271.観光に来たわけでないのに、観光客にしか見えない。
観光に来たわけでないのに、観光客にしか見えない。
私は興味津々といった様子で周囲を見回す以津真天と自覚恋の姿を見ながら、そう思った。
以津真天と連絡を取ってから僅か6時間後の、18時過ぎ。
急いで小樽までやって来た彼らに、警備ついでの"地元案内"をしている私だったが…
「この組み合わせだと親子かしらね?50手前の老けた父親に40半ばの美人母ってね!?」
「冗談抜かせ、ワシはこんな嫁等いらぬぞ?」
「同じく。心を勝手に読んでくる母親は御免だね」
「釣れないわねぇ…二人とも…」
あれはなんだ?これはどういうものだ?…小樽は坂が多すぎないか?…
海産物は滅多に食わないから新鮮だ等々、今の私達はどこからどう見ても"観光客"だ。
警戒もしているものの、午前中に鬼沙や先代、数十人の妖がいたとは思えぬほどに、町の中に"敵性のある妖"の姿は認められない。
だからこうなっているわけだが…彼らの呑気すぎる様子に、私の緊張感というか、引き締めた気持ちは僅かに挫けていた。
「晩飯はどうするんだ?家で出るのか?」
「いえ…沙絵や母様達が京都の人達の相手をしているので…外で食べてこいと」
「見回りついでにってやつね。だけど、この辺は怖いくらいに"綺麗"だわ。何も無い」
「そうじゃなぁ…死人の残滓でもあれば話は別だったが。死人は出とらんのだろう?」
「今日は出てないみたいですがね」
「この前までは出てたの?」
「悪霊と話せる友人曰く、鬼沙みたいなのにやられた人間がいるそうで…でも、もう祓われちゃってますかね」
「ほっほっほ!!!そんな友人がいるとはな。中々の"儲け者"じゃないか!!!ソイツに訳を話して…」
「以津真さん。残念ですがね、ついさっき攫われたんですよ。鬼沙と先代に…」
「あ、あぁ…そうじゃったか。すまぬ…」
言葉を交わしながら、やって来たのは小樽運河付近。
以津真も自覚も、どこかワザと気の抜けた態度を装っている様には見えるのだが…
それでも私は、正臣達が目の前で攫われた事実を未だに引きづっていて、その手の話題に近づくと、少々頬の辺りがピクピクと動くようになっていた。
「して…沙月よ」
この2人はそれすらも"お見通し"だと思う。
彼らは、今の私のお師匠様…私の気持ちに関しては私以上に分かっている節がある。
以津真は声のトーンを変えて私の名を呼ぶと、普段通りの優しい目をこちらに向けた。
「とりあえず、今は何も起こらぬよ。妖術の類も無い。恐らく…小樽には潜伏しておらぬじゃろうな」
「そうねぇ…仕掛けがある感じも無いし。今はタダの"港町"よ。安心なさい、今夜は安全なんだから」
以津真と自覚の言葉に、私はホッと胸を撫でおろし…フーっと溜息を1つつく。
最も恐れていたのは、私達に感知できない妖術の類が仕込まれていて…まだまだ被害が拡大してしまう事だった。
とりあえず、防人の中で最も"妖術に長けた"者が言うのだから、一安心と言った所…
「ここはワシ等がおるし、もっと奥には鵺が見張ってるんだろ?」
「そう…ですね」
「なら、滅多に手を出せるものではないだろうさ。鬼沙や"前の"沙月がいたところで、派手にならず済む訳がないんだからな」
そう言って、以津真は周囲を見回し"さっきの調子に戻して"私の方に向き直る。
「晩飯にしようじゃないか。この辺りは飯が美味いと聞いててな」
「そうね…腹が減っては何とやらよね。地元の人もいるし…お勧めの所に行きたいわね?」
どうやら2人は空腹らしい。
私はジトっとした目を2人に向けると、丁度近くにある"めんま"の存在を思い出して、そっちの方に体を向けた。
「私の好きな所で良いですか?海鮮から、普通の料理までなんでもってお店ですが…」
・
・
"めんま"に着いた私達。
満員だったせいもあり、少し店の前で待った後に店内に案内されて、通された席は"いつもの"隅の席だった。
「なるほど…美味い!美味いぞ!感謝するぞ沙月!やはり偶には外に出ないとダメだな!」
「そうねぇ…あの中だと、元様は昔の料理しか食べないものねぇ…」
注文も済ませて料理も来て…今は少々遅い晩御飯の真っただ中。
私の前に並んで座った以津真と自覚は、目を輝かせながら料理に手を付けては「んー!」と唸り続けている。
彼らが頼んだのは、この店の名物である若鶏半身揚げと寿司12貫のセット。
私はザンギ定食を突きながら、少々オーバーなリアクションを見せる2人をジッと見つめてこの後の事を悶々と考えていた。
「暗い顔ねぇ…こんなに美味しい物を食べてるのに。それとも慣れてて感動しないって?」
「嫌味ですね。ここに来るのは滅多に無いんですよ。いっつも混んでるから」
「そう。じゃ、その浮かない顔は"余計な心配"か」
「心を読めば分かるでしょうに…」
自覚は何もかもを見透かした様な目をこちらに向けてニヤリと笑う。
私は僅かに目元を歪ませると、目の前の2人は顔を見合わせてから、はぁ…と小さく溜息をついた。
「学ぶと決めた妖術は割とすぐに使いこなせる器用さがあるのに、勿体ないわね」
「そうだな…沙月。お主、少し"気を張りすぎ"だ。見逃さず済むのも見逃してしまうぞ?」
2人はそう言って箸を持った手を止めると、ジロリとした目を私に向ける。
「5日の猶予があると言っておったな?まだ初日じゃないか。始まって数時間だぞ?」
「上からの監視迄あるのよ?…心配なのは分かるけどもね、任せる事も覚えなさいな」
「1人で何でもしようとするのは、悪い癖じゃな。ワシ等を呼ぶだけ進歩しておるが」
「そうそう。何事も順番があるのよ。飛び越そうとしても、落とし穴にハマるだけ…」
そして、2人の妖は諭すような口調でそう言った。
私は少しバツが悪そうに目を逸らすと、再び2人の方に目を向ける。
「あぁ、ようやく読めたわ。攫われた子の中に恋人が居るのね?」
「…!!」
「なるほどな。それなら、尚更"待て"としか言えぬわ。焦りは向こうの思うつぼだぞ」
僅かに"気持ちが削がれた"瞬間に心を読み取られてしまった。
気持ちを文字通り見透かされ、以津真は私の気持ちを知って尚、焦る様子を一切見せない。
寧ろ、今まで以上に落ち着いた様子で、ドッシリ構えた様子で、残った料理を突き始める。
「今日は駒を揃える日だ。駒が揃えば、その駒を動かし敵を見つけるのが次さ…」
「見つけたら直ぐには襲わず泳がせるの。泳がせて、こっちに"気付いた時"が仕留め時…」
「沙月、よいな?順番は守って臨むんだ。お主の舞台は"仕留め時"だろう?」
黙り込んだ私の前で、2人は徐々に声色を低くして、これからの"方針"を話してくれた。
家では沙絵や母様が京都の人達と話し込んでいる筈だが…きっと、2人の方針と大差は無いと思う。
「そう…ですね」
それ位に"当たり前"の方針。
当たり前のことを、当たり前のようにやる…私は急いでいた気持ちと、もどかしい気持ちを押し殺して脳裏にその方針を刻み込むと、コクリと頷いて残ったザンギを口に入れた。
「鬼沙の事はワシ等もようく知っておるわ」
「異境に隠した先代の入舸沙月の事もね。防人が妖化するだなんて、滅多に無いもの」
「勿論全てを知っておる訳でも無いし、勘違いもあるだろうが…」
「隠して済まない相手って訳で、今回は"殺す"つもりで臨むわ。元様にもそう言ってきた」
食事を進めつつ、2人の言葉は徐々に刺々しさを増していく。
私はその後数日の事を頭に思い描きながら、緊張感に背筋を寒くしながら、2人の言葉に頷いていた。
「素直一徹の鬼がここまで"汚れる"とはな。焼きが回ったのぅ…時は残酷だ」
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