2022/12/23 【もっとホイップを!】

 クリスマス当時のセカンドダイスは装飾もされていて特別な場所に訪れたみたいな気持ちにさせてくれた。それも気づけばいつもの面子になっていた四人でだ。美鶴みつる敬子けいこ圭佑けいすけ。四人でテーブルを囲っている。


 テーブルの上にキレイな円形のケーキだ。でもすでに切り分けられているそれは一欠片ごとに味が異なる。マロン、マンゴー、フランボワーズ、白桃、抹茶、ブルーベリー、いちご、チョコレート。どれも美味しそうだけれど乗っているホイップの数が違う。


「うん。こう分けますね」


 美鶴がそう宣言してケーキを四等分に取り分ける。それを見て圭佑がほぉと感心している。それがどうしてなのか貴子には理解できない。えっ、と思うくらい圭佑と美鶴のボードゲームのレベルが高く感じられた。


 ケーキを目の前にお腹が空いてきたのだけれどケーキはタイル状のもので厚さはなく絵に過ぎないので食べることはできない。四人で遊んでいるのはもっとほいっぷを! これはそんな名前のボードゲームだ。


 ケーキを上手く切り分けるコツというのがあるそうだ。切り分けた人が最後に切り分けたものを得ればいい。公平に切り分けないと大きいものは他の人に取られてしまう。たくさん食べたいけど公平にしなくては欲しいものが狙われてしまう。これはそんなジレンマをボードゲームにしている。


 実のところ貴子はこの手のボードゲームが苦手だった。この手のと言うのは正解が存在しないゲームのことだ。


 切り分けるのも人であればそこからどれを取るのか決めるのも人。貴子の想像を超えるものを理解できないし、それに対してどの選択が最適解であるかを決めるのが苦手だ。


 でもこれも結局の所、経験していなかったという点が大きいように思う。ひとりで遊ぶ環境ではできなかったから自然と避けていたのだ。


 だから苦手ではあるけれど楽しくないわけでない。むしろ楽しいと思っている自分に気づいて驚いている。どのボードゲームも先のことがわからないから楽しいのだ。それでも人数が増えるだけでここまで複雑になるものなのかと驚ている。


 これじゃあ、至高の一手と考えていた自分が恥ずかしく思えてくる。これじゃあその一手まで遠すぎる。


「じゃあ。俺はここをもらおうかな」

「あっ。それ私が狙っていたのに」


 敬子がちょっとだけ不満そうに文句を言う。でもそれもゲームであると分かった上でだ。本当に不満なわけではない。


「あー。うん集めてるの被ってるのよな。まあ、次はオレが分ける番だから」


 敬子が最初に選べるから好きなのを選べるよということ言うことなのだろうけれどこれまでの動きを見ていてそんなに簡単に選びやすい切り分けをするとは思えない。きっと敬子はまた頭を悩ませるのだろう。


「どうしたの貴子さん」


 美鶴がこちらを覗き込むようにこちらを見てきていた。


「いえ。楽しいなって思って」


 思っていたことを口にしただけなのに周りはなぜだか少し驚いたみたいだ。


「なんか貴子ちゃんずいぶんと笑うようになったね」


 敬子さんの言葉に自分が笑っていることに気がつく。こんなふうに過ごせるなんてちょっと前まで想像もしていなかった。


「それ終わったら本物のケーキ用意しているからはやく終わらせるんだよ」


 店長が手が止まっているのを見かねて声を掛けてくる。


 このあともやりたいボードゲームがたくさんある。


 次はいつにしよう。きっと次もみんなは遊んでくれる。


 そう思えることがこんなに嬉しことだと貴子は人生で初めて知ったのだ。

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