270.妖の存在を知る者は、少ないに越したことがない。

妖の存在を知る者は、少ないに越したことがない。

人は人、妖は妖…例え、妖が人の進化先だったとしても、それを大っぴらにすることは未来永劫ないだろう。

存在が周知のものになった時、周囲に最初に沸く者は、悪意を持った者に違いないからだ。

それこそ、この間の外国人の様に…妖の力を利用しのし上がろうとする者が沸くのだろう。


「なるほど…大体の話は掴めました。京都の方に掛け合って直ぐに人を手配しますね」

「お願い。なるべく早く…私の方でも思い当たる相手に掛け合ってみるからさ」

「…沙月様の方で、ですか?一体誰に…?」

「以津真天達だよ。あの塔に引き籠ってるなら、1人か2人、こっちに回せってね」


正臣と漫画研究部の面々…そして、春休みの校舎で仕事をしていた先生方、総勢39名が鬼沙達…妖に"攫われて"姿を消してから30分後。

家に戻った私は、素の姿に戻り問題への対処を始めていた。


「そうだ!上からの監視は?今ないんだっけ?」

「メノウとニッカが入れ替わりで見ていますが…後志全域を任せてたので見ていないかと」

「分かった!とりあえず…2人には連絡を入れて。上からの目も必要だから」

「もうやってますよ」

「流石!じゃ、京都と話を付けておいて!お願いね!」


俄に忙しくなりだした家の中。

私は一度部屋に戻ると、スマホを取り出し以津真天の番号に電話をかけ始める。


「……寝てたりしないよね?この時間は…怪しいなぁ」


今は私と沙絵…小間使いの妖達しかいないが、これから積丹の方に出ている母様や、ニセコの方でこの間の事件の後始末をしていたおばあちゃんまで帰ってくるのだから、如何に今回の事件が大事なのかがわかるだろう。

