105.雨に流れない証拠は、きっと何かの役に立つ。
雨に流れない証拠は、きっと何かの役に立つ。
血とかその辺は、簡単に雨に流されて消えていくのに、物は案外ちゃんと残ってるものだ。
そういう物が無いのであれば、きっと標的はまだ近くに潜んでる。
「八沙、随分とかかりましたね」
車から降りて開口一番。
沙絵は半分だけ開けた目を八沙に投げかけた。
「しゃぁねぇだろ?沙月が何時、起きっかも分からねぇのによ。せっかち過ぎなんだ」
昨日と変わらない、土砂降りの墓場。
「でぇ?何か分かったか」
「幾つかね。昨日、ここに来た時とはまた変わってる。けど、それだけ」
「そうか。じゃ、鬼沙のヤツ、まだ近くに居やがるのかな?」
「鬼沙はもう死んだのよ?その墓の中に骨あるでしょ?きっと別の誰かさ」
「そう思うだろうけどもよ、沙月に聞いてみれや。鬼沙だって言うぜ?」
「え…」
私は2人のやり取りを眺めつつ、左手を胸に当てて縮こまる。
肌寒いが、寒いわけじゃなく、風が強いが、別にこうなるほどじゃない。
単純に、昨日、自分がここで死にかけた光景がフラッシュバックしていたから。
自分に起きた事を思い返すと、すぐに頭の中を焦りと恐怖が支配していた。
「おう、それよりも、悪ぃ。ちょっと任せるわ。ワシも、気になる所があるんでな」
八沙は沙絵に私を任せると、鬼沙の墓の方へと進んでいく。
沙絵は、驚いた顔を浮かべたまま、私の傍までやって来た。
「沙月様、申し訳ありません。行き成り、こんな所に連れて来て」
「いい。いいよ。大丈夫だから」
「強がる必要は無いのですよ?」
「いいって!」
傍まで来てくれた沙絵に優しく話しかけられても、目に力が籠ったまま、つっけんどんな反応しかできない。
そんな私を見て、陰りの見える苦笑いを浮かべた沙絵は、強引に私の手を取った。
「本当ならば、夏休みが終わるまで静養していて欲しいのですが」
「無理なのは、分かってるから」
「はい…それで、その。昨日、沙月様を襲ったのは鬼沙だという話ですが…」
「本当。ここで、鬼沙に行き成り襲われたの」
雨の中、私は沙絵に昨日起きた事を話す。
鬼沙が突然背後から現れて、右腕を斬り取ったこと。
その後、痛めつけられ、鞄の中にあった呪符で、自爆に巻き込んでやったこと。
それすらも難なく躱され、右目が抉られたところで意識を失ったこと。
土砂降りの中、沙絵はそれを黙って聞き入れ、そして顔を青褪めさせた。
「鞄の中のとっておき。"赤紙の呪符"のことですよね」
「そう。真っ赤な靄で、死んでも良いから相打ちに出来ればと思ったのだけど」
私はそう答えると、言葉を紡ぐのを止めて溜息を1つ。
「全然、駄目だった。全く効かないで、そのままお腹を打ち抜かれて吹き飛んで、倒れたところで右目を」
「なるほど」
沙絵は私の話を聞いて、元々険しそうだった表情を更に険しくする。
「一体、何が起きてるの?」
ようやく震えが収まって来た私がそう尋ねてみると、沙絵は少しだけ口ごもった。
「言ってよ。この身体じゃ、力になれそうにないけど」
「そうですね。昨日、沙月様が美国へ向かった直後から、小樽で色々とあったのですよ」
沙絵はようやく口を開く。
そこで、沙絵の口から語られた事は、俄に信じがたい事だった。
曰く、小樽で"本家の防人"の姿が確認されたらしい。
それとほぼ同時に、妖の数も急増。
対処に手を焼いていた所に、私が倒れたとの知らせが入ったとのこと。
「何故、本家が?」
「逃げ込んできた妖を追っていたそうです。実際、妖達は皆、お尋ね者でしたから」
「じゃ、そっちに任せれば良かったじゃん」
「こう言ってはなんですが…"位だけ高い木偶の坊"にも程がありまして。一般人へ被害が出る前に動いたという感じです。その折、八沙から連絡が来て、沙雪様と飛んでくる事になりました」
「へぇ…」
「昨日だけで色々と有り過ぎて、何が何だか。私共も分かっておりません」
「母様は?」
「沙雪様は、小樽で指揮を取ってます。沙千様が京都との連絡を」
「そっか」
私は少し俯いた。
沙絵がそっと私の左手を引いて体を寄せる。
「沙雪様が、あそこまで取り乱したのは見たことが無かったですよ」
「そんなこと、聞いてないじゃん」
そう言って、沙絵に頭をコツンと当てた。
「おぉい!そろそろ話し終わったかぁ?ちょっとこっちさ来てみろ!」
丁度、墓の方を見ていた八沙が私達を呼び寄せる。
私と沙絵は、顔を見合わせると、鬼沙の墓の方まで歩いていった。
何の変哲もない、去年までと何ら変わり映えしない墓。
八沙がいるのは、その裏側。
普段なら、墓を掃除する為だけに回り込む方。
「何かあったの?」
雨に濡れた墓石の上に乗って、そっと八沙の方へ近づくと、八沙は何も言わずに一点を指さした。
「うわ」
「そんな…」
指をさされなくとも、そこまで行けば、彼が何を言いたいかが理解できる。
「昨日は気づかなかったけどもよ。手の込んだやり方だぁな。裏から開けるって、普通、やるかぁ?」
八沙の呆れた声。
私達の視界には、墓の裏に、ひっそりと掘られた小さな穴が見えていた。
この土砂降りで、穴の中には水が溜まってしまっているせいで見づらいが、この穴の位置から察するに、繋がる先は墓の下の納骨棺。
「普通、そっから開けないよね。というか、晴れてたら確実に分かったんだ。掃除の時に」
「分かったところで、結果は変わらねぇさ」
私の言葉に、八沙の言葉が被さった。
その後、言葉を失う私達。
その間にも、小さな穴には、少しずつ大粒の雨が溜まっていった。
「この様じゃ、中の骨がどうなってっかもわかんねぇでや」
「他の手掛かりは、昨日見つかった呪符の破片だけだもんね」
「畜生。沙月が鬼沙にやられたって言うから、まさか骨が無くなってたりしねぇよなと思ったらこの様かよ」
毒づく八沙。
八沙も沙絵も、鬼沙の事は良く知っていた。
妖が生きてきた年月を考えれば当然なのだが、私以上に長い付き合いなのだ。
「どうするよ?今回のヤマ。マジで鬼沙がやってんなら、誰の手にも負えねぇぜ?」
「だろうね。私が全力出しきっても、涼しい顔してたもの」
「一旦、家に戻りましょう。相手が1人分かっただけでも収穫…今は、ね…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます