106.居るだけで、何もしないというのはちょっと気まずい。
居るだけで、何もしないというのはちょっと気まずい。
ずっと横にくっ付いて、何かあっても何もせず、前に出ることが無い時。
そういう時、私はこれ以上になく、自分が惨めになってくる。
「大丈夫ですか?」
小樽に戻って早数時間。
家で母様達と合流し、現状の整理をした後、沙絵と八沙に連れられて小樽の街に出ていた。
「歩きづらいわな。片腕ねぇんだもの」
土砂降りだった積丹よりはまだマシだが、小樽も本降りと言える程度に雨が降っている。
出来る事であれば、この姿で外を動き回りたくは無かったのだが、家に居ても、今の忙しさでは誰も私に構えない。
私達の事を"ようく知ってる"鬼沙が相手ともなれば、1度派手にやられている人間を、また1人にしておくほど、私達は馬鹿じゃなかった。
「大丈夫。ごめんなさい、何も、出来なくて」
小樽の街に出る前に、八沙の手で私達3人の姿を様変わりさせている。
八沙と沙絵には、"もう少し先の未来"の姿に変化した上で、更に別人のようなメイクが施され、私はその2人の姿に寄せた格好をさせられた。
これで出来上がったのは、そこら辺にいそうな、夫婦とその娘。
「このカッコに突っ込まないなら、余程だわな」
「仕方が無いでしょう。それよりも、この数はちょっと問題ですよ」
運河を歩きながら、私達は周囲の人通りを見回していた。
時折、私達と目があった"何の変哲もない観光客"が、そそくさと目を背けてすれ違う。
今の私達の格好は、お世辞にも"関わりたくない"人種だろう。
八沙は"紫髪"の時のような粗暴さを持つ、金髪の輩風な30代後半の男。
沙絵は余り変わらずに落ち着いた容姿ながらも、所々に付けたピアスと、赤いインナーカラーのせいで、"ちょっと関わりたくない人"風な30代中頃の女。
私はさしずめ、デキ婚の結果生まれてきた子供だろうか?キャスケットの中に、小汚い茶髪のウィッグを仕込み、メイクも"子供らしい下手さ"が混じる派手目なそれで、更に眼帯も付けてしまえば、最早元の私の容姿は殆ど表に出ていなかった。
「凄い数の妖」
バッチリ決め込んで出てきた、雨の降りしきる小樽の街。
これだけの変装に、傘までさしていれば、例え知り合いに会った所でバレることは無さそうだ。
「隠して回るの?」
「いや、まだ被害が出てねぇぞ」
「この数じゃ、そういう事も言ってらんないよ。妖気が濃いから」
「とりあえず様子見に来てみたが、スゲェなこの様。出張って来た無能にもそろそろ会いてぇな」
運河の隅に立って、通りゆく人々の中に紛れる"人に化けた"妖を眺める私達。
その数は、1人や2人じゃなかった。
"人に見える程"精巧に、人に化けられる妖は、早々いるものじゃない。
それがどうだ?今では通りに腐るほど歩いている。
私達の目的は、一先ずの"偵察"だった。
小樽に急に現れた、大量の妖…そして、それに合わせてやって来た防人本家の人間。
まずは、それらを眺めてみること。
そこから、一体、ここで何が起きようとしているのかの切欠を掴みたかった。
「眺めてるだけじゃ、分かりっこねぇな。こりゃ」
「えぇ。全員、別々に見えるし」
「どうする気?」
「その様見てっと、どいつもこいつも敵に見えやがる」
「適当に捕まえて"尋ねてみる"気だった?」
「あぁ。けども、まだ目立つわな。まだ、被害は出てねんだろ?」
「沙月様以外にはね」
「知ってるって。一般人にだ」
「出てないね」
本降りの雨の下。
その雨は、徐々に強さを増してきて、頭上の空は徐々に暗みを増してくる。
夏休みの、観光シーズン真っただ中と言えど、運河を歩く人通りはいつもより少ない。
その少なさの中で、際立つ妖の数…もし、彼らがいなければ、今日の運河は"閑散としてる"と言っても良いくらいの人通りだ。
「突っ立ってても埒あかねぇ。適当に、車で見て回ろうぜ」
家から、駅を辿って運河までやって来ていた私達。
八沙の言葉に私と沙絵が頷くと、車を止めている駐車場の方へ足を向けた。
「家の妖とは別に、白龍と不燃鳥にも警戒させてるから、何かあったら分かるさ」
「そういやアイツら、未だに何も名前ねぇのかよ」
「そう言えば」
「40年ちょいも顎で使ってんのに」
「聞いても教えてくれないし、棲み処は別だから、気にしてなかったな」
「懐いてんのは違いねぇんだから、別名でも適当に付けてやりゃ良いじゃねぇの」
駐車場までの道中、話題は沙絵の下に付いている妖に向けられる。
今も、この騒ぎの中、沙絵の指示によって働いてくれる妖4人。
それらの妖はこの地域に根付く妖で、決して強い部類には入らないが、それぞれ一芸に秀でていた。
「考えておこっかな」
丁度、赤信号で足を止める。
すると、丁度近場を巡回していた"入舸の妖"がこちらに気づくと駆け寄って来た。
「おっと」
八沙が手を突き出すと、彼は勢いを殺して、ゆっくりと傍にやって来る。
「良く分かったな」
「隠す気ないでしょ」
「まぁな。で、何の用よ?」
「見かけたもので。目ぼしい収穫は無いんですよ。そっちはどうなのかなって」
「こっちも何もねぇよ。ただ、天然百鬼夜行見てきたようなもんだ」
「ですよねぇ。で、沙月様は…鬼沙にやられたとか」
「そう」
「そうですか。どうか無理をなさらぬよう…」
「私と八沙でお守りさ。兎に角、分からない事が多すぎだよね」
「全くです」
交差点の端、一般人よりも少し離れた所で言葉を交わす。
雨と、車と、風の音が、私達の会話を周囲から聞こえなくしてくれていた。
「それでは」
信号が青に変わり、彼と別れる。
私達は、人の流れに紛れ込むと、ちょっと広い道を渡り、その先の路地の中へと入って行った。
お店も無い通り。
その通りの一角、車が止められそうなスペースに、常識知らずといった感じで止められた外車に乗り込んでいく。
「どこから回るよ」
「今何時さ?」
「3時過ぎ」
「余市方面は行かなくて良いよね」
「人が居そうな所以外、地味なとこ回ってみようぜ」
エンジンがかかり、雑な運転で車道に出る。
後ろの席に座った私は、左手で窓の上の掴む所を握って振られない様に踏ん張った。
「八沙、優しくして」
思わず一言、バックミラー越しに、ハッとした目を向ける八沙と目が合った。
「悪ぃちょっと格好に引っ張られ過ぎた。大人しくならなきゃな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます