155.人と妖の世界の境目は、思ったよりも近くにあるものだ。
人と妖の世界の境目は、思ったよりも近くにあるものだ。
沙絵の運転でジュン君の乗る妖バスを追いかけて、やって来たのはほぼ完成している様に見える余市インターの出入り口近く。
普通の人には草地にしか見えない場所に車を突っ込ませると、その先は白い霧に包まれた一本道だった。
「そろそろです」
「これ、真っ直ぐ一本道?」
「えぇ、沙月様、行ったことありませんでしたっけ?」
「無い」
「そうでしたか、このまま真っ直ぐ行けば、近辺の妖達が集落を作ってるんですけどね」
「へぇ…」
狭いながらも、バスが行き交い出来る程度には広く、滑らかな舗装道。
車のエンジン音は、霧の覆う世界を切り裂くかの如く吠えて、矢のように突き進んでいた。
「なんだってこっからバス停が何個もあるのさ」
「田舎のバス停みたいなものです。集落といえど、外れに住む変わり者も居るんですよ」
スピードメーターの針は180キロを越えたまま、ライトが霧の向こう側を照らし、やがて遠くにボンヤリ赤い光点が見えてくる。
それを見て、沙絵は急ブレーキ…私は手足を突っ張って体を支えつつ、迫りくる大きなバスの後ろ姿をジッと見据えた。
「そろそろ1つ目のバス停です。まだ、ここなら"妖気が薄い"ですから、酷いことにはならないでしょうね」
「僥倖…いや、ここに入った時点でそう言えないか」
「沙月様は…え?あー…いや、後です。兎に角、雨次さんを…後ろには居ない様ですね」
「らしい。前の方なのかな」
そういった直後、沙絵はグッとアクセルを踏み込んでバスを追い越していく。
左隣…真横に来たバスの方に顔を向けると、顔を青褪めさせてこちらを向いて叫ぶジュン君の姿が見えた。
私は彼女に手を振って、追い抜いた後もサイドミラー越しにバスを見ようとしたところで、自分の体に起きている異変に気付く。
「この程度の妖気で変わるものか」
「妖に"振れ易い"んでしょうね。その様子なら、人に戻るには暫く掛かるでしょう」
「ま、今は好都合さ」
生えてきた狐耳に触れながらそう呟いた直後。
沙絵は突如として車を真横に向ける。
「えっ!!??ヒャッ!?」
あっという間に、運転席側をバスの方に向けて横滑り。
悲鳴を上げる間もなく車が止まり、白い霧にタイヤが上げた白い煙が混じって車体の周囲を覆う。
「ったく…」
沙絵の行動に突っ込む気はあってもそれはせず、毒づきながら刀を手にして外に出た。
初めて足を踏み入れる"裏世界"、普段の世界とは違う種類のヒンヤリ感が全身を駆け巡る。
「おぉ、来た様じゃな」
沙絵の隣に並ぶと、丁度バス停の横に立っていたメノウが軽い様子で声をかけてきた。
私達はそれに反応すると、少し遅れてやって来るバスのヘッドライトをジッと見つめる。
「メノウ、後ろ半分を頼む。私は前半分」
「任せておれ」
「私は運転手を〆るから、後は気にせず"隠せ"。協定違反で良い」
軽い打合せ…直後、バスは私達の目の前にゆっくりと止まった。
サビの浮いた車体、切れかけのヘッドライト…如何にもな風貌のバスがピタリと止まった瞬間、沙絵とメノウは即座に地面を蹴飛ばしバスへと向かって行く。
「行くぞ!」
沙絵は前側のドアを蹴飛ばし中に押し入り、メノウは適当にガラスを木端微塵に吹き飛ばして中へと入っていった。
「主ら、ちぃとやり過ぎた様じゃのぅ!」
私は沙絵に続いて中に入り、抜刀した脇差を"いつでも突ける"様にしてジュン君の下へ。
中に居た妖達は、皆、殺気立った私達の姿を見て驚いた顔を見せていたが、私達は彼らに容赦しない。
どんな事情があるかは知らないが、"ギルティ"だ。
次から次へと"金色の光"が妖達を覆っては"異境"へと隠されていく。
「ジュン君!私!」
私は刀で周囲を牽制しながらジュン君の傍までやって来ると、半泣き状態の彼女の腕を掴みあげて、そのままバスの外まで引っ張っていった。
運転手を必要以上に痛めつけている沙絵の後ろをすり抜けてバスの外へ。
バスの外に出て私達の車の元まで駆けて行き、ようやく足を止めると、ジュン君は私に抱き着いてきた。
「ありがとう!怖かった!…怖かったぁぁ…」
この手の仕事にしては珍しく血を浴びていない制服を、ジュン君の涙が濡らしていく。
私は彼女を抱きしめつつ、脇差はまだ鞘に収めず警戒態勢を解かないでいる。
バスの方を見る限り、魑魅魍魎の悲鳴が聞こえてくるだけだから問題は無いと思うが…
私の周囲で何かが起きないとも限らない。
「大丈夫…車の中に居て…ね?」
暫くジュン君を抱き止めた後で、私はそっと運転席の扉を開けてジュン君を中に誘う。
彼女を運転席に座らせ、再び周囲に目を光らせると、丁度沙絵とメノウがバスから降りてくる所だった。
メノウはニコニコ笑顔で、一仕事終えたといった風。
沙絵は人型の妖の首根っこを捕まえて険しい表情を浮かべてこちらに引きづって来ている。
「終わった?」
「ひとまずは。ただ、吐かなくてですね。どうしてくれようかと」
ジュン君に見えない様に、運転席を遮るように立った私の前に、沙絵は半殺し状態になった妖を放り投げてくる。
沙絵の身には汚れ一つ付いていない…が、妖はもう死んだほうがマシではないかと思う程にボロボロだった。
「暫くは家の方で聴取しなければなりませんね」
「任せるよ。バスに手掛かりは?」
「いえ、普通の"路線バス"でした。中の連中は、メノウ曰く"知らない顔"だそうですが」
「あぁ、この辺の妖の顔は全て知っておるが…知らぬ顔ばかりじゃった」
「なるほど。外部だとして…止そう、ただの推測にしかならない」
「えぇ。その辺りは我々にお任せを。とりあえず、応援は呼びましたから、メノウにこの場に残ってもらって…私達は雨次さんを送りましょう」
「分かった。ありがとう、メノウ」
「おぅ、任されたぞ」
場をメノウに任せた所で、私は脇差をようやく鞘に仕舞いこみ、運転席のドアを開ける。
「お待たせ、ジュン君。帰ろっか。送ってったげる」
そう言って、泣き顔のまま腰が抜けていた彼女に手を差し伸べ、彼女を一度車外に引っ張り出した。
彼女の学校鞄を運転席後ろの後部座席に追いやって、彼女を助手席に座らせる…前に助手席を倒して私が後ろに収まり、ジュン君を助手席に座らせる。
「狭っ…」
初めて座ったこの車の後部座席。
体育座り状態になった私を見て、運転席に収まった沙絵がニヤリと笑う。
沙絵はメノウに手を振ってから車を出すと、上着のポケットから何かを取り出した。
「あぁ、雨次さん、大丈夫ですからね?沙月様は足が細いので、椅子を一番後ろに下げてしまっても…あぁそれと、この飴、どうぞ。気持ちが落ち着きますので」
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