150.ボーっとしている時ほど、危ない時は無い。

ボーっとしている時ほど、危ない時は無い。

妖と化して、今度は何事もなく戻ってきて、変な気分のまま迎えた月曜日の授業中。

私が入院している間に席替えしていて、私の前に座った正臣の首元を眺めて、ふと人ではない時の思考が頭によぎった。


「珍しいじゃん、寝落ちするの」


授業後の昼休み。

額に痣を作った私に、正臣は笑いを堪えながら言った。

ハッとした顔を浮かべて額を触ってみると、確かに、微かに痛みがある。

頬杖をついていて、ボーっとして項垂れて、そのまま机に頭を打ち付けた結果だ。

この格好の時にかけている眼鏡が壊れなかっただけ、良しとしよう。


「寝不足?」

「いいや、違う」


教科書の類を片付けつつ、忌々し気な顔を浮かべて否定する。

鞄に仕舞って、正臣の顔をジッと見据えると、彼は不思議そうな顔を浮かべて首を傾げた。


「昼って、正臣はお弁当だっけ?」

「違うけど」

「なら、学食行かない?」

「え?あぁ、3人とも居ないのか」


驚く正臣。

理由はすぐに察せたらしい。

ジュン君は家の用事で休み、穂花達は部活の大会で学校にいないのだ。


「そっちも。正臣がツルんでるのも、穂花達と同じでしょ」

「そういやそうだった。ソフトテニスの連中、大会だもんな」


席を立って教室から出ていく私達。

ここから学食まではちょっと歩く。


「こりゃ混むな」

「何時もの事じゃない」


廊下を歩いて、学食の食券を買う列に並んだ。

雑談をしつつ、食券を買って、トレーの上に料理を並べて貰って、開いている席へ。

結構時間が経ってしまった様に感じるが、備え付けの時計を見れば、そうでもない。


「結構食うな」

「そっちは少な目?」

「んー、気分の問題」

「そう」


気負う必要の無い相手。

割り箸を取って食べ始めると、そこから食べきるまでは早かった。


「多いと言っても、ねぇ、そんな量でも無いよね」

「それもそうだ。失敗した気がする」

「何か頼んでくる?」

「後で購買に寄ればいい」


食べきって、すぐに片付けようという気は起きない。

周りを見て、席が埋まっている様であれば、早めに食べてよけるのだが…周りを見れば、そこそこ席に余裕があった。

食券機の渋滞も、単純にタイミングの問題だったらしい。


「少しさ、話し相手になってよ」


周りを見回した私は、正臣にそう言うと姿勢を崩す。

彼も、周りを見回したうえで頷くと、足を組んで楽な姿勢になった。

食堂の隅、私が普段、好んで座るあたりには、他の生徒の人影は見当たらない。


「学校でこうすんのも、珍しいよな」

「確かに。最近は正臣に変なの憑かないし」

「そうなのか。通りで最近調子いい訳だ」


珍しく、正臣と2人きり。

だけど、入院中にも2人きりだったことはあるから、そんなに違和感を感じなかった。


「あれから、やっぱ大人しくしとけとか、言われてるの?」

「うん。呪符には触れさせて貰ってないよ。ま、そうそう"仕事"があるわけでもないし」

「そう。それにしちゃ、ちょっと雰囲気が変な気がするけど」

「え?嘘?」


会話を始めてすぐ。

私は驚いた顔を浮かべて正臣を見据えた。


「いや、疲れてるのかなとか、そのくらい」

「そう。確かに、ちょっと疲れてるかな。特に昨日なんて、ね」

「ここで話していい内容か?」

「良いって。誰も近くに居ないし」

「不用心だな」

「ま、聞かれたところでねぇって思うんだけどさ」


そう言ってニヤリとした笑みを向けると、周囲をもう一度だけ見回す。

声が届きそうな範囲には誰もいないし、他の生徒も雑談に興じていて辺りは騒がしかった。

それでも、念のために、私は正臣を手招いて、少しだけ彼との距離を詰める。


「昨日、まだこの間の姿になってたの」


小声で一言。

正臣の目が思いっきり見開かれて、パッと距離が離れた。


「京都の方の人に言われてね。実験さ」

「よく何も起きなかったな。下手すりゃもう一度病院送りだろ?それ」

「まぁ。でも、こうして元通り。でもね、1つだけ、こう、厄介な事があって」

「なんだ。言いたくなかったら言わなくても良いんだぞ?」

「いや、丁度正臣と話せるいい機会だったから」


そう言いつつ、私はもう一度周囲を見回した。

結果はさっきと変わらない。


「呪符を使わなければ、私を止められそうな友達って正臣位しか居ないもの」

「なんか、話が重くないか?」

「ちょっとだけさ。頼み事を1つ、聞いてよ」

「ああ、話によるけど」


更に声を潜めた私。

正臣は何とも言えない苦笑い顔を向ける。

それを見て、私も彼と似たような顔を浮かべると、小さい声でこう告げた。


「もしさ、"人のまま"の私が誰かに襲い掛かったら、殴ってでも止めて欲しいの」


正臣は「はぁ?」とでも言いたげな顔を浮かべる。


「そんなの、沙月でなくても止めるでしょ」

「でしょうね。でも、きっと、その時の私は、暴力を振るいたいワケじゃないと思うのさ」

「どういう事?」

「多分、首元に噛みつくんじゃないかな。思いっきり」


1度白状してしまえば、随分と気分が軽くなる。

私は、唖然とした顔をこちらに向ける正臣に向かって、訳を話し続けた。


「さっきね、ずっと正臣の首筋見てたのさ。噛みついてみたくなっちゃって」

「おいおい、怖い事言うなよ…」

「ごめんなさい。でもね、今の私は、ちょっと"変"なのさ」

「あぁ、間違いないな。だけど、もしかして、それって…」

「どうも、あの姿になると、変になるんだ。こう…言いにくいけど、趣向が変わるらしい」

「趣向…?首筋って、おい、ちょっと待て。落ち着けよ?落ち着け…」


正臣の頬に1滴、汗が流れた。

こんなことを言って、今すぐに逃げられても仕方が無い事なのだが…

彼は、逃げずに私を真っ直ぐ見つめてくれる。


「もしかして、あの格好の時に食べ物合わないって言ってたのは…」

「そう。皆まで言わなくても良いよね?」


"勘付いた"正臣に、私はそう言って、ちょっとだけ歪な笑みを向ける。

彼は口元を引きつらせながらも、コクリと頷いてくれた。


「人の時に、それっぽい仕草が見えたらで良いの。ね、お願い。私を止めて?」

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