102.体の一部が吹き飛んでも、何も感じないのは異常だろうか。
体の一部が吹き飛んでも、何も感じないのは異常だろうか。
普段と違う感情が渦巻いているから?それとも、目の前の光景に現実味が無いから?
いずれにせよ、私の目の前に飛び散った物は、私に流れていた血と右腕だ。
「えっ?」
どんよりとした空の下、土砂降りの雨が打ち付ける墓場の一角。
背後から誰かの声が聞こえたかと思えば、鬼沙の墓に、私の血と右腕が飛び散った。
「あっ!」
直後、ガシッと首根っこを捕まれる。
ぞわっと背筋が凍り付き、肩をよじれど逃れられない。
掴む手が首に強く食い込むと、生暖かい血の感触が、雨に混じってやってきた。
「うぅ」
そのまま、ヒョイと体を持ち上げられると、クルリと体の向きを変えられて、そのまま墓石に突き飛ばされる。
硬い石の感触が背中を突き抜けた。
痛みに顔を歪め、体中の力が失せて、感覚もどこかへ消え失せて、そのまま墓に寄り掛かるようにぐったりすると、ようやく襲撃してきた者の顔が視界に映る。
「随分、可愛らしい格好になっちまって。そんな趣味だったのかぁ?沙月よぉ?」
映った人影。
その光景を、私はすぐに受け入れられなかった。
ずぶ濡れた、真っ黒なスーツに身を包んだ、スラリとしてちょっと背の高い、浅黒肌の男。
「ビールがノルマね。ノルマも何も、飲めねぇって知ってるべさ。ま、供え物の定番か」
痛みに顔を歪めつつ、唖然とした表情を浮かべて彼を見上げる。
襲い掛かって来た男は、墓に叩き付けられた時に飛び散ったお供え物のコーラを手に取ると、タブを開けて一気にクイっと飲み干した。
何かしなければ。
大混乱の脳裏。
危険信号が秒を追うごとに増えていく。
逃げる?叫ぶ?どうしよう?…だけど、今の私に動く気力は残っていない。
「おぉん?なんだ、呪符無しだったのかよ」
雨に打たれている中で顔を上げて、何もしなければ視界は雨粒で歪んでいく。
それに加えて、今の私は、何時からか泣いていたものだから、もっと視界は歪んでいた。
動かせない左腕の代わりに、右腕で雨を、水を拭おうにも、その腕は私の体に付いておらず、目の前の男の手に握られている。
「やべぇやべぇ、これで誤魔化せっか」
男は右腕に何かを貼り込むと、墓石にもたれかかった私にも、何か呪符の様なものを貼り付けた。
「ァア!!!!!!!!!!!!!!」
激痛。
動けないでいた私の体に電撃が走ったかの様。
男に抑え込まれているものの、悲鳴と反射的に動く体は止められない。
「これでよしっと」
呪符を"切断面"に貼り込んだ男は、私から手を離した。
「あ」
グシャっと、今度は墓の前にうつ伏せに崩れ落ちる。
横に避けていた、墓参り道具と傘、そして肩から外れた私の鞄が顔の前に転がった。
「やる事が多いってのに、こんな土砂降りじゃ参っちまうよな。全く」
倒れた私のことなど、最早男の注意には入っていないのだろう。
カン!とコーラの空き缶が墓に投げつけられた。
「ぐ…ぅ」
缶が舞う様を目で追った時、ふと、鞄の中に”赤紙の呪符”が見える。
常に入れている”とっておき”。
失った右腕ではなく、左腕をちょっと伸ばせば届く位置に見えていた。
「車も持ってねぇしなぁ。ずぶ濡れで会いに行くってのも、まぁ、悪かねぇか」
嘲るような男の声。
私の記憶にある声色とは全然違うその声は、焦りと恐怖に支配されていた頭の中を一気にすげ変えてくれる。
「ぅぅ…」
ゆっくりと、力が上手く伝わらない体を動かし手を伸ばす。
ようやく呪符に触れられて、そっと念を込めた途端、体中の血が沸騰し始めた。
「あん?」
男が私の変化に気づいたらしい。
呪符に触れて、”妖”の方へ振れた私。
ずぶ濡れで、大怪我をして弱った女の子はもうそこに居ない。
「鬼沙じゃないな。アンタは、何者さ」
"赤紙の呪符"から真っ赤な靄を噴き出しながら立ち上がる。
一段と強くなる雨、そこに強めの風が混じりだした。
「なんだよ。俺だと分かってるくせに」
「違う!鬼沙じゃない!あんな、不意打ちなんてしたこと無かった!」
買ったばかりの服をボロボロにして、ずぶ濡れの状態で鬼沙と対峙する。
何年も通った墓の前に立つ私の足は、小刻みに震えていたが、左手に握りしめた"赤紙の呪符"の赤い靄は、さっきより濃さを増していた。
「強情な奴。変に頑固なのも変わらないか」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ!その声で喋るな!」
敵うわけが無い。
相手は、金狼と呼ばれた鬼。
今でも、家の防人達が「居なくなって良かった」と胸を撫でおろしている程の実力者。
「お前が!お前の目は!もう、金狼なんかじゃない!」
思ったままの言葉を叫びつつ、左手の靄は一気に濃さを増していく。
ここまでやっても、敵うわけが無いのが肌で分かる。
対峙する男が、この靄を見て一つも怯む様子が無いのがその証拠。
ちょっと強い程度の妖ならば、この靄を見ただけで、腰を抜かすのだ。
「懐かしい名で呼んでくれるじゃぁ、ないか。沙月。俺だと分かってんだろ?」
「消してやる!…今すぐ!この世から、何処かに消えてしまえば良いんだ!」
ピリ付く左腕。
ここまで呪符に力を込めれば、"人"の体に支障をきたして当然。
私は更に呪符に力を込めて叫ぶと、その手を鬼沙の方に突きつけた。
「おっ、来るか?」
止めて!と叫ぶもう一人の私が居る。
敵うわけがないのだからと、次は"死ぬかもしれない"と、叫ぶ私が何処かにいた。
「消え失せろ!」
ただ、感情のままに叫び、足に力を込めて飛び出して、呪符から手を離す。
一気に間を詰め、敵うわけが無い相手に、真っ赤な靄を纏った"爆発"を浴びせてやった。
「クックック!まさか、決死行で来るとはなぁ!脳無し単細胞の馬鹿正直は相変わらずか」
滅多に無い規模の爆発、終わり覚悟の自爆前提だったそれを、涼しい顔で受け止められる。
「度胸ある女になったもんさ。度胸"だけ"は、認めてやる、よ!」
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