人が攫われた…それは、妖絡みで何よりも"あってはならない"出来事だ。


「沙月かぁ?どうしたこんな時間に。何か用か?」


長い呼び出しの後、以津真天の呑気な声がスマホ越しに聞こえてきた。

その声にホッとして、彼の呑気さで少し落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと要件を話す。


「えぇ、学校で人が攫われた。攫われた人数は39人で私の友人もいる。犯人は鬼沙よ」

「なんだと!?」

「オマケに防人が大昔に隠した先代の沙月もいる。…こっちに来れない?人手が欲しい」

「そうか。鬼沙に、先代の入舸沙月?あぁ、昔妖になった女か。事情は分かった。とりあえず、こっちから人を繕って直ぐに向かわせると…」

「それは沙絵から別口で頼んでる。私が来て欲しいのは以津真さん達の誰か…来れない?」

「ワシ等から…?」

「えぇ、そう。今の防人で、あの2人が率いる妖達に立ち向かえると思うの?」


私の頼みに、以津真天は困惑した声を上げた。

まさか自分達が呼び出されるとは思っていなかったのだろう…

彼らはあくまで防人元の棲み処を護る番人なのだから。


「鬼沙が言ってたんだよ。新しい妖組織を作るって。まさか奴が人質を取るとは思わなかったし…だから、なるべく大物が出張ってきて欲しいのさ…ダメかな?」


例え、防人元から貰った"耳飾り"があって…彼と視覚や聴覚を共有していたとしても…

それでも、あの4人の誰かには、直に見聞きして手伝って欲しい。

そうでなければ、鬼沙達の"計画"は彼らの予定通りに進んでしまうだろう。

例え"妖化"して彼らを止めたとしても、妖の存在が世にバレてしまう…そんな気がする。

人を攫われた挙句そうなってしまうのは…それだけは、絶対に止めたい。


「新しい妖組織…人攫い…隠したはずの女。そうか…」

「すぐ決めるのが難しいなら、少し待てるけど?4時間くらい」

「短いな。でも構わん、元様に掛け合ってみよう。後でかけ直すぞ」

「ありがとう!それじゃ、また後で」「あぁ」


以津真天との通話が終わると、私はふーっと一息。

これから何をしようか?と頭を回すと、穂花や楓花、ジュン君の顔が頭に浮かんできた。

鬼沙や先代がいるのなら、彼女達も攫われてしまうかもしれない…

いや、彼女達だけでなく、この地域の人間であれば手あたり次第という事だって有り得る…


「……畜生、どうしろっていうのさ?」


顔を青ざめさせつつ、出来る事は…と頭を回した私は部屋を出ると、居間の方へ向かう。

居間の隅では、沙絵が京都の方に電話で事情説明をしていて、小間使いの妖達が応接セットに腰かけて、テーブルに周辺の地図を広げて何かを話し合っていた。


「今良い?」


妖達の元に近寄って声をかけると、彼らは直ぐに私の分の席を開けてくれる。

そして、集まっている妖の顔ぶれを見ると、チラリと沙絵の方を見やった。

どうやら、沙絵の方はまだまだ時間がかかりそうな様子…

私は数度小さく頷くと、私の言葉を待っている妖達を見回して口を開く。


「人攫いの話は聞いてるよね?鬼沙と先代沙月が主犯格で、相手はざっと40人規模だ。それ以上かもしれない。今は何処かに消えたけれど、また何かしてこないとも限らない」


そう切り出すと、妖達は皆コクコクと頷いてくれた。

ここに居るのは、私が子供の頃から見ている妖達…

私は"ベテラン"な彼らにオドオドせず、堂々とした態度で接して案を求める。


「今は打つ手が無い。出来る事と言えば警備だけだと思うけど。他に出来る事あるかな?」


そういうと、私に席を譲ってくれた天狗が手を上げた。


「警備と言っても、現状、地域一杯に展開させるには人手が足りません。それを話し合っていた所なんですよ」

「なるほど…母様とおばあちゃんに付いてった分か?」

「はい」

「分かった。ならば…そうだね、警備は小樽市内に限ろう。市内に限って、街に散らばった妖にも協力を求める。それならどう?」

「それならギリギリ足ります」

「OK…他所なんだけども、八沙は、漁酒会の連中って表の仕事の最中なんだっけ?」

「そうですね、漁に出ていると思いますが…もう家にはいるんじゃないでしょうかね」

「ならば、神岬漁酒会も動かせるか…OKOK…なら、貴方達はもう動いて頂戴。もしかしたら…もう、連中が町に紛れてるかもしれないからね。頼んだよ!!」

「「「「了解しました!!」」」」


いつも顔を合わせている天狗や鬼たちと話し合い、とりあえず彼らに小樽の市街地の警備を頼んで散開させる。

彼らが動き出すと、私は再びスマホを手に取り、八沙に電話をかけ始めた。


「……」


神岬漁酒会…彼らは漁を生業にしているから、常にウチとべったりというわけでは無い。

今日みたいに、"何も無い日"であれば、漁に出て、戻ってきて片付けて…あとは酒盛りでもしているはずだ。

私は中々繋がらない電話にもどかしさを感じつつ、時計の針の進みをジッと見つめて気持ちを落ち着かせる。

焦っても、1秒は1秒で変わらない…変わるのは体感の時間だけなのだ。


「…!」「もしもし?沙月か、どうした?」


遂に電話が繋がった。

眠そうな、酒の入っているであろう八沙の声が耳に聞こえてくる。

思った通りの声色が聞こえてくると、口元に変な笑みを浮かべながら八沙の酔いと眠気が一気に覚める様な事を捲し立てるのだった。


「八沙?緊急事態よ、正臣含めて、学校の人達が40人ほど攫われたの。鬼沙達の仕業!それに、どういうわけか先代の入舸沙月までいる。だから、今すぐ出れない?漁酒会の皆も含めて警備に出て、当面人攫いが起きない様に見張りたいの!」

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