只の会話
そこらへんの社会人
第1話
「ねえ」
「・・・」
静まり返った夕日の差し込む教室で、後ろの席から声がした。
窓際の席に座る俺は、姿勢を固定したままゆっくりと室内を見回す。
ガランとした空気。
・・・俺しかいない、ように見える。
しかし、自意識過剰は禁物。
俺は読みかけの小説に再度視線を落とす。
「ねえ・・・ねえってば」
「・・・」
だめだ、小説の内容が全く頭に入ってこない。
やっぱり絶対俺に向かって言ってるよな。さっきよりも語調が強いのがフツーに怖い! 心臓がギュッと縮こまる。
でも、それでも、俺はそう易々と振り向くわけにはいかないのだ。
だって、だってこいつは――
俺の席の後ろに座るこの女子生徒は――
「聞こえてんでしょ? 神代くん」
「・・・・・・・・・な、なんでしょう、青桐さん・・・」
我らが2年C組の学級委員にして、生徒会副会長の超絶優等生。
あぁそうとも、俺なんかは足元にも及ばないくらいの超高スペックハイグレードスチューデントだ。
しかし、俺が気にしているのはそんな彼女のオモテの部分ではない。
「あのさぁ、なんで無視するわけ? 神代くんの癖に」
「・・・癖にっておかしくないですかね・・・聞こえてなかっただけっす」
「ぜーったい嘘。どーせいっつも本読むふりして聞き耳立ててるんでしょ? 私分かるんだから、そういうの」
「・・・・・・」
『ッ!? なっ、なぜそれをっ!!!』
と喉から飛び出そうになるリトル神代の驚愕を必死に抑えるべく、自分で自分の首を絞める。
「え、なに、なんで首押さえつけてんの・・・こわ」
「いっ・・・いや、これは・・・別に・・・」
「神代くんて、時々意味わかんない行動するよね」
「・・・放っておいてくれ・・・」
観念して、俺はゆっくりと後ろを振り向くことにした。
そうして声の主、青桐英梨と相対す。
彼女は俺が振り向くかどうかなど、そもそも興味がなかったようで、窓の外をどこか儚げな顔で見ていた。
「で、わざわざ俺に何のようすか」
俺の問いに、表情を一つも変えずに彼女は答える。
「君島君ってさ、DANIESのミゲルくんに似てるよね」
「は?」
「DANIES、知らない?五人組のアイドルグループ」
「いや、知らんこともないけど・・・」
君島というのは2年C組の男子生徒――要は、クラスメイトだ。
そしてDANIESというのは巷を賑やかす美男だらけの流行りのアイドルグループ。
幅広い女性層から高い人気を誇る彼らはテレビや音楽番組に引っ張りだこで、最近ではショッピングセンターや街中でも彼らの歌声が流れているほどだ。
時勢に疎い俺でさえ、彼らのことは知っている。別に俺個人は彼らが好きでも何でもないが、代表的な楽曲であればある程度のリズムや歌詞が耳に焼き付いてしまっている。結構ストレートな歌詞とキャッチーなリズムな曲が多い印象だ。
とまあ、DANIESの話は本題ではない、こいつは何を言っているんだ。
「だからぁ。君島君ってミゲルに似てると思わない?」
「ミゲル・・・」
確か、DANIESの中で一番高身長で、男前な顔をしていた奴だったか・・・正直興味が無いから名前と顔の一致など不可能に近いが、リーダー格として比較的前に出ることが多いミゲルという人のことは多少判別が出来てしまう。
「かっこいいよねぇ・・・」
「・・・」
うっとりとした顔で尚も窓の外に視線を送る青桐。
腰あたりまである長い黒髪は夕日に照らされ、その艶やかさを反射する。
「神代くんもそう思わない? 思うでしょ?」
「えっ」
「思うよね?」
「あっ」
「思わないわけ?」
「いや」
「思いなさいよ!」
言うや否や、彼女は突然俺をギロリと睨む付ける。
なにその「思わない?」三段活用。最後だけ半分脅しじゃん
俺の曖昧な反応に呆れたように、青桐は手をひらひらとさせながら、首を横に振った。
「あーはいはい、どーせ神代くんに乙女心なんて分かんないよね」
「失敬な」
「じゃあ分かるわけー?」
「・・・分かりません」
「はい雑魚ー」
なんで敗北宣言してんだよ俺! 馬鹿!
心の中で俺はリトル神代をひっぱたく。
「まあ別に神代君に分かってもらおうとか思ってないし、別にいいや。大事なのはこっからだし」
「・・・」
またも窓の外を見始めた青桐に、俺は疑問を覚えていた。
不吉な予感。
「君島君のこと、私の代わりに聞いてきてよ」
「私、好きな人が出来たかも」
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