100.そうなると分かっていても、回避できるものではない。
そうなると分かっていても、回避できるものではない。
そんな時は、普通に過ごしていても、割と良くあることだと思う。
回避したいのに、そうなると分かっているのに、まぁ、無理だよねって時は、そういう日なのさと言い聞かせるに限る。
「試着を?」
6月も中頃。
5,6時間目を学祭の準備期間にあてられるようになった頃。
私は、机の上で出来る細かな作業をしていた所だったのだが、、気づけば穂花と楓花に囲まれていた。
「そう。学祭当日の衣装合わせね」
その先頭、ニヤニヤした顔をこちらに向けているのは楓花だった。
手にしているのは出店の衣装とアクセサリー。
「気味悪がられてる奴には向かないって」
「大丈夫よ。ねぇ?」
「そうよ。高校じゃ、その辺の心配も、もう無いって分かってるでしょうに」
渋る私に、2人は更に一歩近づいてくる。
「皆で着る衣装の試着よ。押し問答する暇はないわ」
言われるがままに、楓花から衣装を押し付けられる。
それを見下ろして、渋い顔を浮かべて2人を見比べた私は、諦めてコクリと頷いた。
「謀ったな」
「全然。クラスの皆の意見よ」
「この手の服には着慣れてるでしょ?これは、まぁ、なんちゃってだけど」
「そうだろうけどさ」
押し付けられたのは、白に水玉模様が入った浴衣。
そして、頭につける黒い狐耳に草履。
全部、1から作った手作り品。
だけど、この組み合わせは、2人のスマホに入ってる"妖化"した私そのものだった。
「狐面もあれば完璧さね」
「そうね。それも追加しようかしら」
「あの格好、大真面目なのは分かるけれど、可愛さが半端じゃないのよね」
「あーあー、それは後。兎に角、着替えて来るよ。更衣室空いてるっけ?」
「空いてるけど、トイレとかで良いじゃない」
「目立つのが嫌なの」
2人をこれ以上刺激すると、私の顔がもっと赤くなる。
呆れ顔を作って浮かべたまま席から立ち上がると、小走りで教室を出ていく。
途中、クラスメイトに話しかけられ、茶化されたが、それを曖昧な顔と適当な相槌で誤魔化した。
1年8組の教室は、1階にある1年教室の中でも最奥の地にある。
そこから廊下を辿って体育館の方へ行けば、目的となる更衣室はすぐそこ。
学祭準備期間だから、人がたまに通りかかるが、トイレで着替えるよりは人目に付く可能性は少なかった。
女子更衣室の中に入って、更にその一番奥へ。
パッと着替えるだけなら、夏服だし、半袖だし、そんなにかからない。
パパパッと早や着替え。
浴衣を着て、靴下を脱いで草履を履いて…狐耳は、まだ付けない。
着ていたセーラー服を畳んで小さく纏めると、更衣室を後にして、早歩きで教室まで戻っていく。
運良くクラスメイトは教室の外に居なかった。
だから、そっと、静かに、教室の後ろの扉を開けていく。
「「あ!可愛い!」」
だが、丁度教室は静まり返っていたタイミングだったらしい。
開けた瞬間、30人ちょっとの視線が一気にこっちへ向けられ、そしてざわついた。
「沙月、丁度よかった。モノ置いてこっちに来なさい」
教壇の上には穂花と楓花の姿。
今回の学祭の、運営委員様の指示には逆らえない。
私は何も言葉を発さなかったが、黙って自分の机に衣類を置くと、教壇の方に足を向ける。
「耳も!」
「はいはい」
シレっと机の上に置いた狐耳を手にして穂花の下へ。
「さて、ありがとう。大人しく着てくれて」
教壇に立つなり、穂花の横にいた楓花に狐耳を取られて頭の上に付けられる。
「可愛いわね。これで和風喫茶なら、良い線行くんじゃないかしら」
家での穂花みたいな反応。
クラスメイトがそれに同調し始めた。
「入舸さん、イケメン系だもの」
「看板娘というよりは、皆のまとめ役みたいね」
「委員長だしねぇ。眼鏡もあるし」
反応は主に女子から。
中学の時と違って、腫れ物扱いもされず、仲が悪くないものだから、無碍に出来ずに苦笑いしか浮かべられなかった。
一方の男子は、一様に何も言わない。
苦し紛れに正臣の方を見てみれば、他の男子と違って、彼だけは苦笑いを浮かべたままこっちをじっと見つめていた。
「それで?私を晒して何決めてたのさ」
ジトっとした目を2人に送る。
「ただの衣装合わせよ。色合いやら何やら。その耳だって、沙月は"黒髪"だからバッチリだけど、私とかに合わせるなら変えなきゃ駄目だもの」
「そういう事。じゃ、これ、まだ試作品なんだ」
「ええ。これをベースに、お店の雰囲気に合わせて変えてくの」
そう言うと、穂花は私の肩を掴んで、グイっと皆の方に向けさせた。
「さて、色々と詰めていきましょう。色合いもそうだし、耳もそう。小道具だってあっていいかもしれないから。皆、好きに挙げてってね」
・
・
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衣装にも着慣れて、皆のマネキンにされてから1時間。
あーでもないこーでもないとやってるうちに、6時間目が終わるチャイムが鳴る。
「良い感じに纏まったんじゃない?」
「そうね。モデルが良いからかしら」
「お世辞はいいっての」
ショートホームルームに合わせて席に戻る。
穂花と楓花が進めて、私が板書と動いて弄れるマネキン役。
クラスの皆からは、色々と面白そうな意見も出てきて、ある程度衣装の方向性も固まった。
「ふー」
サッと自分の机を片付けて椅子に座ると、隣の席の子が私の方をジーっと見つめてきた。
「入舸さん」
「ん?どうかした?」
授業の合間とかに適当な雑談を交わす間柄の彼女は、何とも言えない顔をこちらに向ける。
「制服畳んでしまっちゃってたけど、まさか、その恰好で帰らないよね?」
「あ、あー…うん。そうだね。うん。この耳も浴衣も、ちゃんと着替えるよ。ちゃんと…」
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