147.1度戻ってしまえば、あとはトントン拍子に事が進む。

1度戻ってしまえば、あとはトントン拍子に事が進む。

9月も中旬、モトが退院した週の土曜日。

朝、目を覚まして、壁に掛かっていた鏡を確認した私は、病室で1人歓喜した。


「凄い。1日で変わってる」


午前中、病室にやって来た正臣は、開口一番にそう言って、ベッドの脇まで来た。

手にはコンビニの袋、中身は頼んでいた食べ物と飲み物だ。


「はい。良いの?勝手に食べて」

「ありがと!後でお金払うね」


テンションの高い私を見たせいか、ちょっと不安げに見える正臣。

彼から、"人"に戻った手でコンビニ袋を受け取ると、そのまま中身をベッドの上に開けた。

中身は、ペットボトルのお茶と、イコマのホットスナック…暖かいザンギ。


「ま、その顔見てる限りは大丈夫なんだろうけどさ」

「うん!検査は午後だけど、大丈夫」

「おいおい…」


呆れ顔で椅子に腰かける正臣。

丁度、彼のスマホが震えだす。

スマホを取り出す彼、私はそれを横目に見ながら、早速ザンギを1つ口に入れる。


「んー…美味しい…良かったぁ」


1口食べただけで分かった。

ちゃんと、人に戻れている。

目を閉じて、味わって、感動に浸った。


「泣くほどか?」


目を開けると、ぼやけた視界に正臣の笑みが見える。

目じりを拭えば、自然と泣いていたらしい。

顔を少し赤くして頷くと、正臣はポンと頭に手を乗せてきた。


「耳も角も翼も、どこ消えたんだか」

「さぁ?髪に戻ったとか?もう、どうでもいいや。今はこれがあれば十分」


そう言ってザンギをもう一つ。

味わって食べて飲み込んで、ペットボトルのお茶を喉に流し込んだ。

ここ半月以上、何の味もしないもので"生かされてきた"のだ。

お茶だけでも涙が出て来る。


「その調子だと、後の面々が来るまでには、目が真っ赤になってそう」

「ハハハ…確かに」

「雨吹さん、そろそろ来るって。穂花と楓花も。多分、3人同時かな」

「そう。にしてもさ、休みなのに良いの?病院なんか、つまらなかったでしょ」

「毎日でもないし。それに、暇に殺されそうになってるの見てると、ねぇ?」

「ねぇ?って言われても。危険だったんだよ?何時暴走するか分かったもんじゃないじゃないでしょ」

「それは大丈夫だよ。沙絵さん達があちこちにお札貼ってたから」

「え?そうなの?」

「知らなかった?ベッドの下とか、壁紙も貼り換えてたりして…もう、大工事さ」


正臣に知らされる衝撃の事実。

ベッドの下に手を伸ばせば、確かに何かの紙に触れられて、指先がピリ付いた。


「それに、最後の方は元治もそうだったんだけど、何だかんだ周りで動ける人がスタンバってたしね」

「そうなんだ」


そう言いつつ、残ったザンギとお茶に手が伸びる。

正臣は、そんな私を見て呆れ顔を浮かべつつ、ちょっとホッとしている様な顔を見せた。


「来たんじゃない?」


一瞬静まり返った病室。

外からは数人の足音と喋り声が聞こえてくる。

それは私の病室の前で止まり、ノックの音が聞こえてくる。


「どうぞ」


それに反応すると同時に、勢いよく扉が開かれて、3人が病室内に飛び込んできた。


「沙月!」

「治ってるのです!」


ベッドの上に座った私を見て驚く3人。

ジュン君に、穂花に楓花だ。


「え?ちょっと…待…!」


私が何かをいう前に、勢いそのまま飛び込んできた3人に抱き着かれる。


「痛い痛い痛い痛い痛い!!」


人に戻ったと言えど、怪我はそのまま。

まだ、全身に包帯が巻かれたままだ。

さっきまでとは別の涙を流しつつ叫ぶと、3人はパッと私から離れた。


「戻っただけで、治り切っていないからね…」

「そうだったの。ごめんなさい」

「ごめんなのです」


すぐに離れてくれたとはいえ、今の一瞬で全身が痛い。

暫く息が荒れて、何度か深呼吸を繰り返すと、ようやく落ち着いた。


「ごめんね、来てくれてありがと。もう、大丈夫だから」


ふーっと長い溜息を付くと、3人は気まずそうな顔をこちらに向ける。

その横で、苦笑いを浮かべたままの正臣。

ベッドの上に置いていたペットボトル類をテーブルに避けると、3人はそれぞれベッドの隅に腰かけてきた。


「昨日、正臣と来た時はまだ凄い格好のままだったのですよ」

「朝起きたら、戻っててね。1日でこの通り」

「不思議なものね。でも、戻ったせいなのか、少し肉付きも良くなったんじゃない?」

「あぁ、そうかも。ちょっと体が重たい」

「昨日までが軽すぎただけよ」

「そうなのです。沙月、元々軽い方なのですよ」


そう言いつつ、ジュン君が私の手を取って、まじまじと見始めた。

獣のそれから、人に戻ったばかりの手。

少々、記憶にあるそれよりも肌が白すぎるが、もう、感覚は元通りだ。


「それにしても、6時に正臣からトーカー来て驚いたのですよ」

「そうね。良い目覚ましになったわ」

「ねー、一瞬、嫌な予感がしたんだから」

「ごめん。俺も沙月から5時にトーカー来て叩き起こされたんだ」


ベッドの周囲で話す4人。

私は、今朝の事を思い出して、また顔を赤く染めた。


「ごめんなさい。その、嬉しくて…あ、嫌な予感って?」

「嫌な予感は嫌な予感よ。もう無いとは思ってたけど、万が一ってあるでしょ?」

「え?」


意図が察せず聞き返す私。

楓花は私の顔を見返すと、少しだけ呆れたような、それでもどこかホッとしているような顔をこちらに向けた。


「ピーって心電図が鳴ってるの、初めて聞いたもの。あんなの、二度と聞きたくないわ」

「あぁ、そういうこと」

「そういうこと…って…」

「まぁまぁ、沙月はそん時寝てたみたいなもんだし」


呆れ顔だけになった顔をこちらに向けた楓花を、正臣がたしなめる。


「…その様子なら、再来週位から学校来れそうだな」


話題転換…正臣がそう言うと、ジュン君がコクリと頷いた。


「そうですね。でも、沙月、最初は補習だらけだと思うのですよ。暫く、忙しいです」

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