17回プラス2回目の誕生日

黒羽椿

17回プラス二回の誕生日

 「ん? あぁ、佐藤か。君もまめだねぇ。平日だって言うのに、わざわざ来たんだ」


 「どうしても、忘れられないんだ。だって、今日はかなでの誕生日だからさ。一人くらい、祝ってくれる人間がいてもいいかなって。じゃあ、ちょっと失礼するね」


 「あはは、そうかもね。私自身、今日が誕生日なのをすっかり忘れてたよ。私にとっては、今日はいつもと変わらない、いや面倒な客が来た分憂鬱な日となんだからさ。……なんだよ、そんな固い顔して。ただの冗談だってば」


 「そっか……もう、二年も経ったんだよな。今でも、信じられないよ。昔だったら、奏は嘘でしょって言って揶揄うかもだけど、沢山友達も出来たりしたんだよ? とは言っても、向こうがそう思ってくれてるかは分からないけどね」


 「佐藤は変わらないねぇ。卑屈で、臆病で、意気地なしだ。でも、そんな君は、もういないんだよね。ちゃんと前を向いて、時々振り返ることはあっても、一歩ずつ進んでる。昔よりかは、マシになったのかなぁ」


 「それでも、無気力に生きてたあの時の僕とは違うって、自信を持って言える。だから、今日は奏のお祝いと、ある報告をしに来たんだ」


 「へぇ? 神妙な顔しちゃって、一体なんだって言うの? もし、つまんない報告だったら、お前のこと末代までのろっ――」


 「つまらない報告じゃないから、末代まで祟るのは辞めて欲しいな。奏は冗談のつもりかもだけど、僕にとっては笑い事じゃないからさ。初対面で、面白い話をしなければ末代まで祟るなんて言うの、世界で君くらいだよ」


 「くふふっ……懐かしいね、このやり取り。そういえば、初めて会った時もそう言って、私が佐藤に無茶ぶりしたんだっけ。いやぁ、あれは面白かったなぁ。辛気臭い顔した眼鏡が、ガチな顔して怖がってるの、マジで笑えたわぁ」


 「奏は冗談のセンス無いよね。普通、大事な第一印象を決める会話で、人のことを散々馬鹿にして笑い転げるなんて、あり得ないよ」


 「そ、それは……佐藤は友達少ないし、三次元の世界ばっかりに詳しいからだってば。大体、十代の若者達がとるコミュニケーションなんて、所詮あんなもんだよ」


 「大学にも変な人は沢山いるけど、奏ほどじゃあない。君は、僕が出会った中では断トツで、疑う余地なく、最高峰の変人だよ」


 「むぅ、嬉しく無いなぁ。自分が変人だって言われて、喜ぶのは中学生までだよ。私はもっと可愛いとか、愛嬌あるねとか、ジョークのセンスあるとか……そういう即物的な要素を褒めて欲しいんだよ」


 「でも、そんな奏のおかげで、僕は生きる意味を見つけたんだ。僕には誕生日なんかに会いに来るぐらいしかできないけど、改めてお礼を言うよ。本当に、ありがとう」


 「や、辞めてよぉ! ほんと、照れくさいって! 今更私を落そうたって、そうはいかないんだから! 私は佐藤なんかになびく、安い女じゃないんだよ!」


 「あぁ、言葉にしたらスッキリしたよ。奏ってば、いつも飄々とした顔して、そのくせエグイ言葉ばかり選ぶんだから。僕が反論しようものなら、何倍もの皮肉と人格否定が飛んでくるし。なのに、本当に伝えたいことは分っかりづらくて……きちんと言葉にしないと、分からないことってあるんだよ」


 「は、はぁっ!? 佐藤の癖に、偉そうにしないでって! そんなの、中途半端に意味を汲み取れる、君が悪いんじゃん! だから、私も期待して本音を混ぜ込んだのに、全然気づきもしないんだから!」


 「明日は晴れるらしいよね、が遊びの誘いだなんて、分かる訳無いよ。遠まわしで、面倒くさくって、臆病過ぎる。奏がもっと、きちんと言葉にしてくれたなら、僕の高校生活は今より、君との思い出が増えただろうに」


 「ふ~ん? 佐藤は、私ともっと遊びたかったんだぁ。ふふっ、最近は退屈で退屈で仕方なかったけど、君のおかげで一つ良いことが聞けたよ。こういう状況じゃなきゃ、佐藤は気の利いたセリフ一つ、言ってくれないもんね」


 「言い訳、かな。奏のせいばかりにするのは。僕だって本心で喋ること少なかったのに、君ばかり責任を押し付けるのは、良くないよね」


 「そうだそうだ! 直球では無かったけど、私はちゃーんとメッセージ性を込めてたんだよ! 佐藤だったら、きっと気付いてくれるって!」


 「コミュニケーションって、難しいよ。皆、本心で喋ってない。にもかかわらず、どうして気付かないのとか、分かってよとか、言うんだよ。もっと単純に、簡単に、小学生でも分かるようにしてくれないと、僕には分からないのにさ」


 「そういうのって、自然と身に付く物じゃない? 人と関わったり、話したり、共感したりしてさ。佐藤はそういうのから逃げてたから、きっと分からないんだよ。本心なんて、おいそれとさらけ出せるものじゃないって」


