156.周囲が忙しくなる中で、手持ち無沙汰だと罪悪感が凄い。

周囲が忙しくなる中で、手持ち無沙汰だと罪悪感が凄い。

昨日、ジュン君を救出し、彼女を美国まで送った後、私は殆ど蚊帳の外だった。

最近禁じられている妖への接触…昨日は仕方が無かったとはいえ、テリトリーに入っただけで狐耳が生えてきてしまう程"妖になり易い"私は、何もさせてもらえなかったのだ。


「へぇ…そんなことがあったのね」

「その割には、ジュン、平気そうに見えるけど」

「あぁ。雨次さん、いつも通りだったよな?」

「記憶がボヤけてるのさ。そう言う飴があってね。それ渡して飲ませたの。何があったかは一応、覚えてるだろうけどさ。恐怖とかその辺は消えてるはず」


ジュン君を助けた次の日の昼休み。

私は食堂に皆を集めて、お弁当に手を付ける前に、昨日あった出来事を話した。

ジュン君は職員室に用事があるから、ちょっと遅れてくる事になったのだが、却ってそれは好都合…


「幽霊バス…みたいなものなのかしら?」

「そう。怪談みたいだよね」

「だよねというか、そういう話があったと思うのだけど」

「そうなの?」

「ま、沙月にしてみれば実際に有り得る話になるから、怪談だとも思わないだろうけど」

「まぁ…確かに。で、皆を呼んだのはちょっと配る物があるからなんだけど…ジュン君、まだかな」

「そろそろ…あ、来た来た」


穂花がジュン君を見つけて、手を振る。

彼女が目を向けた先を見れば、遠く、生徒の中にジュン君が見える。

彼女は私達に気付くと、周囲の生徒たちの間をかいくぐって私達が陣取る隅の席までやって来た。


「お待たせなのです」

「全然…昨日の、残ってたりしない?」

「あー、うん。怖い所に行った記憶はあるのですが、不思議と怖さが残ってないのです」

「そう。良かった…今、その話をしててね…」

「そうなのですか」

「うん。皆に、とりあえずこれを渡しておこうと思って」


私は全員が揃ったところで、ポケットに入れていた小さなお札を4枚取り出して皆に配り始める。

隣の楓花に、向かい側の穂花と正臣、お誕生日席のジュン君に1枚ずつ…


「穂花はこれ…楓花はこれ…正臣はこっち。残ったのはジュン君ね」


1枚1枚、それなりに時間をかけて作ったお札。

ちゃんと、それぞれの名前入りだから、違う人の札だと効果は発揮されない代物だ。


「久しぶりに見たわね。高校に上がる前かしら」

「そう。ジュン君だけ初めてだよね」

「そうなのです。御守りですか?」

「そんなもの。とりあえず、それを持っておけば妖の類は寄ってこない。寄って来てちょっかいかけてきたとしても、私達の所に知らせが来る様になってる」

「はぁ…凄いのです…」


ジュン君は渡したお札をまじまじと見つめると、それを生徒手帳に挟み込む。


「正臣は"バイト"があるから、効果薄目だけどね」

「そうなのか」

「その辺は…ごめん、何かあったら私が何とかするから」


そう言うと、正臣は何とも言えない苦笑いを浮かべて頷く。

穂花と楓花が噴き出したが、私はそれに首を傾げて話を進めた。


「今の段階だと、分かってる事が全くなくて…お札だけ渡して、不安だけ煽っちゃう事になって…ごめんなさい」


話を進めると言っても、私から言えるのはこれだけ…

素直にそう言って頭を下げると、隣に座っていた楓花が私の肩に手を載せた。


「沙月、無理しないでよ。私達に責める権利なんて無いんだから」

「あぁ。とりあえず、札を作ってもらえるだけでも嬉しんだ」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいんだけどさ…ジュン君が被害にあった以上、2人や正臣に何かないとも言えなくて…」

「不安なんでしょ?でも、さっき言ってたじゃない。ねぇ?姉様」

「そうね、妹様。"私が何とかする"でしたっけ?」

「沙月が居るだけで俺等は大丈夫だって思えてるんだから、それでいいじゃないか」

「そうなのです。昨日もすぐに助けに来てくれたのです。ヒーローなのですよ」


4人にそう言われて、私はようやく口元が緩む。


「とりあえず、暫くは大人しくしてるさ。なぁ?」

「そうね。妹様と家で出来る趣味でも見つけようかしら」

「趣味…そうね。そうしましょうか」

「ボクも真っ直ぐ帰るのです。天狗のお姉さんが暫く送り迎えしてくれるって」


それぞれが、スッカリ"異常事態"に慣れてしまった様子…

私はそれを見て、罪悪感で心臓が縮まる感覚を受けたが、今は皆の優しさに縋る事にしよう。


「ありがとう…本当に、ごめんなさい。何も出来なくて…ジュン君の所も、ごめんね。妖に関わらせちゃって…今度、謝りに行くからさ」

「沙月、良いのですよ。それはもう昔の話なのです」

「…というと?」

「沙月と友達になれてから、天狗のお姉さんの所と関わる事が増えて…こう、つっかえてたものが取れたのです」


ちょっと予想外な展開。

私がポカンと口を開けて呆然としていると、ジュン君はニコリと笑って見せる。


「なので、暫く安心なのです。それに、沙月」

「?」

「1人で抱え込んじゃダメなのですよ。また追い込まれてる気がするのです」


そう言われて、私は目が泳いでしまう。

その様子を見ていた穂花がクスっと笑みを浮かべた。


「そうね。沙絵さん達が動いてくれてるんでしょ?なら、ジッとしてるのも仕事のうちね」

「"バイト"絡みなら動けって言われるんだろうし、大人しくしとくのが一番さ」


穂花と正臣がそう言うと、皆が頷いてくれる。

私はムズ痒いやら情けないやら…複雑な気持ちが駆け巡ったが、最終的にはぎこちない笑みを浮かべるに落ち着いた。


「それに、沙月」


楓花が私の肩を掴む。


「また病院送りだなんて、それだけは止めてよ?そっちの方が妖怪なんかよりも何倍も怖いんだから」

「アハハ…はい…気を付けます…」


大真面目な顔を向けられて言われた一言。

先月までの、管だらけになった姿が脳裏にボンヤリ浮かんできた私は、大人しく首を縦に振るしか出来なかった。


「と、とにかく、ごめんね?暫く…何か分かったらすぐ伝えるから」


皆からどれだけ励まされても、素直にそれを受け取れない私は、沙絵みたいだ。

皆、本心で私を心配してくれているのに、素直に受け取れないで、勝手に罪悪感を募らせてるだけ…

それを分かっていても、この無力感は何処にぶつければいいか分からない。


「あっ」


煮え切らない感じを残したまま、ようやく弁当箱に手を掛けた時、ふと言い残した事を思い出した私は、正臣の方に手を出して彼の気を引いた。


「どうかした?」

「うん、正臣に言うの忘れてた」


そう言うと、他の3人も私に気を向ける。

別に聞かれても問題ない話…私は皆に聞こえる程度の声量で言った。


「また、悪霊が出始めたって。暫く、働き詰めになりそう」

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