幕間:その参
146.自由に動けないというのも、ストレスになる。
自由に動けないというのも、ストレスになる。
目が覚めて1週間程、体中にくっ付いていた鎖や管は外れたが、病室の外には出ていない。
今の私の行動範囲は、僅か数歩分の、個室の中のみだった。
「暇そうね」
今は、土曜日のお昼時。
見舞いに来てくれた穂花にそう言われると、ウンザリした表情で頷いて見せる。
「動けない。固形物が食べれない…じゃねぇ…起きなけりゃ良かった」
ベッドに座って、テーブルの上に並んだ流動食を食べながら、不満な声色で言った。
左手にスプーンを持って食べているのだが、鋭い爪のせいで持ちにくい。
「味しないー」
病院食の薄味…というか、殆ど味を感じない。
食べる気が一切起きず、そもそも、体が受け付けていない様にも感じる。
今は余り思わないが、まだ、穂花達を食べたほうが美味しいのでは?…と思う事もあった。
「まぁまぁ、その恰好から元に戻らないとダメなんだし、我慢しなさい」
「はーい」
穂花は小さく笑みを浮かべつつ、ベッドの上に乗せられた大きな翼に手を伸ばす。
「今日は穂花だけなんだ」
今日の見舞いは穂花だけ。
他の面々は、昨日までは全員揃って来ていたのだが、どういう風の吹き回しだろうか?
沙絵は必ず来るのだが、今日はこの間の1件のゴタゴタで来るのが夕方になるらしい。
「毎日全員で押しかけるのもねぇって」
「そう。気にしなくて良かったのに」
昼間の、穏やかな一時。
この手足と、頭に生えた諸々が無ければ、もう、私は健康体…なはずだ。
毎朝確認しているのだが、一向に消える気配が無い。
「この羽毛、抱いて寝たら気持ち良さそうね」
「冬ならね。今は暑いだけさ」
「やったの?」
「動かせるし…プラプラしてて気になるから、ちょっといい?…こんな感じで」
スプーンを置いて、昼食の殆どを残して、私は自分の体に翼を巻き付けた。
膝までは伸びる長さ、ギュッと首元から下を翼で覆って見せる。
「凄いわね。でも、食べなきゃダメよ?」
「…えー」
「翼やら何やらで誤魔化してるけど、凄くゲッソリしてるんだから。今、何キロ?」
「37キロ?」
「痩せすぎ。10キロ位?減ったの」
「大体ね。測ってビックリ。通りで軽いと思うワケさ」
そう言って翼を広げると、スプーンに手を伸ばした。
御粥を掬って口に入れる。
周囲を見る目がほんの少しだけ曇った。
「やっぱ、体の中、作り替わったままのかな」
「そうなんでしょ。犬歯なんて牙みたいだもの。目は緑色になってるし」
「あぁ…ザンギ食べたい。お寿司もー…」
「今食べたら絶対吐くわね」
まだまだ時間がかかりそうな昼食。
それでも、穂花に何度も急かされて食べ進め、なんとか半分は食べられた。
ここ最近では、新記録。
「もう、無理」
「これ位なら、まぁ、良いでしょう。頑張ったわね」
全く満腹では無いのだが。
頭が蕩けて、目が回る感覚。
スプーンを置いて、ベッドに座ったまま項垂れると、穂花が私の頭に手を乗せた。
「撫でる面積無いでしょ」
「良い触り心地だけどね。この耳の間とか」
頭を撫でられて、ちょっとだけ気分が良くなってくる。
自分でも認めたく無いが、多分、この辺の感覚は人ではなく、動物そのものの感覚だ。
狐でも、飼われてる狐であれば、撫でられて喜ぶのを見たことがあるし…
食べ終わって、片付け終わってから暫く、私は穂花にされるがままになっていた。
撫でられて、翼を弄られて…成すがままにされながら、病室の備え付けテレビで何か適当な番組を眺めるだけの時間。
今はまだ、1時半を過ぎた所。
特に何が起きるわけでも無い時間、不意に病室の扉がノックされ、ビクッと驚いた。
「どうぞ」
なんの警戒心も抱かず反応する。
扉を開けて、中に入って来たのはモトだった。
包帯の量は、この間よりもずっと減ったとはいえ、まだ痛々しい…人の事は言えないけど。
「よぅ…っと、来てたんですね。こんにちは」
「こんにちは。今日は私だけです。後で顔見せに行こうと思ってたのに」
モトは穂花を見て少しだけ驚いた顔を見せたが、すぐに元に戻って、開いていた椅子に座る。
「ありがとう…で、暇つぶしに来たんだけど、暇じゃ無さそうだったな」
「全然、暇だったさ」
「そっか。藤美弥さん…ごめん、どっちの方?」
「穂花よ」
「口の横にホクロがある方が穂花で、目尻にある方が楓花さ」
「そんなこと言ってたな。そうだった」
特に緊張しない間柄。
穂花や楓花が、モトの方にも構ってくれたお蔭で、気づいたら随分と仲良くなっていた。
確か、穂花や楓花、正臣は修学旅行で見てた気がするのだが…その時の距離感とは大違い。
同い年だし…穂花達に言わせれば「沙月が男になったようなものだった」らしい。
「リハビリは?」
「もうそろそろ終わりかな」
「流石、治りが早いのね」
「呪符様様だよ。退院も決まった。来週退院で、学校は再来週から通えそう」
「そう。暫くお別れね」
「次は京都に来て…と言いたいけど、それじゃ沙月が怒るな」
「怒りはしないさ。多分、私は行かないだけで」
「だそうよ。冬、もっと早くても良いけど、来るなら歓迎するわ」
「…それも良いかも。ボードやってみたかったんだ」
「次来るなら連絡してよ?サプライズは禁止」
「そうする」
小さなテレビを囲んで、他愛のない会話を続ける。
モトは、本当に良く喋るようになったし、表情も柔らかくなっていた。
怪我の功名と言えば、色々と怒られそうだが。
「沙月は…まだかかりそうだな」
「全く、これが治らないんじゃねぇ」
「あぁ、しっかし凄いよな。この間、耳が生えてただけで全員ビビったってのに」
「…に、しても。1月分、遅れるっていうのは、ちょっと心配ね」
話題がこちらに向けられる。
私には何となく、これからの話題が想像できたから、翼を体に巻き付け耳を折り畳んだ。
「分かってるみたいじゃない。授業の遅れのこと」
「だろうな。沙月、勉強苦手だし。なるほど、皆に見られてないとやらないんだな」
「ええ、というか、耳もまだそっちなのね。折りたためるとは思わなかったけど」
意地の悪い笑みを浮かべた2人。
穂花に、耳をクイっと広げられると、くすぐったさに身を捩らせた。
「ひっ…!」
「最近は暇だ暇だって言うだけになったし、明日辺りから始めましょうか!」
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