268.そこまで堂々とされると、受け入れそうになってしまう。
そこまで堂々とされると、受け入れそうになってしまう。
教室の扉をブチ破って現れた2人…鬼沙と先代沙月に行き先を阻まれた私は、沸騰しかけた頭を休ませて、踏み出しかけた足を止めた。
「鬼沙かぁ…この間からこの辺をチョロチョロしてたみたいけど、一体何のつもり?」
「あぁ、防人様に用があったのさ」
「今なら鬼沙を消す大義名分もあるんだけど?」
「やれるもんならやってみな、連れ去った連中は異境で妖の餌になるだろうぜ」
「その為かよ…鬼の癖に随分と狡い真似しやがって…」
そう言いながら、手にした呪符に纏わせる光を"ドス黒い"モノに変えていく。
目くらましの為にと用意した呪符は、目の前の2人を吹き飛ばす為のモノに姿を変えた。
そんな私の"態度"を見た鬼沙と先代は、嘲る笑みを向けてお道化て見せる。
「撃てるモンなら撃ってみやがれ。後悔するのはテメェだぜ?」
「撃つかどうかは"私が決める"事さ。あの人質の価値は"私からの御用聞き"だけにしかならないだろう?…言ってみな。私達に一体何の用があるんだ?」
呪符を光らせたまま促すと、鬼沙と先代は顔を見合わせてから、こちら側に向き直った。
目の前にいる鬼と"一周前の自分"…なまじ顔つきがそっくりなだけに、所作の1つ1つに"自分との相違点"を見つけられて、神経が逆撫でられた気分になる。
「ここまで気性が荒い女じゃなかったんだけどもねぇ?鬼沙。アンタこの子にどういう育て方したってのさ?」
「言ってろよババァ。アンタが消えたお陰で入舸はスパルタ教育ってヤツになったんだぜ。他所の家じゃやってねぇ武道迄取り入れてな」
「なんだい、私のせいか。なら、飛びに飛んで京都の本家の責任じゃないか」
「あぁ、そうさ。古い連中の仕業ってやつだなぁ…」
2人の仲は、私と沙絵の様な関係性…
いや、鬼沙が"裏切らなければ"私と鬼沙がそうなってたのだろうか。
軽口を叩き合った2人は、クスクスと下種な笑みを浮かべて私の方を見つめると、やがて鬼沙が私に向かってこう告げる。
「沙月。お前、防人を捨てて"コッチ側"に来な」
「は?」
思いがけない言葉。
真剣な表情を崩して呆けた顔を向けると、鬼沙は二ヤリと笑って両手を広げた。
「この間は、防人の長やれだのなんだのって言ったが。お前も知ってるだろ?今の防人は、満足に呪符すら扱えねぇ"ハリボテ"の組織だ。今の防人に何ができるってんだ?」
「……ハリボテね」
「それによぉ、外人連中も…ありゃ、やっぱダメだな。何処まで行っても、連中の目的は"世界征服"みてぇなチャチな理想を掲げてやがる。裏で牛耳れれば何だっていいのよ。所詮は金と権力にしがみ付きたいのさ。人畜生と変わりゃしねぇぜ」
鬼沙は困惑している私の前でそういうと「それでな?」と言ってから、何時もの不敵な表情をこちらに向けた。
「どこまで行っても、この世界は"人"の生きる世界なのよ。だから、妖は異境に行くべきだ。それが、今の俺の答えだ。異境から"戻ってきた"沙月を見て、それが良く分かったぜ」
「あー、若作りしながら生きる事が妖になった人間の行く末だとでもいう気?」
鬼沙の言葉に軽口で返すと、素早い動作で私の喉元に刀の切先が突きつけられる。
目の前にいる先代は、顔を真っ赤に染め上げて怒っている様だったが…
「おちつけ沙月。"まだ"早い」
「年増ってのも事実だろうさ。この間の老婆姿、今のおばあちゃんにそっくりだよ。アンタの娘だから当然だろうけどさ!」
彼女の刀を素手で掴んで止めた鬼沙は、私の言葉に笑みを浮かべると、話を元に戻した。
「それでな、沙月。お前はまだ"人間"だろ?だが、"妖に影響力のある人間"だ。お前をこちらに引き入れて、"異境で生活する為の基盤作り"をしたいん。この世から"便利なもの"を持って行って、向こうでコッチ出身の妖の国を作る。その中枢にお前を据えたい」
そう言って、鬼沙は私の目をジッと見つめてくる。
私は鬼沙の視線を受けても怯まずに、彼の言葉を何度か頭で反響させると、フーっと溜息をついて呪符に纏わせていた光を消した。
