143.心地の良い気分だと、体が軽く感じる。

心地の良い気分だと、体が軽く感じる。

煩わしい花火の破裂音が消えた今、暗闇が広場を覆いつくしたのも好都合。

自由自在に舞える今、私の気分は今までにないほど晴れ渡っていた。


「ほら、どうしたの?鬼沙、さっきの勢い、消えてるよ」


地上に降り立って、鬼沙を見据える。

左手の先、黒く大きな爪をそっと舐めてみれば、鉄の味。

顔に笑みも作らず、淡々と、左手に黒い靄を纏わせると、再び地面を蹴飛ばした。


「そーれ」


体並みに大きな翼を羽ばたかせる。

さっきよりも数段速い低空飛行。

なのに、視界はクリアなまま。


一閃。


血だらけになった鬼沙は、身を守る姿勢を取っただけで、呆気なく私の爪に切り裂かれた。


「ガァッ!……」


吹き飛ぶ鬼沙。

逃すはずがない。


片腕しかないから、手間がかかる。

何度も何度も地面を蹴飛ばし、クルリと姿勢を変えて、何度も鬼沙に爪を振るう。


腕、胸、腹、顔。

段々と赤黒い血を流す範囲が広がって来た。


「クソッタレがぁぁぁぁぁ!」


苦し紛れに、鬼沙が黒い靄を纏いだす。

即座に、周囲に真っ黒なサークルが出来上がった。


「無駄」


左腕をリズムよく振るいながら、鬼沙の血をまき散らしながら、私も黒い靄を纏わせる。


爆発。

大爆発。


鬼沙の爆発を、私のそれでかき消して、更に私は勢いを増す。

ギュッと握った拳が、鬼沙の顔を捉えた。


一撃。


私の勢いは止まらない。

吹き飛んだ鬼沙を、それ以上の速さで追いかける。


「この!」

「つ・か・ま・え・た!」


広場の隅。

家の人間が"姿を変えた"宝石がまき散らされた辺り。

私の左手は鬼沙の首を掴みあげる。


爪が食い込み、鬼沙の血が手に滲んだ。

温い、温すぎる。

そのまま、翼を羽ばたかせ、彼と共に急上昇。


「良い景色でしょ」


舞い上がった先は、広場の上空。

眼下に映る小樽の景色は、最早上空写真の域。

鬼沙は必死にもがくが、私の体に無駄な痣を作るだけ。


「あぁ、痛かった?」


もがく鬼沙を見て、パッと手を離す。

一瞬、鬼沙の姿が揺らいだが、直後、両足の爪で鬼沙の腹部を貫いた。


「ァあぐ!…」


あまり聞いたことが無い鬼沙の悲鳴。

記憶の隅に浮かぶ、遠い昔、8月7日の鬼沙の悲鳴と重なった。


「その悲鳴、演技じゃねぇよなぁ?」


足の爪、がっしりと掴んだ鬼沙を見下ろして、ようやく私は笑みを向ける。

フリーになった左手には、真っ黒な靄が渦巻いていた。


「別によぉ、ここで離したって良いんだぜ。何も出来ず、死を待つ人モドキさ」


そう言って、左手を、足元の鬼沙に向ける。

鬼沙は、真っ赤な瞳を輝かせて、私の方を見返していた。


「そいつぁ、どうだかな」

「あ?」


不敵な声。

刹那、足元で大爆発。


「かはぁっ…!」


花火が終わった空に、ドス黒い煙が舞い散った。

鬼沙は、自分諸共、私を更なる上空へと打ち上げる。


「これでおあいこさ!」


自由の効かない上空。

鬼沙の拳が私の腹を貫いた。

視界の隅には、真っ黒な靄。

ニヤけた私の顔が、翳っていく。


爆発。


全身の力が一瞬のうちに消えていった。

ここは上空。

力なく打ちあがり、そのまま急激に落下し始める。


「1人じゃ死なねぇぜ」


歪んだ景色。

目の前には満天の星空、背後から、街の明かりが照らしている。

墜落する最中、横に見えるのは、ボロ雑巾の様になった鬼沙の姿。


「野郎…」


徐々に感覚が戻ってくる。

落下速度は、もう伸びない。

その中で、頭の先に力を込めると、微かに翼が反応を見せた。


「!!」


クルリと体制変化。

左手を伸ばして、鬼沙の首を締め上げる。


「殺す!殺してやらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


爪が首の肉に食い込んだ。

そのまま、ガシッと両足で、鬼沙の腹と太腿を掴み込む。


寒さすら感じる上空。

手足には、鬼沙の温い血の感触が伝わる。

眼下には、宝石の輝きが見える広場が迫っていた。


「ァアアアアッハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」


甲高い私の絶叫が、小樽の夜空に轟いた。

左手に、太陽の光すらも通さない黒い靄…パチパチと、周囲を囲い始める。


「終わり。死ね。鬼沙。サヨナラ!」

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