276.身構えていたら肩透かしを食らうなんてのは、良くある話だ。

身構えていたら肩透かしを食らうなんてのは、良くある話だ。

準備を整え、"覚悟"を決めて出向いた扉の向こう側…

以津真達、"防人元の塔を護る"妖4人と訪れた異境の光景は、想像以上に"普通"だった。


「これは…随分と"現実"に近い世界だな」

「そうねぇ。ちょっと昔?って感じよね」

「1980年代って風を感じるぜ」

「80年代を過ごして、そこから逃れられなくなった懐古趣味な奴がいるのだろう」

「間違いなく、鬼沙の趣味だね。車の趣味も、曲の趣味もちょっと古かったから」

「沙月には通じないだろうが…あの時代、妖の俺等にとっちゃ驚きの連続だったんだよ」

「そうね!今もニュース見て驚いちゃうけど…でも、あの時の方が凄さは上だったわ」

「そういうものなの…」


扉の向こう側は、どこかの裏路地に繋がっていた。

空は青く…強い妖気を放つ、黒光りする太陽の様なものが、扉の真正面側に輝いている。


裏路地…と言ってしまうと"現実世界"の様に思うかもしれないが、そういう他ない。

地面は質の悪い舗装がされていて、下水に繋がるマンホールも見えていて…

扉の周囲を囲んだ建物は、小樽で見られるような"古いビル"の様。

ここは日本…?そう言っても差支えが無いほどに、この世界は"現実味"に溢れていた。


「この世界がどういう"常識"なのかは知らんが、"コッチ側"のモノで溢れておるな…」

「住んでる人の常識も"コッチ側"であることを祈りたいわね」

「無理な注文ってもんだろ、そりゃよ」

「大丈夫か、沙月。この妖気、中々に濃いぞ?」

「大丈夫大丈夫。この格好なら"コッチが正解"でしょうし」


その世界を満たしている異境独特の"妖気"は、妖化していなくても何かに変化してしまいそうなほどに濃く、入った直後こそ、その濃さにむせ返りそうになったが…

直ぐに順応出来てしまい、今では外の世界よりも"心地よく"感じてしまっている。


「慣れるのも程々にしておかぬとな」


以津真が呆れ顔を浮かべながらそういうと、私達はゾロゾロと扉のあった路地裏から見える通りへと出ていった。

出た先は…どうやら商店街の様だ。


何と言えばいいのだろう?車1台分も無い道脇に、ズラリと古いビルが並んだ通りなのだが、ビルの1階部分が商店街でよく見かけるようなお店になっていて、そこそこの"妖込み"が見られる。