「つまりは、この世界にいる妖は全部向こうに持って行くと?」
「あぁ、そうだ。ここは俺等の棲むべき場所じゃない」
「拒むものは?」
「殺せばいい」
「食糧は?」
「向こうでも摂れるし、お前なら融通出来るだろ?罪人の1匹2匹位よぉ」
「掟は?」
「俺等が決めればいい。緩いのを…最初の住民なんだぜ、その権利はあるはずだ」
「自由は無いの?」
「異境に行けば自由だろ。あの広い世界で、"影に隠れる"生活をする必要がないんだぜ」
鬼沙が語るのは、妖にとっての理想郷…
少なくとも、彼はそれが"実現できる"ものだと思って語っているのだろう。
だが、私は、彼の考えに賛同することはできなかった。
いや、元より…彼の考えに賛同する気も無いと言えるだろうか。
「理想郷だね。"鬼沙にとっては"」
少し間を置いてから、ポツリとそういうと、私は再び呪符に光を宿した。
さっきと同じ"ドス黒い"光…鬼沙と先代は緩んでいた表情を引き締めて私を睨んでくる。
「だが、それは"妖"の存在否定だよ。異境だけが妖の棲み処じゃない。こっちにだって妖の棲み処が必要なのさ」
「あ?要らねぇだろ?人間にとっては邪魔でしかないだろう!?何言ってんだ?」
「そうじゃないのさ。邪魔なのは妖と限らないだろう?罪人だって、普通の人間から見れば邪魔さね。"妖"だからといってこの世界から摘まみだすだなんて事、私には出来ないよ」
私は鬼沙の考えを否定すると、呪符を構えて、呪符越しに2人をジロリと見やった。
「私ね、18になったら防人の長になるんだ。防人元から、そう頼まれてる」
「え!?」「な……」
そして、誰にも言わなかった一言を2人に告げると、2人は目に見えて狼狽える。
「この世界の妖ってのは、"万物の成れの果て"さね。寿命とは違う"終わり"を迎えた者の行く末。見方を変えれば、"新たな門出"とも言えるかもしれない。まだ、私の中でもその定義は揺らいでるんだけどねぇ…妖は決して"負"の象徴なんかじゃ無いのさ」
驚く2人の前で、私は呪符をドス黒く光らせたまま話し続けた。
「人が妖になれば、それは負の進化と取られるかもしれない。でも、風が妖になれば?木々が妖になれば?地蔵が妖になればどうだろう?物言わぬ者に自我が出来、意思疎通が出来、何かに"なれる"…進化だろう?ワケはどうあれ、妖になった者には"永い命"が授けられて、世の行く末を他よりも長く見届けられる様になるのさ。それを邪魔というだなんて、トンデモナイ事だね」
そう言って一歩、鬼沙達の方に歩み寄る。
彼らは私の歩幅分だけ後ろに下がり、徐々に戦闘態勢へと変わっていった。
「この世は人の世だ。人が統治しているから、妖との関係が拗れるのさ。その間に立つ…境界線上に立つのが防人の役目だと思ってる。だから、私は鬼沙の言葉に惹かれない」
身構えた2人の前で語り、ゆっくりと呪符を持った手を鬼沙達の方に向ける私。
今語った話は、防人とは…妖とはを自分なりに言語化したもの。
それらは防人元に教わったが、"表に出す内容"はそれと全然違っていて良いのだ。
彼もそうしてきたように、その時々で考えは"変わるもの"なのだから、私は私のやり方で、捉え方で"表に出せば"良い。
長になるまでに定義を固めて…"そういう風に振舞う"つもりだ…防人元がそうしたように。
「鬼沙。アンタも防人元の"蝙蝠具合"に振り回された1人だと思えば、憐みもするけどさ」
そういって更に一歩、鬼沙達の方に足を踏み出す私。
そろそろ私達の関係は臨界点…戦闘開始の合図までは、秒読みと言える空気になっていた。
「"こちら側"の立場になって見れば…防人元は"蝙蝠"じゃない。ちゃんと下々の者の意思を汲み取って実行してみせた"優れた政治家"だったと思うよ」
臨界点…何かが弾ける刹那。
最後に私は、怒り顔になった鬼沙に嘲る笑顔を向けて、吐き捨てるように言った。
「求めに応じて自分を曲げたんだ。良い親友を持ったじゃないか鬼沙ァ!!それを裏切って尚、我々に手を出すというのなら…消えてもらうぜ!!」
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