97.普段と違う景色の中で、不意に我に返る時が楽しい時だと思う。

普段と違う景色の中で、不意に我に返る時が楽しい時だと思う。

普段と違う場所に身を置いて、身の置き方もあやふやな時。

そういう時に、ふと自分を上から見れたとき、その瞬間、何故か楽しくなってくるのさ。


「ん、あれ?そういえばさ、バスの時間、大丈夫なの?」


ゴールデンウイークの最終日。

朝から穂花と楓花に攫われて、色々と弄られて繰り出した小樽の街中。


無事に、いや、半ば強引に駆り出されたのは、ゴールデンウィーク前に学校で話していたクラス会。

大人数で遊ぶなんて事は、今までの人生で滅多に無いことだから、居るだけでお腹いっぱいだ。


「大丈夫なのです。今から出ても、次に出るバスは8時過ぎなのですよ」


午前中のうちから外に出て、早めに合流できる同級生たちと適当に練り歩いて、お昼を食べて、更に同級生たちが増えてって…

更に色々と回って巡って、気づけば、駅近のカラオケに入って、今は日が暮れる時間帯。


ちょっと涼もうかと、部屋の外に出て、ドリンクバーの傍までやってきた時。

そこに、空のコップを手にしたジュン君がいた。


「へぇ。それが最終バス?」

「そうなのです。なので、あと2,3曲は歌えますよ」

「元気だねぇ…1曲歌って喉ガラガラさ」

「沙月はちょっとお疲れ模様ですね。何があったかは穂花から聞いているのですが」


偶々会って話し込む。

こういう何気ない場面も、こういう滅多に来ない場所だと何処かテンションが違うもの。

ジュン君に苦笑いを向けると、彼女はスンとした表情をこちらに向けて手招いた。


「ボクと正臣も、昨日までの大枠を知ってるのです」

「穂花と楓花から聞いたな?」

「いえ。沙絵さんからですよ」

「え…?」


大音量の世界から、一歩離れた静かで暗い場所。

ジュン君は、スマホを取り出すと、少し弄ってから画面を私に見せてくる。

そこには、いつの間にか沙絵と繋がっていたトーカーのやり取りが映し出され、会話の流れの中に、朝一に見せられた私の画像があった。


「可愛い格好ですねと思ったら、一緒に送られてきた文が重くてビックリしたのですよ」

「アハハ…沙絵め、こういうのはちゃっかりしてるな」

「ボクは穂花達程詳しく無いのです。でも、沙月が遠くに行っちゃうのは、嫌ですから」


スマホを仕舞いつつ一言。

私はどういう顔を浮かべれば良いのか分からず、曖昧な顔を浮かべる。


「協力出来る事はするのです」

「ありがと。まぁ、ただ、お札に触れずに過ごせってだけだから」

「そうじゃないのですよ。多分、沙月、偶に何か使ってるのです」

「どうだったかな」

「ボクも、天狗の末裔なのです。ちょっとピクっと来るときはあるのですよ」

「そうなの?」

「偶に、正臣に憑りついた悪霊を祓ってますよね?その時は、あぁってなるのです」


そう言ってジッと私の方を見つめてくるジュン君から、少し顔を背ける。

その後、ちょっと間を置いた後で、彼女の方へ向き直り、小さく両手を上げた。


「今日からはそれも無しさ。今朝、沙絵に全部取られた」

「そうなのですか。なら、暫く、沙月は"ただの人"なのです」


ジュン君が言った何気ない一言。

"ただの人"、それが、今日の私には程良く突き刺さった。


「あ、しんみりさせちゃったのです」

「え?いや、全然。寧ろ、沙絵に言われたって教えてくれて良かったくらいなんだけど」

「よかった。そういうわけだから、沙月」

「ん?」


普段の口調が崩れたジュン君。

こちらをジッと見つめて、ほんのちょっとの間。

店内の喧騒がより一層強く聞こえてきた。


「ボク達で、これから、沙月を少しずつ人に戻して行くのですよ」


そう言って、ちょっとだけキメ顔。

ボーイッシュなジュン君に良く似合う、可愛い顔。

私は小さく笑みを浮かべて頷いた。


「今はちゃんと、人でしょ」

「そうですね。今の沙月は、ちゃんと人です」


当たり前の事を言って笑いあっていると、丁度、皆が歌っている部屋の方から1人誰かがやって来る。

誰かの人影に、私達は一瞬口を閉じたが、やって来たのが正臣だと知ると、2人そろってホッとした。


「なんだその反応は」


空いたコップを手にした正臣が、私達の反応を見て苦笑いを浮かべる。

私達は、顔を見合わせると、首を傾げた。


「なんでもないのです」

「何でもある奴に限って、そう言うんだよね。ま、組み合わせで察せるけどさ。昨日、沙絵さんから来た話の事でも喋ってた?」


私達の反応を見ながらそう言って、ドリンクバーの機械にコップをセットする正臣。


「当たりなのです」


ジュン君が頷いて答えると、正臣は「やっぱりね」と言って機械のスイッチを押す。


「ま、誰も来ないだろうけどさ。俺じゃなかったら、ちょっとヤバかったね」


そう言って、コーラが入ったコップを手に取る正臣。

それを手に、こちらの方に顔を向けると、その顔は薄っすらと苦笑いを浮かべていた。


「俺があれやこれや言ってもねって感じだし。馬鹿みたいな質問していい?」


そう言って、コップに入ったコーラを一口。

私とジュン君は、コクリと頷いた。


「あの耳さ、ちゃんと機能してたの?」


頷いた直後に問われた質問。

それは、ちょっとだけ張り詰めた様な空気を壊すには十分だった。


「は?」


ピシッと空気が壊れた音が聞こえた様な気がする。


「ふっ…」


私は呆気に取られて固まって、ジュン君は少し黙り込んだ後で、クスッと笑い出した。


「いやさ、沙絵さんから、メッセージ飛んできて、読んでさ、こう。真面目な感じにはなったんだ。でも、変に重いのもなぁって」


固まった私に弁明する正臣。

その姿は、何処か必死そうに見えて、そう思えてくると、私もジュン君に釣られて笑えて来る。


「クックッ…フフ…ァハハ!正臣、その度胸は褒めてあげる」

「で、どうなのさ。あの耳、聞こえたり動かせたりするの?」

「聞こえるし、動いたよ。不思議なもんでさ、ちゃんと聞こえ方も違ったの」


大真面目に答えると、私は異境での感覚を思い出し、ちょっとだけ体が軽くなる。

すると、笑っていた2人の表情が一瞬のうちに消え失せ、そして引きつった。


「沙月」

「あァ…ごめん、昨日の今日だかラ。大丈夫、ちゃんと、制御出来るからさ…」

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