Epilogue

2022/12/24 【ドラゴミノ】

 はる辺りにバレると問い詰められそうだし、四人でいるところに巻き込むのも悪いかなと思い声をかけるのをやめ小さく手をふるくらいにしておいたのだけれど。貴子たかこさんが早々にお店を出ていってしまってソワソワしてしまった。


 貴子さんが小学六年生なのは最初から店長さんに聞いていたので実際会ったときもそんなに驚きはしなかった。本当にいるんだくらいの感覚だ。


 ひとりきりで訪れてはひとりで遊ぶ小学生がいるんだけど。そう店長さんに切り出されたときにはお話の世界かと思ったくらい現実味がなかった。美鶴みつる自身ひとりで訪れているのだけれどそれはコーヒーをゆっくり落ち着いて飲める場所だからでありボードゲームが目的ではないときだ。でも貴子さんはどうやらボードゲームが目的みたいだった。


 それにボードゲームの知識はあるらしくて、時折考えながらではあるが手が止まっている様子はない。どんどんとコマを進めたりカードを引いたりとせわしなくしていた。


 そんな貴子ちゃんと遊んであげてほしいんだ。そう言う店長さんはなんだか優しい目をしていた。そんなお願いを断れるはずもなかった。


 それに実際遊んでみた貴子さんはボードゲームに真摯と向き合っていて好感が持てた。子どもだからといって舐めてかかればすぐに負けてしまうだろうと思ったし、手加減をすれば見破られて遊んでくれなくなる予感すらした。全てにおいて負かしてしまったあと、やりすぎたかと反省したのだけれど、そんな心配もないくらいに貴子さんはボードゲームを楽しんでいるように見えた。


 でも、本当に貴子さんは楽しんでくれているのだろうかと言う不安はずっとある。笑顔を見せることはあるものの言葉にすることはしないし。向こうからボードゲームをやろうと誘ってきたこともない。今日も空いた時間にちょっとくらい遊べるかもと期待していたのだけれど。


 貴子さんがそそくさとボードゲームを片付けて出ていってしまった。そんな貴子さんを目で追ってしまい落ち着かなくなってしまう。智也ともやさんも声を掛けたみたいだけど、その会話までは聞こえない。


「どったの美鶴みつる?トイレ?」


 春のことは一旦置いておくにしても、みんなで遊んでいる最中だ。あんまり気を取られすぎてもいけないと目の前に集中する。


 今日はドミノ型のタイルを繋げて土地を拡大していくゲームだ。ドミノと言うのは正方形をふたつくっつけた形をしているものを指し、世間では倒されることが多いがボードゲームにおいては並べていくことが多い。


 その中でもドラゴミノはその土地を広げられたときにドラゴンの卵をもらえる。その卵から無事にドラゴンの雛が孵れば得点。空っぽの卵だったら得点にならないという単純なゲームだ。得点方法は単純だけれど組みわせなければならないドミノの配置や順番には頭を使う。


 そして今有利なのは卵からどんどん雛が孵っている春だ。


「春って運だけはいいよね」

「そういうとこあるよね。春って」

「しかも今日は調子がいい日みたい」

「なに。みんなしてひがみばかりはよくないよ」


 美穂みほ千尋ちひろに続けて春を野次る。最近は少なかったけれどいつもの光景。やっぱりこの面子はリラックスして遊べる。


「あれ?店長と一緒にいるの小室こむろさんじゃない。なんだか久しぶりに見た気がする」


 千尋がお店に入ってきたふたりを見つける。そのままなにやら智也くんと話をしている中に貴子さんの名前が出てきていてもたってもいられなくなった。


「ちょっとごめん。少しだけ離れるね」


 ポカンとした三人をよそに入口近くのカウンターまで早足で駆け寄る。


「あっ。美鶴ちゃん。今ちょうど貴子ちゃんとすれ違ったんだけど。なんだか様子がおかしかったんだけど、なにかあった?」


 それが美鶴にもわからないのだ。首を小さく横にふると店長はなんだろうねぇと心配そうに扉の向こうを見つめている。


「あれ?戻ってきたみたいですよ」


 智也くんが驚いた表情でガラス扉の向こうを見ている。そこにはじっと立ち止まってこちら。というより扉を見つめている貴子さんがいた。


「どうしたんでしょう。なんだか真剣に悩んでるみたいに見えますが」


 美鶴の言葉に返事する間もなく小室さんが扉を開けに向かう。自分から開けるのを待っていたほうがいいのじゃないかとも思ったが止める暇はない。


「どうしたの?」


 小室さんは扉を開けて貴子さんにそう問いかけた。


「く、クリスマスの日にみんなで一緒に遊びませんか!」


 貴子さんの緊張したのがよく分かるその声を聞いて思わず小室さんと顔を見合わせてしまった。そうしておんなじ気持ちだったのだと確認してから嬉しくなってふたりして笑ってしまう。そんなの貴子さんに失礼かもしれないけど、本当に嬉しかったのだ。


「ええ。もちろん」


 ふたりでそう返したときの貴子さんの笑顔は多分、ずっと心に残り続けるのだと。そう思えた。

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