149.まだ元に戻れるとはいえ、そろそろ怖さが勝ってきた。
まだ元に戻れるとはいえ、そろそろ怖さが勝ってきた。
"めんま"で宴会をした次の日、日曜日の午前中、私は八沙の家の道場にいた。
渡された特注品の呪符を眺めて、それに念を流す事を躊躇っている。
「ちゃんと戻ってこれるんだよね?」
呪符を手にしたまま、何度目かの確認。
顔を向けた先、八沙に沙絵に、そして本家から来ている"腕利き"の防人達が頷いた。
彼らも、これで頷くのが何度目だろうか…?私を取り囲んでいる割には、皆一様に緊張の面持ちで、手には、黄紙や赤紙等、洒落にならない威力の"呪符"が握られている。
「絶対、格好に引っ張られるんだよな…八沙の振る舞いが良く分かる気がする」
シンと静まり返った道場内。
響くのは、私の呟きだけ。
これ以上、呪符を手にしたまま時間を潰す訳にもいかないだろう。
八沙と沙絵は兎も角、本家の人間がどう動いてくるかと考えれば、そろそろ腹を括るべきだ。
「じゃ、流すよ」
ボソッと言うと、周りの面々の緊張具合が高まった。
不思議なものだ。
ちょっとの物音が、ここまで空気のピリ付き具合を表わすとは。
「後は、お願いね」
私は周囲の全員を一通り見回した後で、そっと呪符に念を込める。
直後、周囲の面々は一斉に呪符を構えだした。
手にした呪符は、私の指先にピリ付く感覚を浴びせてくる。
思ったよりも弱い衝撃、訝し気に呪符を眺めれば、呪符は徐々にひび割れていった。
「………」
ひび割れから噴き出てきたのは、真っ白な煙。
アッと思ったとき、私の身体は、煙に包み込まれてしまった。
「ん…?」
煙の中、気づけば私の手先に呪符の感覚を感じない。
それどころか、立っていることすら違和感を感じる。
足元、畳の感触がおかしい。
この場所の空気自体にも、上手く言えないけれど、なんかこう、嫌悪感を感じた。
「沙月様!」
私を呼ぶ声がする。
反応せず、ゆっくりと目を閉じて、再び目を開けると、煙の晴れた道場が視界に映った。
目の前には、臨戦態勢に入った八沙と沙絵。
目を大きく見開いて、何処か畏怖を感じる表情。
私は2人を見比べて、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうした?2人とも」
軽い口調で一言。
八沙と沙絵が一歩後退する。
それを見た私は、頭の上の耳を動かし、翼を左右に大きく広げて見せた。
「嘘だろ成功だ」
「元様の呪符を使いこなせるのか」
「化け物め」
畳の上に落ちてきたのは1枚の羽。
背後からは、知らない人間の声。
クルリと振り返ってみれば、本家の防人達は驚いて一歩引きさがる。
「何さ、そんなに不思議か?」
呪符を手にした防人達。
私は左手を眼前に掲げて、手の先に真っ黒な靄を繕わせる。
「何を企んでるのか知らないけどさ、ソレ、下ろさなきゃ先に"撃つ"よ?」
視線の先には、金色の靄を繕わせた赤紙の呪符。
それを手にした防人は、即座に靄を消して呪符を仕舞う。
「沙月様、その、すいませんが…今朝の事、覚えてますか?」
沙絵からの質問。
私は沙絵の方を向いてコクリと頷く。
「ああ。沙絵に起こされて、サンドイッチだったな。朝食は」
「覚えているのですね」
「別人だと思っても…仕方がないだろうが、私は私だ」
そう言いながら、威嚇ついでに広げた翼を折り畳み、手にまとわせた靄を消す。
ここでようやく、周囲の面々が安心したような溜息をついた。
驚かすだけで、手を出してこなければ、別に何もすることは無かったのだが。
「本家が実験したかったのは、私がこの姿になるかだろう?成功だ。これからどうなる?」
ゆっくりと、八沙と沙絵の方に飛んで行きつつ、私は背後の防人達に尋ねた。
答えはすぐに返ってこない。
まさか、あの呪符が使えないとでも思っていたのだろうか?
であれば、私も舐められたものさ。
「八沙、すまないな。畳、傷つけた」
「別に、その足じゃしょうがねぇだろ」
今日の八沙は、紫髪の大男。
普段は恐れる気配すらも感じさせない男だから、今の態度は新鮮だ。
「なぁ、まさか、元に戻せないとか言うんじゃないだろうな?別に構わないが」
「いや、戻ることは出来る。もう一枚ある呪符に念を込めれば良いだけだ」
「そうか」
背後から聞こえてくる防人の声。
私はゆっくりと彼らの方へ振り返ると、着ていた和服の袖に手を突っ込んだ。
こうなることを見越した、大きな和服。
手は簡単に袖に入るのだが、如何せん、爪が大きすぎて掴みにくい。
「呪符なんざ使わせるなよ」
少しイライラしつつ、ようやく取り出せた呪符。
これに念を込めれば、人に戻れる。
取り出したは良いが、何故かこれに念を込めたくなかった。
「今、使わないとダメ?」
「ああ。出来れば、長引かせたくない」
「ふむ。沙絵、ちょっと持ってて」
防人が徐々に元の態度を取り戻し始める。
私はその姿が、妙に癇に障った。
呪符を沙絵に渡して、ゆっくりと宙に浮く。
「な、何をする気だ!」
ここは天井の高い道場だ。
大きな翼を羽ばたかせて、八沙の背丈以上の高さに来たところで、まだまだ余裕がある。
「いやぁ、出来れは、日が暮れるまで、月が出るまで、この格好で居たいんだ」
真っ直ぐ防人達を射抜いた目。
呪符を取り出し、それぞれに靄を纏わせつつも、何かが出来るようには見えなかった。
「ふざけるな!降りてこい!」
「嫌だね。私のタイミングで戻らせてもらう。人に危害は加えない。食べやしないさ」
そう言って、右手に真っ赤な靄を纏わせる。
「浸りたいんだ。1人で、ジッとしていたい。それじゃ、お休み」
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