274.待っていても悪化するだけなら、突っ込むしかないのも頷ける。
待っていても悪化するだけなら、突っ込むしかないのも頷ける。
余市と古平を繋ぐ、何てことの無い道の途中に"異境への扉"を見つけた私と自覚は、家に戻って準備に取り掛かっていた。
「そうだ沙月、服を脱いで背中見せな」「え?」
誰もいない家に戻った私と自覚…
彼女は家の中に入るなり、私にそう言って着ていた私服をクイっと引っ張る。
「異境の妖力に耐えられるようにしてやるのさ。ホラ早く!」
「わ、わかりましたから、ちょっと待って!私の部屋でお願いします」
「はいはい…筆と墨、部屋にあるのかい?」
「えぇ、ありますが…」
「ちょっと借りるよ!」
私の部屋に入るなり、自覚は部屋の中を見回して習字セットを見つけて準備を始めた。
その横で変装を解いてポケットの中のモノを机に置いて私服を脱ぎ、ブラも外すと、パンツ1枚だけ身に着けた姿になって、近くにあったタオルで適当に背中の汗を拭う。
「よし、こんなもんか」
「どうぞ…でも、異境なら行き慣れてますよね?あそこは違うと?」
「あぁそうさ。本家から行ける異境は妖気が"薄い"方だからね。さっき見つけた扉の先がどうかは知らないが、備えあれば患いなしと言うだろう?」
困惑しつつ自覚のいう通りにする私に、自覚は筆に墨と妖力をしみ込ませて、背中に何やら文字を書き始めた。
筆の感触がくすぐったいが…身を捩ることなく、筆越しに伝わる自覚の妖力にどこか安心感を覚えながら、"儀式"が終わるのを待つ。
「背中、真っ黒になってません?」
「終わったら触ってみな。どうもなって無いからね」
「はぁ…それで、これが終われば何をすれば…?」
「アタシの方は"何人か呼び出す"けど、沙月は雪女の絵を書いて取り込んでな」
「あぁ、そういえばそんなことも言ってましたっけ」
「…絵を書いて取り込んだら、あとは待つだけだ。明日の朝、あの扉から異境へ行く」
そう言った直後、自覚の手にある筆の動きがピタリと止まり、筆の感触が背中から離れた。
自覚の妖力が流し込まれた以外は変わった気がしないが…それはおいおい学べば良いか…
「懸念通り、あの扉の向こうの異境から"各地に繋がる"扉があると言うのなら…事態は急を要するからね。最初は待って泳がせるつもりだったけども、方針転換さ」
自覚は筆を部屋にあった適当な紙で拭きながらそう言うと、未だ服を着ていない私の体をチラリと見てニヤリと何処か意味深な笑みを浮かべた。
「生娘らしく無いね」「……反応し辛い冗談は止めてください」
真剣な空気の中で、そんな緩急が付きすぎた事を言われると反応に困る。
私は顔を赤くしつつ、サッサとブラを付けて部屋着の和服に着替えてしまうと、部屋の中に置いてある画材とスケッチブックを手に取った。
「では、書いてまいりますね」
「あぁ、あ!そうだ沙月!もう一つ頼みがある!」
習字道具を片付けている自覚に呼び止められて、部屋を出る前に立ち止まった私。
彼女の方を見て首を傾げると、自覚は片づけていた手を止めて着替えの時に机に避けた私のスマホを取って、私の元に持ってきた。
「情報収集もしてくれないか。年末、仲良くなった連中がいるだろう?」
「あぁ…分かりました。ニュースとかもチェックしとけって感じですかね」
「勿論だ。アタシ達はその辺に疎くてな…頼んだぞ」
「はい」
やることを追加された私は、自室を出て雪女の身柄が放置されている空き部屋に向かう。
家の隅にある、客間代わりの空き部屋…そこで、雪女は沙絵や私の妖術によって"仮死状態"にされたまま放置されていた。
「まぁ、パッと見は死体だよなぁ…」
棺の中で眠っている彼女を見下ろしてポツリと独り言…
私は雪女…とは思えない、少しパンクな容姿をした女の姿を上から下までジッと見つめると、近くにあった椅子に座って机の上にスケッチブックを広げて、サラサラと下書きを始めた。
(…グループで流せば誰か食いつくかな?)
