98.たまに休日の使い方を誤ると、次の週にそれを引きずってしまう。
たまに休日の使い方を誤ると、次の週にそれを引きずってしまう。
なんであんなことに休みの日を費やしたのだろうか…だなんて考え込んでしまう。
で、それを振り切った頃には木曜日や金曜日になっていて、気づけばノープランで土曜日になってしまうのさ。
「ありがとう。我儘聞いてくれて」
土曜日、1週間ぶりに家に帰っていた私。
沙絵と顔を合わせるためとかそういうのではなく、目的は別にあった。
「全然。暇だったから」
目的は、無駄に広い家の隅。
多分、この家が建った当初からある離れ。
小さな道場となっている所で、正臣に頼んで剣道の練習相手になってもらっていた。
「ちょっとだけだったけど、あれくらいで良かったの?」
「ええ。凄く助かった。ちょっとだけって、3時間もあれば十分だよ」
朝一から始めて、もうお昼過ぎ。
みっちり相手してもらい、今は片付け終えて移動して、私の部屋の中で駄弁っている。
沙絵が、私達の分のお昼を作ってくれるらしいから、それまでの暇つぶしだ。
「あの道場、凄い古そうに見えたけど、中はしっかりしてたよね」
「チンケなとこでしょ」
「いやいや、全然。小さいだけで、部活で使ってるとこよりもしっかりしてた」
「そう?まぁ、私達も滅多に使わないから、劣化してないだけさ」
そろそろ外にいると暑さを感じる季節。
何気なく部屋の外に目を向ければ、この間までは葉の付いていなかった木々が緑色に彩られている。
「にしたってさ。正臣、また強くなったんじゃない?こちとら、この間のでちょっとは強くなったかなって思ってたのに」
「ハハハ…沙月みたいに真剣で斬り合いだなんてやってないけど、俺もそれなりに真面目にやってるからね」
「それなりって強さじゃないさよ。あぁ、この間の、耳生えてる時位ならまだなんとか…」
「それ絶対竹刀じゃ無いだろ」
「まぁ。でも、なぁ…中学までに1回は負かしてやりたかったよ。もう無理じゃん」
冗談っぽい声色で言うと、正臣は控えめな笑みを浮かべた。
「流石に、俺も、もう負けてらんないしな」
「入部してすぐ3年までを全員打倒した子は違いますね」
口元をニヤつかせつつ、ジトっとした目を正臣に向ける。
その目には、ほんの少しだけ緑色の光が宿っていた。
「嫌味だな。元々、中学までで負けた事のない相手には負けないさ。それに沙月、1回は負かしたいだなんて言ってるけど、練習で何本も俺から1本取ってるじゃないか」
「練習でしょ。遊びみたいなのでとってもねぇ…」
「あれな、悔しかったから、言わなかったけど、何回かやられてるんだ。そもそも、練習でも、敢えて打たれようって決めて無い限り、同世代の奴に打たれたこと無いんだぞ?」
正臣にそう言われて、私はムッと口を閉じる。
彼の顔は、ちょっとだけ恥ずかし気。
こと、剣道の事になれば人が変わったかの様に強気一択になる正臣にしては、珍しい事もあるものだ。
「沙絵さんとか、八沙さんとか。刀で斬り合ってた時代を知ってる人に教えられてたんだろ?…そういう人、今時居るわけないし、生きてないからさ。その手の人に教わってるのを相手にするのも、新鮮で発見があるって言うか…」
頬を少し赤くしたまま話す正臣。
「今日も、本当はもうちょっと続けたかったんだよね。おぉ…って感じでさ」
正臣が話していると、不意に部屋の扉がノックされる。
ビクッとなる私達。
「沙絵?」と私が尋ねると、ゆっくりと部屋の扉が開く。
「お食事の用意が出来ました」
扉を開けたのは沙絵だった。
落ち着いた口調、だけど、その顔はちょっとだけつまらなさそうな顔。
私と正臣は、顔を見合わせてから、沙絵の方に向き直る。
「どしたのさ」
「いえ、近頃の男女の会話がどんなものか聞いてみれば、ずっと剣道のお話しかしてなかったので」
「聞いてたな!?」
悪びれもしない沙絵に、私はちょっと声を荒げる。
間違いなく、顔は赤くなってるだろう。
「そういう関係じゃない位、知ってるでしょうに」
「はい。それでも必要とあらば止めに入ろうかと思ってたのですが」
「無いよ、そんなの」
真面目なトーンを変えない沙絵に呆れ顔を向けつつ、座っていた椅子から立ち上がる。
沙絵が来てから、何とも言えない顔を浮かべていた正臣もそれに続いて、私に並んだ時、ボソッと呟いた。
「どう反応すれば正解なんだ?これ」
「いい!性悪天邪鬼の事は気にしないで、行きましょう」
そう言って沙絵の方をジッと見据えると、彼女はすました顔のままそれを受け流した。
「冗談はこれ位にして、沙月様」
部屋を出る間際、声のトーンを変えずに沙絵が呼び止めてくる。
「何?」
「楓花様から連絡が入ってました。スマホにかけても繋がらないからと」
「あぁ、道場にいたからだ。どんな用事か分かる?」
「いえ、後でかけなおして欲しいとのことでした。急ぎでは無いようです」
「分かった」
部屋を出て、廊下を歩きながら言葉を交わす。
ついこの間まで、白い息が吐けるほどに寒かった廊下も、今くらいの季節になれば、丁度いい涼しさ。
部屋から居間に移動すると、広さの割に人気を感じない、殺風景な居間が目に映る。
「母様と父様は?」
「倶知安の方で防人のお仕事を。大剛様はイベントのお手伝いとかで休日出勤ですね」
「そう。じゃ、沙月1人?」
「そうですね。私の配下も、沙雪様に回したり、別件で動いてたりで、今は私だけです」
他愛のない確認をしつつ、お昼にしては多めな量の料理が並んだテーブルにつく。
私は兎も角、正臣はその量を見てちょっと引き気味に見えた。
「沙絵、気合入れたね?」
「少しだけ。多いようで、品数だけですよ」
「良いんですか、こんなにしてもらって」
「全然。沙月様の我儘に付き合ってもらってますので」
湯気が立ち込める品々。
「すいません。ありがとうございます…では、いただきます」
「いただきます」
箸を手にすると、手を合わせてから料理を突き始める。
適当に取って食べ始めて、改めてテーブルを見回せば、普段、滅多に作らない品がチラホラと見えた。
「美味しい」
淡々と食べている向かい側、正臣は目を細めて次々と食べ進めていく。
細身な割に大食いなのだが、その様子を見ていると、ちょっとだけ彼が普段と違って見えた。
「沙月様も、そろそろ料理の1つや2つ、覚え時ではないでしょうか?」
「暫くはまな板が血だらけになるだろうよ。”呪符”で傷を消せるようになったら、やっても良いのかもしれないけど」
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