108.何も分からない時、事態を動かすのは何気ない一瞬だ。

何も分からない時、事態を動かすのは何気ない一瞬だ。

鬼沙に歯が立たず、ボロボロにされて、私の中で何かが壊れてから2日目。

今日も、現れた妖達の様子を見ているだけで終わるものだと思われた1日。


「あれ?」


よく散歩しにいく式外埠頭公園の隅に、妖と防人の姿が見えた。

今日も、何も起こらず、ただただそこにいるだけなのかと思い始めた矢先。

ボロボロの体で、普段の散歩道を歩こうかと、海風に当たろうかと言って出向いた先。

沙絵と八沙も、私の声に足を止め、指さした方を見て、似たような反応を見せる。


「防人だ。何てったっけ?あの女」


雨が上がり、昨日までの天候が嘘の様に晴れ渡った日。

周囲は、日が暮れて真っ暗闇になりつつある時間帯。


昨日とは違う変装をして外に出ていた私達の視線は、周囲より明るい1点に注がれた。

街灯に照らされていた所に、妖と2人で佇んでいたから気づけたようなもの。

2人の周囲に他の人影は無く、近くの海のさざ波音が耳に入ってくる程には静かだった。


「確か、渠波根朱莉とか言ってましたね」


防人の方は、昨日、あれだけ探しても見つからなかった"京都から来ている防人"の1人。

今日の午前中、街中で見かけて2,3会話していた。

偶然旅行に訪れた小樽の地で、妖の大量発生に出会い、彼女の家と連絡を取って独自に調べを進めていたらしい。


「ですね。本家とはまた違う防人です」


北海道の防人家系が、本州の家系と仲が悪いのは今に始まったことではないが…

私達の質問に、少々投げやりな声色で答え切った辺りに、彼女の態度が透けて見えていた。


「出張ってきてる本家の人間は、八波木とか言ったっけ?」

「そう。八波木千彦。そっちは有名でしょ?」

「ああ。本家の"幹部"様だったな。ああも使えない男だと思わなかったが」


"妖を追ってきた本家の防人"は別に居て、そっちとは、昨日家で顔を合わせている。

理性的に動く、いかにもやり手といった風の男だったが、私達からしてみれば、"アヤシイ"男でしかなかった。


「あの妖は?知らない?」


私達は、一旦止めた足を踏み出して暗がりの方へと移動する。

公園内、街灯の下は明るいが、私達のいる場所は、その光も届かない地味な場所。


「後ろ姿ですからね」

「だよね」


互いに、互いの姿を認識できたとしても、声が聞こえない程度の距離感。

それでも、迂闊に近づくことは出来なさそうな雰囲気であることは、2人の雰囲気から感じ取れた。


「沙絵」

「何?」

「援軍、寄越せねぇか?」

「そうね」


ただならぬ雰囲気で会話している様子の妖と防人。

八沙の一言で、沙絵はスマホを取り出して操作し始める。

その様子を横目に見つつ、八沙と共に2人の様子を見ていると、不意に防人…渠波根がこちらに顔を向けた。


「!」


こちらに顔を向ける直前。

驚いて、八沙と共に物陰に隠れる。


「意図は感じなかったがな」

「八沙、何かに変化して近づけないの?」

「無理だ。この公園に、強めの妖力を感じる。やったらバレるだろうよ」

「そうなの」

「なんだ、この妖力に気づいてなかったのか?」

「鈍くなってるのかな。あ、いや、違う。何か…知ってる気は感じるかも。でも、知ってるのより大分強い」

「なんだそりゃ。まぁ、隠れてれ」


物陰で八沙はそう言うと、私を2人から見て影になるような位置に移動した。

そして、再びそっと物陰から顔を出す。

妖と防人の人影は、相変わらずそこにあった。


「オッケー」


沙絵も戻ってくると、再び3人で覗き見を再開する。


「援軍って言っても、バックアップ程度だけどね」

「それでいい。手を出してこようもんなら、さっさと隠して終わりにしてやりたいね」

「全くさ」


小声で言葉を交わす私達の向こう側、妖と、渠波根の対談は、こんな場所でやるのも不自然なほどにヒートアップしている様だった。


やがて、妖の腕が渠波根に伸びる。

私達3人は、その光景を見て息を飲んだ。


甲高い女の悲鳴。

包帯で抑えつけられた左耳がビクッと反応してしまう。


「クソ!」


刹那、妖は渠波根の手を引いて、公園の奥へと姿を消す。

"何かが起きた"瞬間、今回、小樽に妖が大勢現れたことが、"タダ事ではなかった"事を私達に伝えてきた。


「沙絵、任せたぞ!」

「了解」


暗闇に消えていった2人が居た方へ飛び出していく八沙。

私は沙絵に手を引かれ、少し遅れて後を追う。

このわずかな間でも、自分の身体が思い通りにならないことが苛立たしい。


「ごめん」

「良いんです。あの妖程度に八沙は遅れを取りませんから」

「うん」


普段よりも遅い速度で八沙を追いかけ、公園の隅から、公園の奥…更にそこを超えて、昼間であれば釣り客がポツポツ見える、船も停まっている岸壁へ進んでいく。


「呪符!?」


街灯が1つもない、暗がりに覆われた所。

真っ赤な呪符の光が轟いた。

その妖力、八沙ので間違いない。


直後、"真っ青な光"が、赤い光を覆い隠した。

再び、この場は暗闇に包まれる。

刹那、女の断末魔のような悲鳴が私達の耳につんざいた。


「嘘でしょ、光が消えた!?」


驚く私達、八沙の背を追いかけて、追いついて、横に並ぶと、その光景に目を疑う。

八沙は、手にした呪符を握りしめたまま、目の前の光景を眺めて怒りに震えていた。


「畜生…やりやがったな」


地の底から響く唸り声。

その目前、妖の腕が渠波根の胸元を貫き、妖の手にはドス黒い血を噴き出す心臓がしっかりと握りしめられていた。


「遅かったね。いひ、ひひ。覗いてたのにね。いひ、ひひ!ねぇ、残念賞~でした!」


白目を剥いで事切れた渠波根の心臓を握りしめ、こちらを見て笑みを浮かべた眼鏡の女は、見てくれの暗さからは想像も出来ない程、甲高く快活な声を上げる。


「入舸沙月。興味深い。いひ、ひひ。もう、我慢、出来ないから、やっちゃおっか!」

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