275.準備は整えたが、どこまでいっても不安は尽きない。
準備は整えたが、どこまでいっても不安は尽きない。
翌日…早朝から"妖"に変化した私は、以津真や自覚、更には昨日の内に京都からやってきた風吹と入道の視線を受けて、僅かに頬を赤らめていた。
「似合うじゃないの!」
「そうですかね?」
妖に変わったついでに、服装も"一新"したのだ。
風吹と入道が持ってきてくれた新しい服は"手足の変化に合わせた"もので、人間の手足だろうと、猛禽類の手足だろうと"大差なく"腕を振り回せる様な袖口の広い袴の様なもの…
今の私は、頭こそ"角・耳・翼"が生えた妖そのものの格好だが、手足は人のそれだ。
その状態では、少々裾が緩々で"暴れる"が、中に仕込んだ呪符の取りやすさなどは今までのどの服よりも上と言えるだろう。
「ふむふむ…」
青系に、白の装飾が入ったシンプルなそれに身を包んだ私は、自室の姿見の前で何度か回って確認を済ませると、4人の方に向き直ってペコリをお辞儀して見せた。
「ありがとうございます…ですが、早速汚れそうですね」
「仕方がないじゃろうな!そういう仕事なんだ。気にしなさんな、幾つか予備はある!」
これからやることを考えれば、おろしたてのコレを着て行きたく無かったのだが…
以津真はそんな私の言葉を豪快に笑い飛ばすと、直ぐに真剣な顔になり皆の顔を見回した。
「さて…これから扉の向こう側へ行く訳だが…最優先は分かっておるな?」
「あぁ。人質だろう?40そこそこ居ると聞いているが、増えて無いよな」
「増えてないわよ。勿論、"向こう"にいるとは限らないけれど…見つけ次第保護ね」
「鬼沙と"先代"を逃がしても…じゃな?」
「勿論だ。人質の確保は絶対…例え"死体"だったとしても連れ帰るぞ」
入道の確認に、以津真が答える…
その時に彼が使った"死体"と言うワードに、私はピクリと体を震わせた。
「皆様、準備が揃いました」
そこにタイミング良く沙絵が現れて声をかけてくる。
私達は全員顔を見合わせると、私から自室を出て行き、沙絵の後ろに付いて行った。
これから、八沙の運転で"扉"まで赴き…私と"門番"4人が扉の中へ突入する。
沙絵や八沙は小樽に残り、引き続きこの辺りの警戒監視…暫し別行動だ。
「ワタクシも八沙も居残りです。気を付けてくださいね」
「えぇ…ちょっと不安だけどもね」
「何言ってるんですか、この方々と並んでるんです。自信を持ってくださいな」
廊下を歩いて裏手の方へ…沙絵は不安がる私にそういうと、ポンと背中をはたいてくる。
「皆様、沙月様をお願いしますね?」
「おぉ沙絵殿、任せておけ。と言っても、呼び出されるかもしれないがの」
「そうそう。百鬼夜行を使うかもしれないんだから、そっちも準備しておきなさいよ!」
「えぇ…そうでしたね」
私も緊張しているが、沙絵も沙絵で緊張している様だ。
いつもの"切れ味"が無いが…それも頷ける。
後ろにいる4人衆は、本家に行っても滅多に"顔合わせ出来ない"4傑なのだから。
裏口から外に出ると、扉の目の前に止まっていた白いワンボックスカーに乗り込んでいく。
運転席には八沙が居て、私達の姿を認めると窓を開けて会釈して、後ろの扉を指さした。
「八沙、よろしくね」
「えぇ、責任重大ですねこれは…これ程に緊張することも滅多に無いですよ?」
「沙絵と同じだ。やっぱりこの面子は緊張する?」
「しない方がおかしいですって。何かが有ったらと思うだけでゾッとします」
後部座席に腰かけて、運転席に座る八沙に声をかければ、彼も彼で少々緊張の面持ち。
車こそ"漁酒会"で持っているワンボックスなのだが、今の彼は入舸の人間…私とよく似た"青年"姿になった彼は、皆が車に収まったのを確認すると、エンジンをかけて車を出した。
運転席に八沙、助手席に沙絵…そしてその後ろには私達5人。
人間からは前の2人しか見えないだろうが…総勢7人で向かうは、何の変哲もない道の脇。
余市と古平に繋がる扉に向けて出発した私達は、大した会話もせず早朝の道を越えていく。
・
・
小樽の自宅から、扉の場所までは30分とかからなかった。
八沙は扉の前の路肩に車を止めると、クルリと私達の方へ振り返る。
「到着です」
私達にそう言って、彼は右に視線を逸らす…
その先には、異様な雰囲気を醸し出す扉がポツリと見えていた。
「ありがとう。鵺…こっちのことは任せたぞ?」
「えぇ、抜け目なく」
「戻ってきたら沙月の携帯から連絡するから、帰りもお願いね?」
「勿論です。もし人質が救出できたら教えてください。漁酒会の皆で出向きますから」
「助かる。頼んだぞ」
短いやり取りの後、車を降りていく以津真達…
最後、私が降りる時…八沙と沙絵の顔を1度ずつ見やると、私はクスッと微笑を浮かべた。
「それじゃ、行ってきます」「おぅ…」「ご武運を」
短いやり取り…私達の間柄で、長々しい言葉なんて必要ない。
車を降りて扉を閉めると、八沙はハザードを消して車を出し、私達は扉前の草地に集まった。
いよいよ"異境"へ突入する…以津真が先頭に立って私達全員の顔を見回すと、無言で頷き、扉の前で立ち止まった。
「どんな感じだ?」
「そこそこといった空気だな。道晴。沙月に刀を渡してやれ」
「あぁ、そうだった。沙月、これを…」「!?」
扉を開ける直前。
風吹が着物の中から大小2つの刀を取り出すと、それを私に寄越してきた。
私はそれに驚きつつも、それらを受け取って腰に差す…
「俺が鍛えた刀さ。切れ味は保障するぜ」
「ありがとう。これで準備万端ってわけ?」
「そうだな。お前達も、準備は良いな?」
風吹に礼を言って…以津真が皆に確認を取る。
その確認に、自覚や入道、風吹と共にコクリと頷き…以津真はそれを見てニヤリと笑うと、扉のドアノブに手をかけた。
「なら、行くとしよう。"良い発見"があれば良いがな!」
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