2022/12/25 【アクロポリス】

 クリスマスの日だと言うのに仕事だ。そう思っていた時期が懐かしく思える。今年はたまたま日曜日だから世間も賑やかでいつも以上に盛り上がりを感じる。そうなると自分の店も繁盛するし、なにより楽しんでいるみんなの顔をたくさんみることが出来る。サンタさんは来ないけれどそれがあればクリスマスの仕事ほど心地良いものはない。


 公彦きみひこは各テーブルから聞こえる盛り上がりを聞きながらそんな風に物思いにふけっていた。


 貴子たかこちゃんがみんなで遊んでいるのを見るとホッとできる。これで彼女の両親にも顔向けできるというものだ。多忙なふたりは貴子ちゃんの相手ができていないことをずっと気にしていた。それも十何年もだ。仕事の関係上、仕方のないことだとは言え貴子ちゃんが寂しい思いをしていることは事実だ。


 だからと言って公彦から見てもボードゲームを買い与え過ぎだ。このままだとボードゲームカフェを開けてしまう。そう言ってセカンドダイスに来ることを勧めたのだけれどまさか毎日のように来てはひとりで遊ぶようになるとは思わなかった。


 小学生を気軽に相席を勧めるわけにもいかない。どうしようかと悩んでいたところにちょっとだけ暇そうな美鶴みつるちゃんがいたのは言い方は悪いけれど好都合だった。


 でもまあ、まさかこんなに意気投合するなんて思いもしなかったなぁ。まさか小室こむろさんたちも巻き込んであんなに楽しそうにするなんてな。自分の子どもを見るような目で見てしまう。公彦にもあれくらいの歳の子どもがいてもおかしくはなかった。結果としていない人生だがいれば一緒に遊べたのかもしれない。それはすこしばかり後悔の残るところだ。


 だからなのかもしれないな。


 やたらと貴子ちゃんが気になってしまうのだ。それは圭佑けいすけさんもおんなじみたいだ。彼の場合は子どもはつくらないとはじめから決めていたみたいだけれどそれでも思うところがあるのだろう。あれだけボードゲームに熱心な人を公彦は知らないし、公彦に影響を多く与えた人でもある。彼がいなかったらボードゲームにこれだけのめり込むこともなかった。逆に言うと彼がいなかったらもっと平凡に暮らしていたし子どももいたのかもしれないと思う。


 いや、それは考えてはいけない。あくまでも自分が選んだ人生だ。ダイスを振り直した結果だとしてもそれは受け入れなくてはならない。だからこそのセカンドダイスだし、ここを拠り所としてくれているみんなが子どもみたいなものだ。


 あんまり深く考えすぎてもいけない。気を逸らすために今日届いたばかりのボードゲームの箱を開ける。アクロポリスと書かれた箱は神殿のような柱が描かれており、ちょっと上の視点から街を見下ろしている。街は古代のといった印象が強く、神秘的なものを感じられる。


 開けた箱の中にはタイルがいくつも入っている。六角形を三つくっつけたものがほとんどだ。このタイルを横につなげて街を繋げて得点を目指すゲームらしいというのは前情報で知ってはいる。だからといって、実際遊んでみないとわからい部分はたくさんある。仕事柄、情報はたくさん集めるのだけれど全部を遊んでみることはできない。みんなが遊んでいるのを見ることはたくさんあるので自然とルールは覚えていくがプレイ感だけは昔に比べて鈍ったなと思う。


 四六時中、ゲームで遊んでいた。その頃の仲間のひとりが圭佑さんだったりもする。あの人はきっとボドゲカフェの店長なんかよりもずっとボードゲームに詳しかったりするのだ。


 ピロンッ。


 スマホが軽い音を出してお知らせしてくるのはバイトのとしくんからの連絡だ。


『なんとか乗り切ったので今からお店に戻ります』


 ちょっと真面目すぎて頼りないところがあったとしくんがすっかり見違えてしまった。それもここ一ヶ月でだ。男子三日会わざれば刮目してみよと言うけれど驚くくらい頼もしくなった。春ちゃんがイベントに行けなくなったと聞いたときはどうなるものかとひやひやしたものだ。それがひとりきりで乗り切ったというのだから大したものだ。


 これも恋の力なのかねぇ。


 本人に自覚はないようだけれどはるに振り回されて随分と楽しそうにしている。恋心と呼ぶにはまだ小さそうなその感情が大きくなることがあるかもしれない。なにより最近のふたりは随分と幸せそうだ。今はそれでいいのかもしれない。


 手助けをしたいわけではないのだが、どうなるかは楽しみのひとつではある。できれば今日もふたりっきりにしてあげたいものだ。


「店長ー。なんですかその面白そうなボードゲーム」


 お客さんが目ざとく開けたばかりのアクロポリスを見つけてくる。ルールの把握はインストをしながら一緒に覚えればいいか。ある種の諦めを覚えつつセカンドダイスに加わったばかりの新しい世界を手にテーブルへと向かう。


 今年のクリスマスも仕事だけれどそれが心地よい。きっと来年も再来年もそれが続けばいいなと思う。そのうちきっとサンタさんが来てくれることもあるだろう。


「なんか店長ってサンタさんみたいだよね」


 お客さんのひとりからそう声を掛けられる。袋には入れていないがボードゲームの箱を持っているその姿は気になり始めた腹回りも相まってそう見えるのかもしれない。


 まあ、それも悪くないかもしれない。ちょっとだけ恥ずかしいけれどプレゼントをみんなに届けられているのであれば、やっぱり自分のセカンドダイスの選択は悪くなかったのだと。そう思えるのだ。

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セカンドダイスの日常 アドベンドカレンダー2022 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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