 「駄目だなぁ……奏の前なのに、弱音ばっかで。きっと、君ならもっと容易く解決して見せるんだろうね」


 「佐藤は活字ばっか読んでるから、リアルを知らないだけだって。人と関わることなんて、もっと気楽でいいんだよ。君は対人コミュニケーションを、美化しすぎ。現実はこんなもんで、そう大事な事じゃないんだって。だからさ、君は悪くないよ。他の人も、君と同じく他人の意図や思いなんて半分も分かってないって」


 「……ごめん。誕生日に、する話じゃ無かったよね。奏に会いに来ると、つい悩みとか話しちゃってさ。きっと、怒ってるよね」


 「怒ってるに決まってるでしょ。いつまでもうじうじ悩んで、過去のことばっかり気にしちゃってさ。私に会いに来るのだって、本当はもう辞めて欲しいのに。けど、佐藤がそうすることでちょっとは気楽になれるなら、私はいつまでも付き合ってあげる。私ってば、とっても優しいんだよ!」


 「ごめんね……もう、二年も前のことなのに……何度も何度も忘れようって、切り替えようって思ってたのに、未練がましく奏のところに来てさ。君がそんなこと望んでないって、分かり切ってるはずなんだけどなぁ……!」


 「謝るの、辞めてよ……そんな顔、もうしないで。私は、佐藤に笑って幸せでいて欲しいの。私のこと割り切って、辛い思い出としてしまい込んで欲しい。けど、君がそんな調子じゃ……私のこと、忘れてくれないと――」


 「奏……なんで、僕を置いて逝っちゃったんだよっ……!」


 「成仏、出来ないじゃん」


 「あぁ……! くそっ、今年は泣かないって、決めてたの……!」


 「ほんとだよ。君がいつまでも泣いてるから、私はずぅーっとお墓の上で空を眺める羽目になってるんだよ? 言葉も届かないし、触れることも存在を主張することも出来ない。退屈で退屈で仕方ないったらありゃしない」


 「うぅ……! でも、辛くて辛くてしょうがないんだ……! いっそのこと、死んでしまいたいって思うくらいに。でも、そんなこと出来る訳無いんだよ……! それは、不当に命を奪われた、君に対する冒涜だから……!」


 「そうそう、それで良いんだよ。私を追っかけて死んだりしたら、呪うどころじゃ済まないからね? ぎったんぎったんの滅多滅多にして、地獄で一生ぶち転がし続けてやるんだから。泣いて許しを請いても、謝っても許さない。そんなの、佐藤だって嫌に決まってる。だから、自殺なんて絶対に駄目」


 「こんな調子でごめんね。今日はお墓参りと、報告をしに来たのに……ここに来ると、君との思い出が沢山溢れてきて、目頭が熱くなるんだ。奏は、そんな僕を馬鹿にするかもだけど、それくらいに君が好きだったんだ。最後まで、その想いは伝えられなかったけどね……」


 「そんなの、私が気付かない訳無いでしょ? 佐藤が私のこと好きだなんて、とっくの昔に分かってたよ。それに、絶対言うつもりは無かったけど、私だって君のこと、嫌いじゃなかった。佐藤が勇気を出して告白してきたら、受けてあげてもいいって思うくらいにはね」


 「そうだ……報告、しないと。こんなこと言ってても、奏は帰ってこない。だから、僕はしばらく君のお墓参りを控えることにしたんだ。でも、僕は弱いから、きっと辛いことがあったらここに来てしまう。そのために、物理的にここへ来れないようにすればいいって考えたんだ」


 「それが良い。君のこと置いて死んじゃう薄情者のことなんて、さっさと忘れてさ。新しい出会いでも、探すといい。君は偏屈で、臆病で、意気地なしだけど、良いところだって沢山あるんだからさ」


 「海外にボランティア活動しに行くことにしたんだ。半年、下手したら向こうで年を越すかもしれない。それで何かが変わる訳じゃないけど、何もしないで後悔するのは、もう嫌なんだ」


 「じゃあ、これでお別れだ。願わくば、佐藤がもうここに来ないことを願うよ。それで成仏出来るか分からないけど、でも君がいつまでもうじうじしてたら、心残りばっかりで地獄にも天国にも行けないよ」


 「……っ。よし、綺麗になった。僕も頑張るから、奏も天国で、僕のこと見守っててよね。じゃあ、行ってくる」


 「うん、行ってらっしゃい。見守ることは出来ないけど、私は何時だって佐藤のことを想ってるよ。ちゃーんと、私以外に良い人見つけて、現地妻でも作って見せろっての!


 …………行ったか。一緒に生きてあげられなくて、ごめん。でも、代わりに佐藤が私を忘れない限り、私も君を忘れないよ。佐藤が私を愛す限り、私も君を愛し続けるよ。あぁでも、人生で一回くらいは本気の告白、してみたかったなぁ……もう、届かないんじゃ、意味ないよねぇ……」


 「大好きだよ、佐藤……なーんてね。こんな告白届いたって、君にとっちゃあ重みになるだけなのに、何言ってるんだろ……ほんと、全部君のせいだよ……ぅ」

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17回プラス2回目の誕生日 黒羽椿 @kurobanetubaki

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