマンダが陽介の背中に手を回し、そっと装備ベルトを後ろへ引っ張った。

「ゆっくりだ、気付かれねえくらいゆっくりと、後退しろ。アタシの合図でお前は左、アタシは右。一気に奴等に背中向けて走れ」

「これは私達、日陰者の自己防衛なんだ。私にだって、退役したらちょっと挑戦したい夢もある。多分、地球のレアアース・マフィアとやらの新興ヤクザに渡せば、UNDASN調達標準価格の半額で取引される。それでも民需へ流せば一財産だ。そうすれば、妻の実家の事業も建て直せるし、私も佐官の軍歴を持って退役すれば、故国に帰れば英雄だ、下院議員くらいには出馬する事も出来るだろう……」

 アマンダと陽介は、喋り続けるアドルフの恍惚とした表情から目を逸らさず、ゆっくりと摺り足で距離を取り続ける。

「向井君だけだったら、実はなんとか助けてやりたいと考えていたのだが、どうも、そちらのお嬢さんもとなると、どうしようもない。なにせレディは、色々とダークサイドにも詳しそうだからねえ」

 再び、髪の甘い香りが陽介の鼻をつく。それだけで、恐怖感を忘れそうになる自分の能天気さ加減に、陽介は我乍ら呆れてしまった。

「いいか、コンテナからは出来るだけ離れろ」

 アマンダの囁きに陽介が微かに頷くと殆ど同時に、喋り続けていたアドルフの表情が、最初に出会った時の様に無表情に戻った。

「すまんが向井君。それと、そちらのフロイライン。そんな訳で君達には、ここで『戦死』して頂く。私と私の家族、それと少しの利害関係の一致を見た仲間の食い扶持の為だ。すまんね」

 平板な口調に却って恐怖が煽られ、思わず脚を止めた陽介の横で、アマンダの場違いなほどに明るい声が響いた。

「イヤだ、と言ったらどうするね、ミスター? 」

 どうしてコイツは、こんな状況で笑えるのだろう? 

「君の返事がどうあれ、運命は決まっているんだよ」

 微かに、蔑むような、憐れむような表情が声に混じった。

 が、アマンダも負けずに一層明るく、啖呵を切った。

「生憎アタシぁ、運命なんざ信じちゃあいねえし、あったとしてもそれを他人様に決めてもらう程、お人好しじゃねえんだよ」

「逃げられると思っているのかね? 」

 ずっと陽介に向けられていた45ACPのマズルが、ス、とアマンダの方に向けられた、その刹那。

 アマンダが、ニヤリ、と凶悪な笑みを浮かべた。


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