273.何か残滓が残っているのならば、話はもっと簡単だったのかもしれない。

何か残滓が残っているのならば、話はもっと簡単だったのかもしれない。

余市の、私が半壊させた家を調べても何も出てこず…

お昼を跨いで積丹半島の隅にある廃墟を調べたものの、何も手掛かりを得られなかった私達は、大人しく諦めて小樽の方に戻っていた。


「手掛かり無しってねぇ」

「すいません、空振りで」

「全然。空振り上等よ!けど、これで雪女位しか手掛かりは無くなったんじゃないの?」

「ですねぇ…」

「悪霊とやらは彼氏君が祓っちまったんだろう?やり残しがいないかねぇ」

「あぁ、悪霊の心でも読めるんでしたっけ」

「勿論よ!覚り妖怪舐めてもらっちゃ困るわ。思いつく場所でもある?」


自覚の問いに、私は首を傾げて思い当たる場所が無いか考え始める。

正臣と共に回ったのは小樽の街中…この辺り、積丹や古平、余市辺りまでは来ていないから、この辺に悪霊がいれば、もしかしたら何かが分かるかもしれない。


「この辺ですかね?私達が祓って回ったのは小樽の街中だけですし」

「そ、なら…適当にグルグル回ってみるか!」


私の答えを聞くなり、自覚は目の前に見えた小路に車を突っ込ませていく。

ちょっと体が揺すられて、彼女にジトっとした目を向ける私だったが…自覚はそんな視線を意に介さず、鋭い視線を周囲に向けていた。


「漁師町に悪霊ねぇ…付き物っちゃ付き物だと思うけれど、いないものかね?」

「簡単に見つかれば話はもう済んでるでしょうよ」

「それもそうか。あぁ、そうだ。沙月、連絡来てないかい?他所がどうなってるとか」

「どれどれ…」


パッと見は長閑な田舎町の中を適当にグルグル回る中。

スマホを取り出してメッセンジャーアプリを開き、溜まっていた通知の内容に目を通す。


「あぁ、思った通りじゃないですかね?ウチにも要請が来てるみたいですよ」


今朝のニュース…"全国ニュース"であんな光景が流されてしまえば、一般人的には"騒ぐネタ"になるし、我々防人にとっては"頭痛のタネ"になること間違いなしだったのだが…

思った通りとでもいうべきか、各地の防人から入舸家に"ヘルプ"の要請が多数寄せられている様だった。


「事件の全容はまだ不明ですが、そこそこデカい"妖組織"が動いている様ですね」

「ほぅ~…長に鬼沙がいそうだなぁ?」

「そこも不明ですがね。で、事件の話ですが、手口はどれも似ていて…鋭い爪を持つ妖の手により無差別に人が襲われてるそうです。事件の起きた地域では夜中の外出規制を出すか検討中とのことで」

「なるほど。大した情報はまだ無いわけだな」

「えぇ…どこかしこも人手不足で喘いでますよ」

「その点、入舸は得したね。1日ズレてたら私達はいなかったんだから…」


自覚は少々意地の悪い事をいうと、ハザードを付けて車を路肩に止める。

ここは、周囲に建物も見当たらない、何の変哲もない1本道だ。

このまま真っ直ぐ行けば余市の市内に繋がる道なのだが…


「さて、沙月。ちょっと出るよ」「え?あぁ、はい」


エンジンをかけたまま車外に出た自覚に言われ、後をついていく…

周囲を見る限り、悪霊も何もいないと思うのだが、彼女は何か"手掛かり"を見つけた様だ。

表情は真剣そのもので、その横顔はどことなく、修行中に見せる厳しい顔にも見える。


「沙月、目の前に見えるのはなんだい?」

「え?…ただの雑木林というか…手つかずの自然…ですかね?雑草とか、木とか」

「そうだろう。目で見ればそうなるよな。じゃ、アタシの手を取ってみな」


言われるがまま、差し出された自覚の手を握る私。

手を握った瞬間、彼女の妖力が体に流し込まれて軽い頭痛を覚え…

僅かにふら付いてから前に向き直ると、そこに見えた光景は、さっきとは違う異様な光景だった。


「これは…」「こう言うのが出来る妖は中々いないからねぇ…」


さっきまでは道端にある、緑あふれる自然な光景でしかなかったのだが…

自覚の妖力を受けて見るその光景は、草木の中に不自然な"扉"がある異様な光景だった。


「異境に繋がってる扉…?」

「あぁ、そうだろうな。派手な人攫いがあったにも関わらず、痕を追えないってのはこう言う事さ。連中の中に"高度な"妖術を使える者が居るんだろう」

「八沙でも見抜けないのか…」

「異境の妖が使う術は"研究中"のものも多くてねぇ…アタシですら騙される時があるのさ」


自覚はどこか楽し気な口調でいうと、扉の方を指さして私の顔をジッと見つめてくる。


「どうする?入ってみるか?」


何気ない口調で言われた問い…私は「もちろん」と答えようとして、固まった。

気持ちはYES…すぐにでも入って中を調べたいのだが…なぜか体がNOを告げてくる…

自覚はそんな私の気持ちを見透かしているかのようにニヤリと笑うと、懐からスマホを取り出して何かの操作をし始めた。


「合格だよ沙月、見つけ次第入るものじゃない。この先にある異境は、本家から繋がるそれとは全然違う場所に出るからな。準備なしに入るものじゃ無いのさ。一旦、車に戻るよ」


そして、路肩に止めていた車に戻っていく私達。

自覚はハザードを消すと、再び車を発進させた。


「滅多に無い事だけどもね。まさか異境から"この世界に繋がる"とはねぇ…」

「滅多に無いって言っても…いや、ありますよ」

「何がだい?」

「誘拐事件の前…もっと前…雪女を追う前に、小樽に来た"お尋ね者"の妖を隠したのですが…その中に77号の妖がいたんですよ!」

「77号…雅客か。奴等なら…あぁ、出来てもおかしくないな」

「去年もあったんです。気付かぬうちに扉をって…その時も、鬼沙が裏にいました」

「なら、あの扉の犯人は決まりみたいなものさ。攫った連中で間違いないだろう…」


彼女はそう言って、僅かに表情を険しいものに変える。

異境から"この世"へ、こうも簡単に扉を作れてしまう連中がいるという事実…

その事実がどれ程の危険を呼び込むのかを、良く知っているからだ。


「あの扉だけとは限らないねぇ…ココだけで済んでるなら良いんだが」

「ココっていうのは、小樽だけですか。それとも…」

「全国的にさ。異境の広さから見れば、この世なんて米粒みたいなものだからねぇ」

「……あの扉から、別の場所に行くことだって出来るんですかね?」

「簡単だろうさ。となれば…やはり…それが手っ取り早いか…?」


緊張感が高まっていく車内。

既に"危険地帯"となっている小樽周辺はもとより、今朝のニュースで取り上げられた地域にもこの扉があるとすれば…

今の危うさは、これまで経験したどの事件よりも"ヤバい"と言う事になってしまう。


「……」


私は背筋にゾワゾワした寒気を感じる中で、自覚の横顔をジッと見つめていた。

次にどうすればいいか…頭の中でずっと考え続けているが、いい案が思いつかないのだ。


「沙月」「はい」


暫しの静寂の後、自覚が私の名前を告げる。

私はすぐに反応して、彼女の言葉を待ち構えたが…

彼女が私に言った一言は、私の目を大きく見開くのに、十分すぎる一言だった。


「今から家に戻って準備しよう。明日になったら動くよ…異境探索にね!」

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