272.天然の百鬼夜行が見れるとしたら、その時はどうするべきだろうか。

天然の百鬼夜行が見れるとしたら、その時はどうするべきだろうか。

京都から増援がやって来た次の日の朝、私達はテレビに映った光景に言葉を失っていた。


「……」「……」「……」


その光景は、妖の手によって"殺戮"が行われたであろう通りの光景。

既に死体は片付けられた後の様だが、道路や外壁に残った生々しい血の跡が、そこで何があったかを想起させる。


「誤魔化すのは大変そうじゃな」

「えぇ、暫く残るでしょうね…やってくれるわ。ホント」


血の跡に、細かな肉片…外壁に残ったのは、明らかに人外のものと思われる爪の跡。

そんな地獄の様な光景が生まれたのは、小樽…ではなく、本州のとある田舎町だった。


「ここだけじゃ無いと見て良いんでしょうかね?…こんなに"出てくる"って事は…」


私や以津真、自覚と共にテレビを見ていた沙絵がポツリと呟く。

そう、このような"怪奇事件"は1件だけに留まらず、全国各地で起きているらしい。

今朝、テレビで取り上げられているものだけでも7か所…防人の内部連絡網では、その3倍の21か所で似た様な事件を確認しているとのこと。


「ここの件と関係が?」「わからんな」


テレビの前で困惑する私達。

まだ家に残っているのは私達くらいで、母様やおばあちゃん、京都からの増援勢は皆外に出払っていた。

そんな中で、速報として出てきたこの映像だ。

"全国的に危うい"状況になっているのは明らか…私は顔を歪めて以津真の方を見やれば、昨日は気の抜けた様子を見せていた彼も、流石に口を閉じて目を細めている。


「とりあえず、ワシ等も外に出よう。ワシは沙絵殿と、沙月は恋とじゃったな」


テレビのニュースが切り替わった辺りで、以津真が場を仕切り…

私達は2手に別れて外に出た。

今日から"情報収集"…この近くに潜伏しているはずの鬼沙達の行方を探るのだ。

5日もすれば私の下に"答えを聞きに"来るだろうが…黙って待っているつもりは無い。


「さて、何処に行こうか?手掛かりのありそうな場所…どっかにある?」

「無くは無いですけどね」


自覚達が千歳から乗って来たレンタカーの助手席に座った私は、自覚の問いにそう答えると、彼女は「え?」と驚いた表情を浮かべた。

彼女は驚きつつも、家の敷地から車を出すと、私は適当に方向のみを示してとりあえずそっちの方へと車の鼻先を向けさせる。


「嘘!?本当に言ってる?」

「えぇ、何度か遭遇しているので…鬼沙達が裏で絡んでた事件を調べてたんですよ。外国人観光客の怪死事件。あれ、言ってませんでしたっけ?」

「いや、聞いてるよ。雪女が犯人だった事件でしょ?まだ隠してないみたいだけど?」

「昨日、警察から身柄が返されたばかりですから」

「なるほどね。それで、今向かってる方向は合ってるのかい?」

「えぇ、このまま暫く真っ直ぐで良いですよ」


これから向かおうとしているのは、先代沙月の邪魔を受けた廃墟染みた家だ。

余市の、この間半壊させた家と…積丹の隅にある廃墟。

そのどちらかから、鬼沙達の痕跡が見つかれば儲けものだと思ったのだが…どうだろう。


「雪女が根城にしてた家が2箇所あります。そこで痕跡調べをしようかなと」


そう言って、レンタカーのドアの内張りに肘をあて、頬杖をついて窓の外を眺める。

暫く道なりで案内もないから、車内の会話は一旦途切れる事になるが…

自覚はそれがムズ痒い様で、私の方をチラチラ見ると、口元を僅かに緩ませた。


「しっかし、表行きの格好だと地味ねぇ…?もっとお洒落しないとダメじゃない?」

「良く言われますけどね。友達から着せ替え人形にされて、その時にしてますよ」

「自分で着飾る性格はしてないか。無頓着っぽそうだもんね」

「その通り。身軽に動けて浮かなければ何だって良いんです」


今朝にグーンと上がった緊張感が、自覚との会話で僅かに薄れる。

自覚は私の"表行"の格好をもう一度見つめてフッ笑うと、目付きをキリっとさせて"仕事中"の表情に戻った。


「そうそう、雪女なんだけどもねぇ。アレ、鬼沙の息がかかってんだっけ?」

「え?えぇ、そうですね…この土地での犯行を唆されたそうですよ。身柄を捕らえようとしたら、先代が"迎えに来る"程のVIP待遇で…」

「そんな奴、普通は直ぐに隠すモンだけど…今回に限っては僥倖かもしれないねぇ…」


雪女の話題に戻した自覚は、そう言ってニヤリと悪意ある笑みを浮かべる。

初めて見る彼女の顔に、少々背筋をゾッとさせた私は、首を傾げて彼女の言葉を待った。


「沙月、雪女の絵を描いて取り込んだらどうさ?」

「絵を…?」

「分からないかい?取り込んで"百鬼夜行"で呼び出せば雪女はもう沙月の僕だろう?」

「あぁ…確かに。でも、随分な力技だと思うんですけど」

「だから最終手段だよ。今日の夜、チャチャっと書いて取り込んじまいな」


自覚の言葉に頷くと、スマホのメモ帳に書いてるTODOリストにやることを付け加える。


「洒落たもの使ってるじゃないの」

「最近ですけどね。私も古い人種なもので」

「防人なんざそんなもん。久しぶりに飛行機に乗ったけど…随分と落ち着いたもんだよ?」

「昔は危険だったって…それ、いつの話です?」

「もう50年は前か。かかる時間は、昔の方が速かったんだけどもねぇ…安全のが大事だわな。命は大抵1つしか無いものだからさ」


自覚は遠い目をして言って、私はそれに苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。

彼女が言ってる昔とは、どれ程の昔かは知らないが…そういう時代もあったのだろう。


「まだかい?」

「そろそろですね。2つ先の信号を左に曲がってください」

「はいはい」


そうこう言ってる間に、車は余市に入っていた。

いつも沙絵と来る時に使うレモン街道…ではなく、海沿いの道を使って来た余市…

それだけでもいつもと景色が違って新鮮に見えるのだから不思議なものだ。


「駅を越えて…あの信号を右に。そしたら道なりです。右左に曲がりますが…真っ直ぐ」

「はいはい」

「川の近くに木に囲まれた場所が見えてくるので、そこですね」


自覚は私の案内通りに信号を曲がり、そのまま余市駅の前を通り過ぎた。

ここまで来れば、以前雪女を逃がした家まで後少し…

車は狭い住宅地に入っていき、この間も訪れた古い家の前までやってくる。


「ここかい?」

「はい、そうです」


家の前で車が止まり…車の外に出る。

この間やって来た時は、地面がぬかるんでいたり、雪が残っていたが…

今はもうすっかり雪も解けて、地面の土も乾ききっていた。


「半壊してるじゃないか」

「私のせいですね。呪符で吹き飛ばしたんです」

「なにやってるんだか…」


私と自覚の前にある家は、半分ほど崩れていて…

それが"居住可能"だった家だとは思えない光景を晒している。

自覚はそれが私の仕業と知ると呆れ顔を浮かべて肩を竦めつつ、家の方へと歩いて行った。


「とりあえず。何が出て来るか…調べるとしよう。午前中に終わらせて、もう一か所あるんだろ?そっちにも行こうじゃないか」

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