この異境にいる妖達の格好は皆、"古い"格好だ。

私達の様に和服に身を包む者もいれば、スーツ等の正装姿でまとめている者。

如何にも80年代?なサイケデリック系の私服に身を包む者や、現実に紛れてもおかしくない地味な服に身を包む者もいた。


私達は、そんな妖達に紛れて通りを歩く。

十字路や丁字路が見えない通り…とりあえず黒い太陽を背にして歩いていく私達だったが…

周囲の妖達は"昔の日本人"その者の様で特に"危険"を感じる様な事は無く、普通に通りを歩けていた。


「随分と長いな」

「ねー、どんだけあるんだろ?この通り」

「分かれ道も無い様じゃしのぅ…」

「典光、上まで伸びて見て来てくれないか?」

「アホ抜かせ、まだ"手の内"は晒したくないわ」


おかしいのは、この通り自体と言える。

歩けど歩けど、果てが来ないのだ。

果てが来ない上に、分かれ道の様なものもない。

延々と直線道が続き…私達の左右には背の高い、古い見た目のビルが並んでいる。


「まさか、ループしてるとか言わないよね?」


私は周囲のビルを見回しながらポツリと呟いた。

余り周囲の景色を気にして見ていなかったのだが…

そう思ってしまえば、今、周囲に立っているビルをさっきも見たような気がする…

と思えてしまう。


「まさか」「だとしたら大した術だぜ」


以津真と風吹が私の呟きを聞いて笑ったが、自覚と入道は険しい顔を浮かべていた。


「あながち間違いでは無さそうよ?」


声のトーンを下げて自覚がそういうと、私達の表情は一瞬のうちに硬くなる。


「そうだな。恋のいう通りだ」


それに同調したのは入道だった。

彼は歩いているうち、僅かに体を"薄く"して異境に"溶け込んで"いたらしい。

彼の左隣を歩いていた私は、今更入道の変化に気付いてギョッとすると、前に居た以津真と風吹がゆっくりと足を止めた。


「どうかした?」


私の右隣に居た自覚が前の2人に尋ねると、2人は即座に"戦闘体勢"に入って目の前に"結界"を創り出す。


「!!」「何!?」「嘘…!」


あっという間の出来事…後ろにいた私達3人が驚きの声を上げた刹那…

2人が行く手に創り出した結界には、無数の刃物と銃弾が襲い掛かってきた。

それらは2人の手による"見えない壁"と"意図せぬ風向き"によって私達を捉える事は無かったが、周囲の店やビルを傷つけ、辺りの空気は一変する。


「中々の使い手が居る様だな…」「あぁ、どこから"見てた"かは、知らねぇが…」


背中に冷や汗を感じる。

"初撃"を防いだ以津真と風吹がそう呟いた。

どうやら、私達は"監視"されていたらしい…

80年代風の異境に入り、周囲の妖に溶け込めていたと思っていたのだが…それは大違い。

気付けば私達の周囲には得物を手にした妖達がズラリと見えていて、"人に化けた"彼らは"強い妖力"を放ちながら私達に"殺意"を向けていた。


「たった"1周"で気付かれるとはね。そんなことより…"塔"の連中が来るとは。想定外だったかな…"沙月"。アンタ、かなり"出世"してるみたいじゃないのさ」


あっという間に豹変した空気。

ビルの窓、商店の店内…通りの前後…そこにいる妖達全員に"殺意"を向けられている中…

私達の"前方"からやって来たのは、"人の姿をした"私と瓜二つな女。


「沙月とはこの間会ったけど。アンタ達に会うのは久しぶりじゃないか…最後に会ったのは、アンタ方に"隠された"時以来か。もう、70年になるのかな?いや、もっとか…70…何年かは、パッと分からんが、まぁ、それ位だ」


彼女は異様な空気の中で唯一"自然体"な振る舞いを見せていた。

却ってそれが不気味に映るのだが…そんなこと、彼女からすれば"どうでもいい"のだろう。

私達の前に現れた女…"先代入舸沙月"は、私達を前にして楽し気な様子で話しかけてくる。


「どう?ちょっと突貫工事だけども…"私達"の国は。綺麗でしょう?煌びやかでしょう?頑張って作ったのよ?制作期間は僅かに6か月!!だから、そんなに"広く無いのだけどもね」


笑っていない目で…笑っていない表情で語る先代沙月。


「懐かしいでしょう?この光景。"鬼沙が言ってたのよ。戦争で負けた国が最も輝いてた時だって。鬼沙、この光景が現実だった時が一番住み心地が良かったみたいよ。だからこうなんだけども…私もこういう世界は嫌いじゃない。この間久々に出向いた現実は、思っていたよりも"ガッカリ"するものだったからねぇ…」


そう言って、彼女は真っ黒な"妖力"を纏わせた日本刀をゆっくりと抜刀していく…

彼女はそこで初めて表情を歪めると、私達に向けて短くこう告げた。


「随分と"妖"に厳しい世界にしてくれたものさ。少しは虐げられた者の怨嗟に目を向けてみることさね。鎮魂の歌なんかじゃ鎮まらない、どこまでも"消えない"恨みの歌を!!」

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