参章:消えた花火の行方

101.雨中の墓参りは、あの日の事を思い出して嫌になってくる。

雨中の墓参りは、あの日の事を思い出して嫌になってくる。

じめっとした空気、温い雨の感触、傘をさしていても、徐々に濡れていく体。

その1つ1つ、全てが嫌な思い出へ、今でも夢に出て来る思い出に繋がっている。


「昨日まで晴れ予報だったってのに」


誰もいない路上で一言、毒づいた。

まだ午前中、朝と言える時間帯。

私は1人、美国の町営墓場に向かっていた。


季節は、暦で行けば夏が終わりを迎える頃。

もう少しでお盆だなんだと言われる頃。


小さな鞄を背負った私の左手には、毎年持って行く墓参りの道具がぶら下がっている。

他方の右手には、偶然荷物に混じっていた折畳傘を持ってさしていた。


「延期すりゃ良いんだろうけどさ」


道路に落ちた雨粒が跳ねる様子を見て、さらに愚痴を1つ。

空はどんより曇っていて、そこから大粒の雨が降り注いでいた。


「今日じゃないと、駄目なんだよね。ねぇ?鬼沙…」


文字通りの土砂降り模様。

小樽の方は晴れていたし、山の向こうの積丹方面も変わりないと思って天気予報通りだと思っていたら、バスに乗ってる間に事態は急変しだして、今に至る。


こんなに雨が降るなんて聞いていない。

通りがかり、バスの窓から見た海は、ちょっとシケていた。


それに、夏だというのに、ちょっと肌寒い。

最近まで、穂花と楓花をはじめとした"人"と関わってきて、"そっち側"に振れていた私の今の格好は、明らかに今の天候に見合ったものではなかった。


今日に限って、"表に出る"時の姿で、穂花達に言われた通りの服を着てしまっている。

いや、予報通りに晴れてくれれば何ら問題も無かったのだが。


膝丈の真っ黒なキャミワンピース、その上に白いブラウスを羽織った格好。

薄手な物の組み合わせだから、結構肌寒く、傘で防げなかった雨が更に寒気を増していく。

その足元、黒いスニーカーも、まだ暫くは濡れずに耐えてくれそうだが、墓場に行くまでにはビッショリだろう。


「真っ直ぐ帰らないで、八沙の所に押しかけよっかな。あの家、着替えあった…はずだし」


土砂降りの轟音に、私の独り言がかき消されていく。

そうじゃなくたって、こんな土砂降りの中で外に出ようだなんて思う人間はいないだろう。

今時期は、海水浴客とかで賑わいだすのだが、今日に限って言えば、何時も通りの過疎った漁師町の風景が色濃く出ていた。


バスを降りて、狭い道に入って、そのまま真っすぐ進んでいく。

やってるかも分からない病院の横を通り抜け、寺を2つ過ぎて、ずっと真っ直ぐ。


道のド真ん中を歩くなんて、普段はやらないけれど、今日は別。

どうせ車の1台も通りゃしない。

私は、徐々に濡れていく体を、時折震わせながら進んでいった。


「よし、着いた」


墓場は、その道の左手側に見えてくる。

ちょっと小高い丘になった所。

その斜面に、墓がズラリと並んでいた。


濡れた砂利道の上をゆっくりと進み、丘の上に上がっていく。

目当ての墓は、この丘の一番上…ポツリと突っ立つ、ちょっと新しめの墓だ。


年に1度と決めている墓参り。

ここに来るのも、丁度1年ぶり。

必ず、8月1日と決めている。

でも、墓の中に入っている本人の命日は、今日じゃない。


「っと…1年ぶり。あぁ、雨も良いもんだね。こう話してても変な人に見られない。人がいないんだもの」


墓の前に立って、墓参り道具を適当な場所に立てかける。

そこは"入舸家"と書かれた墓石の前。

家とあるが、先祖代々墓じゃない。

たった一人の為の墓。


入舸鬼沙、本来の、私の相棒だった鬼の墓。

遠い昔に、私を庇って死んだ鬼。

私にとっては、兄みたいというより、もっと近かった存在。


「掃除してやろうかって思ったけど。この土砂降りじゃ、出来ないか。八沙にでも任せるさ。7日に来るんだろうし」


手も合わせず、前に立って独り言。

ジッと見据えるのは、他の墓石と比べて、まだ新しい色をした墓の佇まい。

その後ろにある卒塔婆も、まだ新しいと言えるだろうか?いや、そろそろ色褪せてきたか。


「高校生になっちゃったよ。もう10年?早いよねぇ」


そう言いながら、お供え物位は出してやろうと、持って来た袋の中に手を入れる。

取り出したのは、お供え物でよく見る缶ビールと、それと同サイズの缶コーラ。


「この手のお決まりって、お酒なんだろうけどさ。苦手だったじゃない。だから、コーラも1本。ビールは、まぁ、ノルマみたいなものさ」


それを墓に備えて、黙り込む。

最早、ここまで濡れてしまえば傘の意味も無いからと、傘を閉じて、墓参り道具と一緒に端に置いた。


「雨になったのは、これが初めてか」


全身に雨を感じて、頭の先から足の先までずぶ濡れだ。

そっと手を合わせて、少しの間目を閉じて、そしてそっと目を開ける。


墓の後ろに、風か何かで傾いた卒塔婆が見えた。

そこに書かれた、この墓の主の命日、2007年8月7日。

今日から一週間後だ。


「にしたって。もう、沙絵と一緒にいる方が長いのか。そういう気は全くしないんだけどな」


この雨だ。

線香もやれないし、ロウソクなんて以ての外。

手を合わせて、まだ帰ろうとは思わない。


「それもそうだろうけど。結局、6年生に上がった頃だよ?普通に話せるようになったの」


せっかくの"2人きり"。

普段、どんなに曇っていても1人か2人は墓参りの人がいる墓場で、私だけ。

私と、"彼"だけなのだから、もう少しだけ。


「そうそう。あの時、"出てきた"百鬼夜行。最近、2回も使う羽目になったさ」


聞く相手も居ない独白。

だけど、それは別にどうだって良い。

仏教の信徒かと言われれば、普段から宗教だなんて気にしない性質だから、何んとも答えにくいのだが…鬼沙のことにかけては別だ。

今でも、この時期は毎日の様に夢に出て来るのだから。


「使うたびに、後遺症は楽になってるなって思ってたら、この間は本家で暴れてたみたいでさ。使うもんじゃないよなって。そのせいで暫く"封印"されちゃったし」


そう言って、耳の裏側を出して見せる。

ウィッグでも、そこだけは晒せる様にしている、刺青の箇所。

私には見えないが、刺青の上からは、本家の人間に貼り込まれた"封印"が見えるはずだ。


「最近まで呪符すら触らせてもらえなかった。ただの人じゃないのに、人もどきさ」


自嘲するように言って笑うと、土砂降りの空間に、何者かの気配。

気配を感じた刹那、一切の痛みも無く、視界に血と"何か棒のような物"が飛び散った。


「良かったんでねぇか?沙月、お前、なんでこうなのって、何時も泣いてたでねぇかよ」

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