145.管に繋がれて、生きながらえていただけらしい。

管に繋がれて、生きながらえていただけらしい。

冷静さを取り戻した沙絵は、テキパキと私の体を拭いてくれた。

暫く動かしていなかった体は他人に触られると、自分で動かす以上の痛みを感じて、その度に声にならない叫びを上げる。


「さて、こんなものでしょうか」


濡れタオルを持った沙絵は、痛みのせいで涙目となった私を見下ろしてそう言った。

叫び過ぎたせいで、少しだけ声が出やすくなった私は、沙絵を恨めし気に睨みつける。


「痛い」


その声は、知ってる声ではなかったが。

ちゃんと気持ちが声に出せるだけマシだ。


「仕方が無いですよ」


沙絵は哀し気な苦笑いを浮かべると、タオルをテーブルの上に置いてスマホを取り出す。

適当にスマホを弄って、私にスマホのレンズを向けると、カシャっとシャッター音。

いきなり写真を撮られて驚く私に、沙絵はスマホの画面を向けてきた。


「今の姿です」


見せられた画面を見て、私は言葉を失う。

布団を被っているが、それでもやせ細ったと分かる。

5体満足で、失っていた右腕右目もちゃんと元通り…そこまでは想定内。

問題はそこからで、手足は、膝や肘から先が動物の毛に覆われた、異形ともとれる姿をしていた。


手首には、動きを封じるためだろうか?呪符付きの手錠がされている。

手は…5本指は変わらないが、黒く鋭い爪が生えていた。

足は、何だろう?猛禽類みたいな足。


「頭、寝づらければ、ベッドを少し起こしましょうか?」

「いや、大丈夫」


そこから視線を上に向けて、呆けた顔を浮かべた自分の顔を見てみれば、更に驚いた。

見知った顔よりも、目は細く鋭く…右頬の傷は鬼沙のそれの様な模様と化している。

額に立派な鬼の角が2本、その後ろには狐耳…問題は更にその後ろ、後頭部から生えた物。

ベッドからはみ出て、床までダラリと伸びた翼…それを見て、ようやく私は"あの夜"の事を僅かに思い出す。


「うっ…!」


喉元まで吐き気が上がって来たが、胃の中には大した物も無いっていないらしい。

脳裏に浮かぶのは、傷だらけの鬼沙の姿…目を見開いて少し経てば、元に戻った。


「今、何時なの?」


甲高くなった声で沙絵に尋ねる。

彼女は何も言わずに、スマホの画面を切り替えた。


8月31日16時39分…それを見た私は、再び言葉を失う。

沙絵はスマホを仕舞いこむと、煮え切らない顔を見せた。


「3週間、ずっとその姿でした。運び込まれた段階では心肺停止。そこから、峠は越せど意識は戻らず。何日かに1度容体が急変して、心臓が止まりかけて…また戻って来てというのを繰り返していたんです」


沙絵にそう言われた私は、ただ頷くことしか出来ない。


「何度か、その繋がってる機械が"ピー"って鳴り続いたりして。傷の具合からは、そこまで酷いとは思わなかったのですが…」

「そう」

「最初のうちは困り果てました。本家の人間ですら"呪符を使って隠す"方がマシだと言ってきましたよ」


重い口調。

私は沙絵の目をじっと見つめたまま、何を言って良いか分からなくなってきた。


「それでも、なんとか小康状態まで回復して、こうして話せている訳です。流石の私でも、足が震えますよ。目を覚ましてくれたのもそうですが、今の沙月様は、"強すぎる"ので」

「強すぎる?そう言えば、あの夜、何があったのさ?」

「私は何も知りませんよ。石にされていたので」

「そっか…あ!…っ…ぅぐ…も、モトは?」


会話を続ける度に、徐々に靄の奥に消えた記憶が戻ってくる。

沙絵は、モトという単語を聞くと、頬を強張らせて、口元を引きつらせた。


「元治様ですか。隣の病室です」

「生きてるよね?」

「えぇ…3日後には目を覚ましたのですが、沙月様に負けず劣らず酷い有様でして」

「動けないとか?」

「最近、ようやくリハビリを開始した位です」

「なら、大丈夫なんだ」

「概ね。ただ、元治様も、あの日の夜に何があったかを覚えていないようですね。鬼沙も行方知らずになってしまった今、沙月様だけが頼みの綱だったのですよ」

「そう。でも、まだ、思い出せない」


そう言って、頭を抑えたくなった。

ガチャガチャと、手足に付いた鎖がそれを邪魔してくる。


「これ、外せないの?」

「あぁ、後で外しましょうか。諸々検査やら、あちこちに繋がった管を抜かないといけませんが」

「面倒な」

「仕方が無いですよ。でも、鎖外しても、身動き取りづらいでしょうね。なにせ手足が…」

「あぁ、そうだった」


顔を曇らせる私。


「まぁ、いいや。沙絵達は?鬼沙に石にされたとか何だとか。何があったのさ?」

「私達ですか?私は、事故の直後、あの場で石に変えられたので、沙千様達に何があったかも分からないんです。話を聞く限り、鬼沙が単身で石にして回ったのでしょうがね」

「成す術も無かったわけだ」

「ええ。本家の人間と言えど、そもそも鬼沙に敵う者はいませんから」

「そう。なら、あの日の事、思い出さないとね」


そう言うと、沙絵は小さく首を振った。


「無理しなくて良いです。今回の件は、色々とありすぎましたから」


沙絵はそう言いながら、病室の入り口の方をチラチラ眺めだす。


「1つ、沙月様にお尋ねしたいのですが」


さっきよりも少しだけ明るい声色。

私は訝し気な目を向ける。


沙絵の向けた視線の先。

そちらに意識を集中させてみれば、理由が何となく分かった気がした。


「実は、沙月様と元治様を発見したのは、私共ではないんです」

「はぁ」

「藤美弥様が、見つけたのですよ」

「え、どうして?なんであの広場に入れたのさ」

「社が結界の代わりでしたから。それに、その姿でも、人に戻り始めていたのでしょうね」

「そういう事…じゃ、この姿は見られてる訳だ。モトの事も」

「ええ、それで、私達が石から元に戻って回復するまでの間、2人も働いてくれまして…」

「今、扉の前に居ます。だなんて言うわけか」


沙絵の言葉に先回りして言うと、沙絵は苦笑いを浮かべて頷いた。


「男の声もしたな」

「正臣様ですね。夏休みが明けてから、毎日当番を決めてお見舞いに来るようになったんです。今日は、正臣様と楓花様ですね」

「なるほど」


出来ればこの姿を見られたく無かったし、知られたくなかったから、拒否したかったが…

私は溜息を1つついて諦めて、沙絵に小さな笑みを浮かべてこう言った。


「仕方が無いか…命の恩人さ。謝らなきゃダメなこともあるし…良いよ、呼んで」

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