269.大義名分が出来てしまえば、あとはやるだけでしかない。
大義名分が出来てしまえば、あとはやるだけでしかない。
私は念を込めた呪符を鬼沙と先代の間に投げつけると、即座に念を"解放"して真っ黒な閃光で辺りを包みこんだ。
「うぉっ…!!」「クッ!!」
先手必勝…"装備の整っていない"のだから出し惜しみはナシだ。
真っ黒な闇が周囲を包んだ瞬間に2人の間合いへと駆け出し、どちらでもいいから"手で掴もう"と手を伸ばす。
(鬼沙は…こっちだ…!!)
どちらかに触れてしまえば、あとは額に呪符を貼り付けて念を込めてやるだけ…
今の私なら、それだけでこの2人を"隠す"事が出来るはず。
間合いに入って手を伸ばした私は、そう思って身を動かしていたが…
「このっ…!!」
不意にチャキっという音を耳にすると、全身に寒気が走った。
手を引っ込めれば、さっきまで手があった位置を刀が走って行き…
あっという間に暗闇が"斬り裂かれて"しまう。
「鬼沙!ここは任せろ!」「あぁ!すぐに追ってこいよ!長くは待てねぇぜ!」
一瞬で戻った光…私の足はあと一歩の所で彼らの元に届かない。
鬼沙は消えたスーツ集団の方へ駆け出し、私の目の前にはこの間と同じように日本刀を手にした先代が立ちはだかった。
「また年増かよ!」
「ハッ!黙って従えば良いものを、その口、一生きけなくしてやるさ!」
呪符も持たず、素手になった私に対し…
先代はこの間と同じように日本刀の切先を向けてそう叫ぶと、足を一歩踏み出してくる。
私の方と言えば、制服に仕込んだ呪符の枚数も心許なく、躱すしか生きる道はなかった。
「っ!!…」
「人の姿で、どこまで耐えられるかなぁ!?…」
速い…!
この間はお面の分もあって"対等"だったが、今はお面も耳飾りもない素の私。
妖と化した彼女が振るう太刀筋はまるで目で追えず、私は彼女の姿勢を見て何んとか躱し続けているに過ぎなかった。
「!!」
このままじゃ、いつか斬られる…
攻めから一転、防戦一方の私は、後退しつつ彼女の鋭い日本刀捌きを躱し続けていたが…
「くっ!!」
遂にウィッグの前髪が斬られて、髪がパラパラと眼前を舞った。
刹那、裾から新たな呪符を取り出して適当に念を込め、ヒョイと彼女の方へ投げつける。
「足掻きは無駄だ!」
真っ黒な光に包まれた呪符は、効果を発揮する前に先代の手によりバラバラにされて紙切れとなって廊下に散乱し…
呪符を斬り裂いた直後、先代は私の顔に切先を向けてピタリと動きを止めた。
「どうした?前髪を切るのが目的だったの?」
「いやぁ、このまま斬り捨てた所で"ツマラネェ"って思ってな」
廊下のど真ん中で対峙する私達…
校舎内はこんなにも"不審者だらけ"なのに、少しもざわついている気配がない。
対峙してる最中、校舎内のおかしさに気付いた私は、目の前の女が浮かべる不敵な顔をジッと見つめて耳元に付いている機械に気が付き、奥歯を噛み締めた。
「こういうのも…便利な世になったよなぁ…"沙月"」
彼女は刀をこちらに向けたまま、片手を刀から離して髪を掻き上げる。
耳元にあるのは、小さなイヤホン…それから何が流れているかは知らないが…
彼女はイヤホンに手を当てて、小さなスイッチを指先で押すと、こう言った。
「了解。休みの日だってのに結構いるもんだねぇ…仕事熱心なのは良い事さ。じゃ、後で」
その言葉だけで、校舎にいた人間がどうなったかが分かってしまう。
彼女の言葉を聞いて目を見開くと、彼女は勝ち誇った顔を浮かべて日本刀を鞘に納めた。
「39人…いや、沙月を入れて40人か。ここにいた人間は…」
「まさか…全員を…」
「あぁ。ちょっと私達の元に来てもらう事になったよ。ま、"まだ"喰わないから安心しな」
納刀して、緊張を解いた先代…私に出来る事が無いと分かっているのだろう。
彼女は私を馬鹿にするかのような、僅かに嘲笑を含ませた顔をこちらに向けると、呪符を1枚取り出して、私にそれを見せつけた。
「人を攫うのは妖怪の十八番だ。だけど、まだ喰わない。喰うかどうかは、お前達次第さ」
「どういう意味?」
「時間をやる。今日から5日間…その間に我々の目的が達成されれば、返してやるよ」
「目的は、私か?」
「あぁ、鬼沙が言っただろう?人の心を持ったまま妖の体を操れる。目的にはピッタリな"半端者"だからねぇ…沙月、防人を捨てる決意をしな。5日後までにその決心がついていないようなら…」
先代はそう言って、手にした呪符を赤く光らせて見せる。
「今日攫った人間どもは、異境に放して私達の餌になる!!」
そう続けると、ヒョイと私の方に真っ赤な光を宿した呪符を放り投げてきた。
刹那、真っ赤な光を宿した呪符はヒラヒラとこちらに飛んできて…
目を覆った直後、パッと真っ赤な閃光と轟音が辺りを包み込む。
「!!!」
閃光と轟音…最も基本的な"呪符"の活用例だ。
目を覆って閃光の被害は抑えられたが、轟音はどうにもならない…
私は耳の痛みに顔を歪めてその場に膝を付くと、先代は私のその様を見てニンマリとした笑みを浮かべると、近場の教室の窓を割って外へと飛び出していった。
「くそっ!!!」
耳の痛みを抑え、聴力が戻ってきた頃に先代が逃げた教室へ入っても、もう遅い。
私は無残に割れたガラスから外を見て、見事に"逃げおおせた"跡を眺めると、沸騰しかけていた脳内の怒りが頂点に達した。
「畜生が!!」
そう叫んで近場にあった誰のも分からない机と椅子を蹴飛ばし蹴散らす。
そこから少し、誰もいない校舎内の、誰もいない教室内で暴れた私は、幾分か落ち着きを取り戻すと制服からスマホを取り出して沙絵に電話をかけた。
「……」
普段は数コールで出るのに、こういう時だけ直ぐに出てこない。
私は地団駄を踏みながら繋がるのを待ち続け…そして、電話が繋がった瞬間には、沙絵の言葉を聞く前にこう叫んでいた。
「沙絵!!今すぐ迎えに来て!!学校内の全員が攫われた!!鬼沙達に"人質"にされた!!京都にも連絡を付けて人を寄越すように言って!!!今すぐに!!!!」
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