99.久しぶりにやってみると、ちょっとの間ハマってしまう。

久しぶりにやってみると、ちょっとの間ハマってしまう。

理由があって長い間やらなかったり、知っててもやらなかったりしたことを、何かの拍子にやった時。

それが妙に体に馴染んで、暫くの間それを続けたくなる時が、たまにあるんだ。


「それにしても、この格好、本当にレアね」


6月に入ってすぐ。

衣替えのあった日の昼休み。

学食でお昼を済ませて、何時ものように穂花達と駄弁っていると、不意に楓花が私の腕を掴んでそう言った。


「この格好?沙月、中学じゃ夏服来てなかったのですか?」


穂花に楓花にジュン君と、人が疎らな端のテーブルに陣取る何時もの昼休み。

ジュン君だけが、楓花の言った意味を理解できていない様で、クイっと首を傾げて見せた。


「着てたよ。ただ、長袖にして、その上から薄いベストのカーディガン羽織ってたから」

「ああ、半袖がレアってことですか」

「そうよ。沙月、普段から服の裏側に色々と仕込んでるからね」

「手品師みたいよね。中から次々に呪符が出て来るものよね」

「それが使えないから、こうして真っ新な半袖セーラー姿ってわけ」


ジュン君の方へスッと掴まれていない方の腕を伸ばす。


「なるほどなのです。にしても、白いのですよ。お日様に当たったら痛くないです?」


私の腕を見て、目を丸くしたジュン君。

暑くなるにつれて、ほんの少しだけ日焼けした様な肌に変わっている彼女にとってみれば、私の肌は病的に見えてもおかしくないか。


「日焼け止めは必須だけど、日焼けで痛い思いをしたことが無いな」

「沙月、暑い日の昼間は引きこもるから」

「私達も沙月の事は弄れないけどもね」


私の答えに、穂花と楓花も同調した。

彼女達もまた、私ほどでは無いが、肌は白い方だ。


「ジュンは少し日焼けてるけど、帰宅部よね?向こうで何かやってるの?」

「ボクです?そうですね、休みの日とかはおじいちゃんの手伝いをしてるのです」

「へぇ、畑仕事?いや、美国なら、漁…?まさか」

「そのまさかなのですよ。大抵は水揚げとか浜でのお仕事なのですが、偶に船に乗ってくこともあるのです」


何気ない会話から、意外な一面を知れるとちょっと面白くなってくる。

私達は、ジュン君の話す事に少し興味を引かれ、ちょっとだけ身を乗り出していた。


「何気なく聞いたけど、凄い事やってるのね」

「うん。それでか。朝とか早いんじゃない?」

「ですね。日の出る前から始まって、終わるのがお昼とかなのです」

「私達は夢の中だわ。ねぇ?姉様」

「そうね。疲れてる時とか、ジュンが帰ってきたころに起き出すもの」


会話の中で、ジュン君はちょっと得意気に見える。

体育の時に、異様なまでに力が強かったのもようやく合点が行った。

元々体を動かすのは苦にならないタイプでもあるのだろう。


「八沙が言ってたけど、あの手の仕事って全身使うから、自然と鍛えられるそうだね」

「そうなの。ジュン、スタイル良いものね。それが理由か」

「穂花に言われても…ボク的には2人みたいな、ぼん・きゅ・ぼん!なのが良いのです!」


バン!と机を軽くたたいて言い切るジュン君。

穂花と楓花がほんの少しだけ顔を赤くした。


「隣の芝生は青く見えるものさね」


そう言って砕けた笑いを1つ入れて、次に進む。

遠くに見える時計を見る限り、昼休みが終わるのはまだまだ先だ。


「ジュン君さ、おじいちゃんの手伝いって、学校来る日もやってるの?」

「まさか!平日はやってないのですよ。流石に磯臭さが消せないのです」

「それもそっか。でも、漁師さんってんなら、八沙達の誰かとも知り合いだ。きっと」

「沙月の周りの妖さんです?」

「そう。"神岬漁酒会"とかいう集団、美国にもいない?」

「あぁ!居るのです居るのです。窓にステッカー貼ってるのですよ」


ジュン君はそう言うと、ちょっと声色が弾む。

その反応からして、"漁酒会"は悪い人たちでは無さそうでちょっと一安心。


「腕の良い漁師さんの集まりなのです。必要な分だけ取って、後は他の船を呼んで譲ってくれるのですよ!」

「へぇ、随分と気前の良い。余程裕福な網元みたいな存在なのかしら」

「どうなのでしょう。でも、憧れだって慕う漁師さんは何人か居るのです。…偶に密漁する輩が来た時は凄く怖いのです」


ジュン君の言葉を聞いて、私達は苦笑いを浮かべた。

穂花も楓花も、八沙の事を知っている。

彼の"神岬漁酒会"の事も、ある程度は知っているのだ。


「なるほどねぇ。案外、世間って狭いわね」

「え?」

「そうだね。そりゃ、この近辺だけに限れば、そうなるだろうけど」

「なんなのです?どういうことです?」

「ジュンって、八沙さんに会ったことあったっけ?」

「八沙さん…ああ!"沙月によく似た"男の子がそんな名前だったのです」


そういうジュン君に、私達3人は顔を見合わせた後で周囲を見回す。

このテーブルの周囲に、人は見当たらなかった。


「知ってるのね。ジュン、その八沙さんが"神岬漁酒会"のリーダー格よ」


声を潜めて楓花が一言。

それを聞いたジュン君は、目に見えて目を丸くした。


「え?いやいやいや、ボクも見たことが無いのですが、リーダー様は変な髪色の大男なのです。八沙さん、沙月よりも小さいじゃないです?」

「ジュン君、八沙の格好は自由自在なの。そう思うのも分かるけど、これ見てよ」


ネタ晴らしの時の、ちょっとした優越感に浸りつつ、私はジュン君にスマホ画面を見せる。

そこに映っていたのは、ジュン君が言っていた通りの"私の弟分"を演じた八沙と映った写真。


「この人でしょ?」

「そうなのです」

「それが、こうなって」


スッとスライドさせて、次に映したのは"私の兄貴分"を演じた八沙。

弟分の時とよく似た顔だけど、背が私の頭1つ分大きい姿。

この間の、ゴールデンウィークの一件の時に組んだ八沙の姿だ。


「背が高くなったのです!?けども、正臣と大差無いような」

「そうね。これも八沙なのよ」

「ええ!?」

「で、最後がこの格好」


驚くジュン君を見ながらニヤついて、最後の写真へスライドさせる。

私のスマホを覗いていた穂花と楓花も、何も言わずに私と同じ顔を浮かべていた。


「あ!」


映り込んだのは、紫髪の大男。

さっきの2枚と、構図は一切変わらない。

"この時代に合った姿"で過ごす"神岬漁酒会"の首領、横屋八沙の写真。


「この人なのです!凄い髪色の大男!」

「八沙だよ。今は私がこんな身だから会ってないけど、ジュン君のこと教えておけば、この変わり様を見れるはずさ」

「そうなのですか…別人です!というか、八沙さん、かなり低姿勢だったのですよ?でも、リーダー様、結構荒かった様な」

「格好に引っ張られるんだとさ」


そう言って、スマホを仕舞いこむ。


「私の秘密を知ったからには、こういうことはしょっちゅうさ。御伽噺みたいでしょ?」

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