266.均衡は、意外な所から崩れてしまう。

均衡は、意外な所から崩れてしまう。

4月1日の午前中、世の中がエイプリルフールの冗談に包まれている最中。

いつものように部活に興じて、エイプリルフールとは無縁の時間を過ごしていたが…


「ねぇ、貴女…入舸沙月さんよね?ちょっと…時間もらえないかな?」


部活が終わって、片付けも着替えも済んだ後。

正臣と帰ろうとしていた私は、下駄箱までやってきた所で見知らぬ先輩に話しかけられた。


「時間…ですか?」

「そう!あ、もしかしてこの後、用事があったりしたかな?」

「用事は…特にないですけど」

「なら!是非付き合ってくれない!?少しだけ…話を聞きたいだけなの!」


食い気味に話しかけてくる先輩。

テンションの割には見た目が暗そうな人なのだが…

私は困惑した顔を隠さず、正臣の方に助けを求める視線を送るが、彼も怪訝な顔を浮かべていて、私の視線に気付くと首を傾げて苦笑いを浮かべた。


「どっかで待ってるか?」

「いや、別にいいけど…」

「あ、そっちの子も来て大丈夫だよ?ホントすぐ終わるから!」

「「あ、はい…」」


上手く状況を飲み込めない私達に対して、テンションの高い先輩はそういうと、手招きしながら歩き始める。

向かう先はどこかの部室…ではなく、教室の様だ。


「私ね、花角千里。去年は2年7組だったんだ」


階段を上がって2年生の教室が並ぶ廊下の前までやってくると、彼女はそう言ってこちら側に振り向いた。


「都市伝説研究会って、部活じゃないんだけど…聞いたことある?」

「無い…ですね。正臣は?」

「俺も無いな。1年生って誰かいますか?」

「そうねぇ…上岸君とか?」

「知らないですね」「私も同じく」

「そっかそっか。他にも何人かいるけど…って、もう直ぐ分かるか」


都市伝説研究会…聞いた事もないが、そういうものがあるらしい。

私と正臣はどこかで嫌な予感を感じつつも、嫌にテンションの高い先輩の前ではそれを表に出さず、少し居心地の悪い様子で彼女の後ろを付いて歩く。


「さぁ、着いたよ!」


彼女が去年、というかこの間まで過ごした教室…2年7組の前までやってくると、そう言って明かりがついていた教室の扉をガラ!っと開いた。

中には都市伝説研究会のメンバーであろう面々が既に揃っていて、私達2人の登場に少し変なざわつき方を見せている。

パッと見た感じ、その数10人ちょっと…研究"会"というよりは"部"になっても良い位の人数が揃っていた。


「ん?」「あ…」


私と正臣は苦笑いを隠さず、オドオドした様子を見せていたが、研究会のメンバーの中に見知った顔を見つけて少し気が楽になる。


「千羽。お前漫画研究部だろ?どうしてここに居るんだ?」

「あぁ…正臣も来たのか。この研究会、漫研の支部みたいなもんだからな」


見知った顔とは、同じクラスだった千羽君だ。


「あぁ、千羽君と一緒のクラスだったのね」

「ああー、はい」「そうですね」


先輩に誘われるがままに、適当な席に座った私と正臣。

教室の奥側の席に案内されて…都市伝説研究会のメンバーは教室の真ん中~入り口辺りに散らばるように座っていた。


「こう、囲まれてると緊張するんですけど」

「上座よ上座!お客さんだからね!」

「は、はぁ…」


これが妖相手であれば「逃がさない」とでも言いたげな配置だが…

私は机の横に荷物を置いて楽な姿勢になると、花角先輩の方を見て話を待つ。


「ありがとね!入舸さん。ちょっと確認して欲しい事があってね…」


私に何やら見せたいものがあるらしい…

花角先輩がゴソゴソと鞄を探ってタブレット端末を取り出すと、彼女は慣れた手つきで操作して、SNS…と思われる画面を出して私に見せてきた。


「今年の初詣の映像なんだ。藤美弥神社って…入舸さんのクラスにいる子の神社よね?」

「そうですね。穂花と楓花の家の…」

「だよね!私、元々札幌の人で…高校から小樽に来たんだけどさ、今年そこに初詣に行ったんだ!そしたら、なんか凄い巫女さん?がチラッて見えてね」


そう言って私に見せてきたSNSの画面…どうやら彼女のアカウントの画面の様だ。

短い動画が上げられていて、そこに映っていたのは"素の私"。

どうやら詰所での休憩中、外の空気を吸おうと外に出ていた時に彼女に見つかって、動画を撮られていたらしい。


「この白髪の巫女さんが入舸さんとそっくりだったの…でね?色々と調べてみたら入舸さんのお家、藤美弥神社の隣の屋敷なんでしょ?だから、何か知らないかなぁって思って…」


未知の発見?…にテンションが上がっているらしい花角先輩にそう迫られた私は、思わず伊達眼鏡に手をかけて、眼鏡をかけていることを確認した。

眼鏡もあるし、頬を触れば傷は上手く隠せている…髪は当然ウィッグだし、今の私は"素の私"とは別人に見えるはず…なのだが…


「さぁ…?たまに聞かれるんですけどね、分かりません。穂花達に聞けば何か分かると思いますけど…ね?正臣?」

「ん?あぁ、そうですね。確か毎年来てるお手伝いさん…だったかな。俺も気になった事があって聞いた事があるんですけど、2人にそう言われましたね」


私達は背中にヒンヤリとした物を感じながら、"いつもの回答"を返す私。

正臣も去年辺りに"1度同じ事を経験している"からか、難なく私に合わせてくれる。

花角先輩や部員たちは、そんな私達の回答を聞いて僅かに残念そうな顔を浮かべたが、唯一千羽君だけは怪訝な目線を向けていた。


(千羽君はなぁ…1度素の姿を見られてるからなぁ…彼が居るのは厄介さね…)


彼に一瞬、キッとした視線を向ける。

すると千羽君は私から視線を逸らして、近くにいた部員と話し始めた。


「そうかぁ…残念!!都市伝説研究会最初の成果だ!!って思ったんだけどなぁ~」


私達の答えを聞いて残念がる花角先輩。

だが、その口調とは裏腹に、彼女はまだ何か"聞きたい事"がある様に見えた。


「まだ、何かあるんですか?」


これで終わり…にはならない様で、タブレットを操作する彼女に私がそう尋ねると、花角先輩はコクリと頷いて、再びタブレットの画面を見せつけてくる。


「あと1つ!…"入舸さんの意見を聞きたい"の。こんな組織って、本当にあるのかしら?」


私の目をジッと見据えてそう言って…見せつけてきたタブレットの画面。

そこには、今日の日付の誰かの投稿が映し出されていて…

私と、隣で画面を覗き込んできた正臣は、その投稿内容を見て目を見開いた。


"妖怪は空想上の存在ではなく、日常の中に普遍的に存在している。"

"全世界に妖の類による犯罪を取り締まる組織が存在していて、人と妖の接触があれば彼らの手によって秘密裏に処理される。"

"小樽で先日起きた、外国人観光客連続怪死事件の犯人は妖怪である。地元の名家である入舸家が警察組織に手を回し対処した。犯人は彼らの手により既にこの世を去っている。"


アイコンや名前からは、どこの誰かも分からないが…"核心に迫った"投稿がなされている。

私と正臣が引きつった表情で画面を食い入るように見つめる中…

花角先輩は声のトーンを1段下げて、私にのみ、もう一度質問を投げかけてきた。


「ねぇ、入舸さん?この投稿って本当なのかな?…妖怪って、本当に居るのかな?…」

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