152.治りつつあるものの、それは時折やってくる。
治りつつあるものの、それは時折やってくる。
人間らしくない衝動、首筋を見たら、ちょっとだけ齧って見たくなってしまう衝動。
その衝動は、お昼休みの前にやってきて、私は目の前に座る正臣の首筋を食い入るように見つめていた。
授業内容は、最早耳に入ってこない。
冬服に変わった正臣の首筋…ジーっと眺めては、涎が口の中に溢れ出て来る状況。
どう考えても真面じゃないのに、抑えきれなくなりそうな衝動。
後少しで手が出てしまいそうな状況を引き留めたのは、授業の終了を告げるチャイムだった。
「ん?なんか用でもあった?」
不意にこちらに顔を向けた正臣が尋ねてくる。
私はハッとした表情を浮かべると、首を左右に振った。
「ま、俺の方が用アリなんだけど」
起立、礼…それが終わって昼休み。
普段であれば、楓花や穂花、ジュン君と机を囲んでお弁当…
なのだが、今日はその前に正臣からのお誘いだ。
「あれ、珍しい」
私はそう言いながら、こちらに向かってきた楓花達に合図を出してお誘いを断り、何も持たず正臣と共に教室を出ていく。
「どしたのさ」
「人気の無い所で良いか?」
「全然」
正臣と共に向かうのは、校舎の4階…滅多に人が訪れる事が無い美術室。
私達は誰もいない事を確認して、鍵が掛かっていない美術室の扉を開けて中に入っていく。
正臣は教室の奥、窓際まで歩いて行って、窓枠に腰かけると、私の方に顔を向けた。
「余程な相談みたいだね」
「あぁ、昨日の今日で悪い…単刀直入に言うけど、俺、幽霊を操れるらしい」
行き成りの一言。
それを聞いた私は、彼の横に並ぶ前に立ち止まって、唖然とした表情を彼に向けた。
「はい…?」
「いや、今言った通りなんだ。幽霊を操れるって」
正臣の言葉の後、私達の間の時間が止まった。
私は彼の首元を見て感じていた"衝動"のことなど一瞬で何処かへ忘れ、正臣に起きた変化の事で頭が一杯になる。
「実はさ、今朝も憑かれたんだけど、こう…呪符も何も無しに祓えて…アレ?って」
「そう…そう言えば昨日、気持ちが分かるとか言ってたっけか。それが予兆だったのかな」
「多分…死んだ人間の気持ちなんて覗きたくないんだけど、入ってくるんだよね」
「でしょうね。ありがと、教えてくれて…」
「それで…なんか不安でさ。このまま変わって行ったらって…」
「正臣は元々憑かれやすい体質だから、何とかできるとも思わない。付き合っていくしかないでしょうね…ん?」
そう言いながら、ふと近くに"悪霊"の気配を感じてそっちの方に顔を向ける。
「今から来るので実演してもらってもいい?」
「うん、多分、これくらいなら出来る…かも」
顔を向けた先、閉じ切った扉をすり抜けてやってきた"黒い靄"。
昨日祓ったそれよりは幾分か"薄い"それは、私の横をすり抜けて、正臣の元へ一直線。
私が正臣の方へと振り向くと、正臣は既に悪霊に憑りつかれた直後だった。
「あ、なんか気分も悪くないかも」
昔はすぐに体調を崩していたのに、体調が一切変わらずピンピンとしている正臣。
彼は片目を閉じて数度頷き、正臣らしくない下衆い笑みを口元に浮かべると、私の方に顔を向けて、そっと右腕を伸ばした。
直後、私の周囲にフワッとした風の様なものを感じる…
足元から湧き上がる風…思わずスカートに手が伸び、捲れる手前…そこで風が収まった。
「…っと、こんな感じ」
腕を伸ばしたところで"素"の表情に戻った彼は、溜息を付くと同時に"悪霊を祓って"見せる。