雪女の絵を書き始める一方で、もう一つのやることにも手を付ける。
スマホに入っているトーカーを開き、この間出来たばかりの"防人子供組"と銘打たれたグループに、ササっと今の事件についての情報を報せてほしい旨を打ち込んだ。
"今朝のニュース見た?どうなってるか状況を知らせて欲しい!"
"小樽では人攫いが起きててその調査中!異境への扉も見つかってる!もしかしたら異境の中で各地と繋がってるかもしれないから、明日調査に出るの!"
簡単な文章を書いて投稿してしまえば、直ぐに既読が付き始めた。
誰が最初に返してくるだろうか…私はスマホの画面をチラチラ見つつ、雪女の絵の下書きも進めていく。
「お?」
やがてチラホラと返信が付き始め…全国各地に散らばる防人達の"今"の情報が入ってくる。
ニュースで紹介された地域の人間は、結構"駆り出されている"そうで文章からも疲れが滲み出ている様に見えたが、彼らから得られた情報をまとめると"犯人の見当が付いていない"というものだった。
「昨日の今日で…そんなに早く進展はないかぁ…」
皆の返信を眺めてポツリと呟くと、不意にスマホの画面が切り替わって振動を始める。
ビクッと驚いてみてみれば、グループ通話のお誘いだった。
通話を始めたのは、"洛中組"の千鶴だ。
「もしもし」
電話に出てみると、複数人での通話らしく、皆の声がぐちゃぐちゃになって聞こえてきた。
「あ、沙月!!そっち大丈夫!?ヤバくない?人攫いでしょ?」
一通り声が被って…声が静まり返った直後、千鶴の声が聞こえてくる。
「あぁ、ヤバいってもんじゃないけどもね。でも、手掛かりみたいなのは見つけてるの!」
「そう…こっちも人殺しの調査してるんだけどさ!全く手掛かり無くて困ってたの!!!」
私が千鶴の声に答えて、千鶴が私の声に反応を見せると、彼女の声の後で「こっちも」「俺等も!」等々、同調する声が聞こえてきた。
「沙月!俺だけどもわかるか?」
「あぁ、モトでしょ?どうかした?」
「とりあえずそっちで分かってる事教えてくれないか!?扉がどうとかって言ってたろ?」
「そうだね。多分、一番"進んでる"のはウチかな?って気がするから、今から話すね!!」
突如として始まった、子供たちの"会議"…
気付けばグループの全員が通話に参加しているらしかった。
その中で私はモトの頼みを聞いて、こちらの事件の概要や分かっていることを伝えていく。
そもそもコッチ側では"妖絡みの事件"が幾つかあった事から…
鬼沙という入舸家と関係の深い、"死んだはず"の妖がこちらを目の敵にしている事。
大昔に隠された先代の入舸沙月が何故かこの世に戻ってきている事。
その2人が異境の妖と手を組んで学校を襲い、生徒や先生達を攫っていった事等…色々な情報が絡み合う中で、私なりにかみ砕いた情報を話していった。
「なるほど?それで、連中の目的は沙月な訳だな?攫ってったのは人質か」
「そう!それで調査を始めたら…今朝のニュースってわけさ」
「でもさぁ、沙月のとこの事件と、無関係って訳じゃなさそうじゃない?」
「うん。千鶴の言う通りだと思う。向こう、明らかに数が多いのに"見つからない"のがおかしいんだもの!」
「そんな矢先に見つけたのが扉か。沙月の言う通り裏で繋がってたら…って思うのが自然だろうな」
モトの言葉にうんと頷くと、私は皆をまとめる一言を言うために口を開いた。
「だから、明日調べる事になったのさ。私だけじゃなくて、何人かだけどね。だからさ、とりあえず、小樽側での調査結果待ちって事にしてくれない?思った通りの結果だったら直ぐ連絡入れるから!!」
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