154.突然の電話程、怖いものは無いと思う。
突然の電話程、怖いものは無いと思う。
ジュン君から助けを求める電話を受けた私は、正臣に事情を話し、彼に諸々を任せて店を出ると、沙絵に連絡して、近くまで迎えに来てもらった。
「沙月様、こっちです」
「ありがとう。メノウ達に連絡は?」
「入れています。普通のバス路線を走ってるバスに雨次さんの姿は無しだそうで」
「え?でも、ジュン君は今バスだって」
「はい。恐らく"妖"が乗るバスに乗ってしまったものと」
「あぁ…そっち…」
鬼沙との1件でクシャクシャの廃車になった後、新しくなった沙絵の車に乗り込んで、向かうは積丹方面。
上着を脱ぎ、黒髪のウィッグと伊達眼鏡を外して、白菫色の髪を晒した私は、狭い後部座席に鞄やらウィッグやらを放り投げて、代わりに助手席に置かれていた刀を手にする。
「でも、間違えて乗ったにしては、おかしくない?ジュン君、バスに乗るの小樽駅からだよ?」
「それは調べてみなければ何んとも。運転手辺りは確保でしょう」
ジュン君が乗ってしまったのは、恐らく"妖専用バス"。
見た目こそ、その辺を走る路線バスと変わらないが、"妖の棲み処"へ向かうため、山の奥…道なき道の方へ進んでいくバスだ。
行き先は異境ではない。
今、私達が暮らすこの世の中で妖が棲む為に確保している土地と言えばいいだろうか…?
人払いの結界で護られた土地だ。
そんなバスに、一般人が間違えてでも乗ることは先ず有り得ない。
そもそも、乗降口が一般人用のそれと違うし…例え呆け老人が入り込んだとしても、適当な所で降ろされる。
万一にでも"人攫い"でもしようものなら、私達が黙っちゃいない…のだが…
「その手のバスって余り見かけないけど、今でも走ってんだね」
「まぁ…時折。運航の際には報告が来るのですが…最近はその様な報告を受けてませんね」
「へぇ…行き先は?分かってるの?」
「それは問題ないでしょう。この近辺であれば道は1本です」
そう言いながら、沙絵はメインの通りから外れて、裏通りへ車を向けた。
海沿いに沿って行く道ではなく、この間、77号の妖を追いかけた時に通ったレモン街道。
「こっち側か」
「えぇ。余市に辿り着く辺りで"裏"に繋がる道が見えるはずです」
「一般人には見えない道?」
「はい。それよりも、雨次さんに連絡を。この近辺の妖が相手であれば…私達の存在を匂わせれば、迂闊に手出ししませんよ」
「分かった」
前の車より幾分か煩い車内。
スマホを取り出してジュン君に電話をかける。
数回のコールの後電話が繋がったが、ジュン君の声は聞こえず、不気味な風切り音しか聞こえてこなかった。
「もしもし?ジュン君?もしもーし!おーい!」
「沙月様、スピーカーモードにして下さい」
「分かった」
向こう側からの声が聞こえない。
嫌な想像に背筋を凍らせつつ、スピーカーモードにして沙絵に音声が聞こえるようにする。
聞こえてくるのは、寒そうな風切り音のみ…向こう側に、誰かが居るような音は一切聞こえてこなかった。
「雨次さん?聞こえませんか?沙絵です。今そっちに向かってますからね!」
「ジュン君?もし話してくれてるなら、声が聞こえてない!」
何の声も聞こえてこないスマホに声をかける私達。
暫くした後で、コン!とマイクの辺りを叩いた様な音が返って来た。
「ジュン君?」
私と沙絵は一瞬顔を見合わせる。
黙り込んだ私達、その直後、スピーカー越しに、何かを叩くような音が引っ切り無しに聞こえ始めた。
「「……」」
心霊現象…ではないと分かっていても、背筋がヒヤリとしてしまう。
「聞こえてるんだよね?聞こえてるなら一回だけ叩いて返して!」
背中に嫌な汗を感じつつそう告げると、叩く音が一瞬で止み、コン!と1回叩く音が返って来た。
「「……」」
再び沙絵と顔を見合わせ、私はスマホに顔を向けて、もう一度ジュン君に話しかける。
「まだ見覚えのある景色が外に見える?見えるなら1回、見えないなら2回叩いて」
コン!と1回だけ叩く音。
どうやら、ジュン君はまだ"こちら側"に居るらしい。
「まだこっち側だ」
「えぇ…叩く音が正しければ…ですが」
暗くなった山道を走らせながら沙絵がボソッと言う。
前乗ってた車よりも古い今の車、少々煩く、重く唸るエンジン音とちょっとだけ空いた窓が発する風を切る音に紛れて、沙絵のスマホが着信音を鳴らした。
「メノウかな」
「恐らく。沙月様、お願いできますか?」
「分かった。ジュン君!後少し待っててね!」
私のスマホを膝で挟んで、渡された沙絵のスマホを手にして電話に出る。
画面に表示された名前は、想像通りメノウだった。
「もしもし?メノウ?」
「おぉ!沙月嬢か?そうじゃ。今、お主らの上に居る。黄色い車に変わったんじゃったな」
「そう。今、上にいるんだ…ジュン君の乗ったバスは見つかった?」
「あぁ、ここから先。余市の…高速道路の出口が出来てきた所があるじゃろ?その近くじゃ!」
「あぁ、なら、予想通りだったか。その近くの"入り口"から入る気だろうな」
「そうじゃろうな!沙絵の言う通りじゃ」
「なら、メノウ。先回りして"1つ目のバス停"で待っててくれ。間に合わないなら"2つ目"で良い」
「わかったぞ。問題なく1つ目で待てるじゃろう。お主ら、そろそろトンネルじゃろ?」
「そう。これ抜けて余市だ」
「その勢いならもしかしたら、裏に行く前に捕まえられるかもしれん。あーいや、無理じゃな。間に何台か車が居るわ。間違っても焦って抜くなよ?反対からも何台か来ておるぞ」
「時間が時間だからな。分かった!メノウ。兎に角、バス停で」
「あぁ分かった!」
私は電話を切って、膝に挟んだ私のスマホを手に取る。
「ジュン君聞こえてた?もう少しで追いつくから!」
その言葉に、コン!と叩いて返事が1つ。
私は電話を切る事をせず、体の横に寝かせていた刀を軽く抜いて、刀身を確認して、再び鞘に収めた。
「沙月様、まだ呪符に触れてはダメですからね」
「分かってる。先陣は任せた」
「メノウも居ますから、なるべく後ろで、雨次さんの傍に居てあげてください」
「えぇ」
結構なスピードの中。
私は手にしたスマホ越しに、ジュン君に声をかける。
「後少し、もう少しだから」
こういう時、励ましの言葉が思いつかない自分が恨めしい。
「大丈夫…私達が居る限り、手も足も出ないだろうから」
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