私が呪符を使うまでもなく、自身の力だけで霊を祓った彼は、伸ばした右手を数回握っては開くと、少し顔を赤くしながらズボンのポケットの中に突っ込んだ。
「ねぇ、寧ろ操られてなかった?」
「いや、全部俺の意思だよ。やる前に止めた。最期の願いとやらが俗っぽすぎたから」
「俗…あ、ふーん…そう…」
何がしたかったか想像がついた私は、顔を赤らめた正臣にジトっとした目を向ける。
「沙月に憑りつこうにも、力が強すぎて出来ないからやってくれとさ」
「やってくれって…あの風が?風は何処から起こしたの?」
「説明し辛いけど…霊の一部を操って飛ばしてアレコレさせてる感じ?物体は掴めないけど、風を起こしたりとか出来るっぽい」
「へぇ…」
「あぁ、あと、飛ばした方にも視界があるって言ってたっけ。霊も不思議がってたな…」
「ふーん…ん?…あ゛!?」
何気ない正臣の説明に、私は思わず顔を歪めスカートの端をギュッと握る。
彼は不思議そうに首を傾げ、そして「あっ」と何かに気付いて気まずい表情を浮かべた。
「その視界とやらは正臣にも入るの?」
「ノーコメントで良い?」
「めんまで私の気が済むまで奢ってもらうの1回分か白状するかどっちか選ばせてあげる」
「なんだその選択肢…ごめん、霊を戻せばボンヤリと共有されるんだ」
「じゃ、さっき、この中さ見たな?」
「…はい。すいません」
「変態…今度アレが来たら首筋齧ってやろうか」
「さ、流石に視界まで共有出来るとは知らなかったんだ!というか、今初めて知った!」
「ふーん?」
「ぐっ…疑うのも分かるけど!せいぜい、今朝の段階じゃ、風を起こす程度だったんだ。暑いから少し扇いで貰ってたりして…その時、視界までは共有されなかった!」
「なら、まだまだ発展途上の力ってわけか…」
私はようやくスカートから手を放すと、間近な椅子に腰かけて溜息を付く。
元々幽霊に憑りつかれやすい正臣と言えど、まさかここまで幽霊と"波長が合う"様になるとは思わなかった。
確かに、各地に幽霊とやり取りを出来る"一般人"はいるが…せいぜいあやふやな意思疎通だけ…それがちゃんとできて、まして操れるだなんて、滅多に聞かない。
「…その力の使い方やら何やら、ちゃんと訓練しておかないとダメだね」
「やっぱそうなるか…」
「もし要らないと言ったとしても、せいぜい私達に出来ることは"呪符"で弱める程度…それなら沙絵が出来たはず…なんだけどね…」
私は正臣の顔を見上げて、何とも言えない曖昧な表情を浮かべる。
「入舸の人間として言えば、正臣は貴重な人材。その力1つだけで。死ぬまで食うに困ることは無いでしょうね。霊障に悩む人はゴマンと居る訳だし、人助け出来るもの」
まず告げたのは、私ではなく"家"としての本音。
金儲けの手段…と言えば凄く人聞き悪い感じがするが、正臣の様に"幽霊と意思疎通し、操れる"レベルの人間は、世界中を見ても、片手で数える程しか居ないはずだ。
「私個人の本音は、正臣をこっち側にしたくない。せいぜい、今までのバイト程度の関係で、正臣には普通の人であって欲しかった…でも、それも、そうなってしまってはね…」
そう言うと、私達の間には、何とも言えない緊張感の様な空気が流れ始める。
「ま、力を磨くなり弱めるなり…選ぶのは正臣だよ。どうするか、待っててあげる」
余り居心地の良くない空気、私はそれを壊そうと、ワザとらしく砕けた笑みを口元に浮かべた。
「ふふ…あぁ、ダメだよ?さっき私にやったみたいに、エッチな事に力を使っちゃ」
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