第2話

「だって神代くん、君島くんと友達なんでしょ? 好みの女の子とか聞いてきてよ」


 キラキラネイルの爪を見ながら、さも当たり前のことのようにいう青桐。

 俺はお前の召使になった記憶なんてないぞ。


「友達ではあるが・・・なぜ俺がそんなことを・・・」

「なに? 文句ある?」


 文句しかないだろ・・・

 口に出すと碌なことにならないので、うんざりした顔で返事をする。


「つーか、私の役に立てるんだから感謝してよね、神代くんの癖に」


 むかーっ! なんだこいつ! むっちゃ腹立つ! つかさっきからずっと「お前のことなんか眼中にねえよ」と言わんばかりに、一切俺を見ることなく会話されてるの、結構ダメージデカいな! 俺はただの空気ですか!?


 溜まりに溜まっていく怒りのボルテージを何とか収めつつ、俺は青桐との会話を進める。

 厄介なお願いはきっぱりはっきり断っておかねば。


「あの青桐さ――」

「じゃそゆことだからよろ~」

「いやちょっとまてぇっ!!!」


 なに颯爽と帰ろうとしてんだぁ!

 荒ぶる俺は咄嗟に彼女の肩を掴んでしまった。


「ふぇっ!?」


 青桐もそんな俺の行動を予測できていなかったのか、らしからぬ小動物のような声をあげる。


「あ、わるい――」


 俺は瞬時に手を引っ込めたが、当の青桐は小刻みに体を揺らしていた。

 そうして、ゆっくりとこちらを振り返る。


「なーに勝手に触ってくれてんの? 舐めてる? 死にたいの? 神代くんごときが触れていい私じゃないの? 分かる? 死ね」


 おい頼む。選択の余地を与えた数秒後に死刑宣告してくれるな。

 

「わ、わわわわわわるい・・・」


 逆にどうしてそんな「わ」が連続して言えるんだと自分で驚くくらいにキョドリながら、俺は謝罪する。

 別に謝る必要はなかったが、謝らないと殺されてしまうのではないかと思えるほどの気迫だった、うん、長い黒髪が逆立って見えるくらいには。


 しばらく俺は頭を下げて彼女が立ち去るのを待った。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 ・・・おかしい、足音がしない。


 気配も、消えていない。


 彼女が暗殺者でもない限り。青桐はここに居座っている。


 なぜ??? 俺を殺すためか・・・?


「あ、あのー青桐、その、すまんかった。つい反射的にだな――」


 観念して、俺は死を覚悟しつつ顔をあげた。


「・・・」


「――っ」


 しかし、青桐は、


「こ、こっち見んなしっ」


 口元をセーラー服の袖で覆い、俺と視線を合わせないようにそっぽを向いてしまった。


 ・・・なぜか顔が赤い。

 熱でもあるんだろうか。


「あー、青桐、体調悪いのか・・・? なんか・・・すまん」

「べっ、別にっ、体調悪くなんてないしっ、あんたに触られたのが癪で体温上がったり下がったりだしっ、つーかうざい、死ね、生き返ってもっかい死ね」

「・・・酷い言われようだ・・・」


 一度生き返らせてはくれるあたり、慈悲はあるのかもしれないが。


「と、とにかくっ、君島くんの好み聞いてきて、私に教えなさい。分かった? 起源は今週末ね」

「いやだからなんで俺がそんなことしなくちゃなんねえんだよ」

「うっさい、はい、これ私の連絡先。情報は逐一報告すること。サボったら許さないから」


 言って、青桐はノートの切れ端に謎の文字列が書かれたメモを俺に渡してきた。渡してきた、というよりもはや押し付けられたに近かったが、不意に近づく彼女との距離に心臓を貫かれるような思いだった。・・・刺されるんじゃないかという死の恐怖でね。


「じゃ、じゃあまた・・・ね。神代くん」

「お、おう、また明日」


 JK御用達の萌え袖でぎこちなく手を振る青桐に、俺もぎこちなく手を振り返した。

 俺と青桐は只席が近いだけで、特別会話をすることもなくて、見ての通り連絡先も交換してないくらいの関係性だ。ただのクラスメイト、それも随分遠い存在のクラスメイト。


「あ、神代くん」

「え、なに」


 数メートル離れてから、青桐が再度こちらを振り向いた。黒髪がふわりと揺れる様子は、彼女の美麗さを強調する。


 そして彼女は、


 青桐英梨は屈託のない笑みで、


 かわいらしく言う。


「いっぺん死ーね♡」

「―――――ッ」


「――なんつって、ばいばーい」

「・・・」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 ・・・謎の性癖に目覚めてしまいそうだ。


 青桐の小さくなっていく背中を見ながら、そんなことを思った。

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