幕間:その弐

96.写真の中だと、ちょっと良く見えてしまうのが不思議だ。

写真の中だと、ちょっと良く見えてしまうのが不思議だ。

例えその時、どれだけ自分が嫌な思いをしていても、苦しんでいたとしても、不思議と見ていられる。

それが、普段の自分と違えば違う程、何故かジッと見入ってしまう…ナルシストじゃないのにね。


「待って。穂花、その写真はどこから?え?楓花も?いやいや、待ち受けにしないでよ」


本家から帰って来た次の日の早朝。

ゴールデンウィークも最終日となる、5月7日の朝6時過ぎ。


沙絵に起こされ、眠い頭と顔と、微かに残ってる妖の風格を晒していた。

穂花と楓花が来ているからと、準備する間も無く玄関先に向かわされた私は、「おはよう」の挨拶の後、唐突に見せられたスマホの画面を見て、完璧に目が醒める。


「可愛くて良い写真でしょう?」


ずいっとスマホ画面を向けながら、穂花が一言。

彼女の画面は、画像の表示画面。

その横に居る楓花が見せてきたスマホの画面は、ロック画面。

共に、全く同じ画像が映っていた。


「良いでしょって、それ、それ…あぁ!沙絵ぇーーーーー!」


朝一の玄関先で沙絵の名を叫ぶ。

2人のスマホに映っていたのは、"狐耳"が生えた"異境"の中での私の姿だった。


「沙月様、まだ朝も早いのですから叫ぶのは止してください」


叫んですぐ、どう考えても近くに潜んでいたであろう沙絵が姿を見せる。

その表情、眉が下がって、目を細めて、口元をふやかせたその顔は、間違いなく悪戯に成功したといった顔だ。


「止してくださいじゃないでしょ!その、写真撮るのは、何時撮ったか知らないけど、まぁ、まだいいけど。それを穂花達に見せちゃ駄目でしょ!?不味くないの?」

「沙月様。よく見てください。何も、問題ないじゃないですか」

「ふぇ?」


捲し立てた私に、沙絵は冷静に答える。

勢いを削がれた私は、彼女のいう通り、もう一度2人のスマホの方に目を向けた。


そこに映っているのは、"異境"での私の姿。

白菫色の髪の上、白菫色の毛に覆われた"狐耳"をピンと立て、斜め後ろにあったであろうカメラの方へ振り向いていた。


場所は、白い壁から察するに、モトの部屋だ。

そんな場面があった覚えは無いのだが。


服は、段陀を"隠す"直前の格好。

白を基調に、藍色の水玉模様が彩る、質の良い和服。

腰にぶら下げた刀もバッチリと映っている。

そんな奴の肌は、病的なまでに青白く、カメラの方を向いた藍色の目は、心なしか何時もの私以上に鋭い様に感じた。


「見つかった所で、コスプレにしか見えませんよ。本当ならば、ちょっと見える手首の当たりに呪符が巻かれてたりするのですが、それは画像加工で隠してます」

「隠してますってさ…まぁ、あの部屋の中だけどさ」

「なので、無問題ですよ」


ニヤニヤしたまま言い切る沙絵。

その顔にジトっとした目を向けてから双子の方に振り向けば、2人も沙絵と似たような顔を浮かべていた。


そして、3人は、1歩、私の方ににじり寄ってくる。

示し合わせた様な動き。

同時に、3人の表情が一気に消える。

別に怖くは無いのだが、別の方向で危険な何かを感じ取れた。


「沙月、ここからは真面目な話よ」

「この格好、かなり"向こう側"に近づいたそうじゃない」


低く、艶やかで、何処か艶めかしい声色。

私は顔を引きつらせて頷いた。


「沙絵さんから、昨日連絡を貰ってたの」

「暫く、"お仕事"はしないで、人と接してなきゃ駄目だってね」

「だから沙月、私達が早起きして、家に来たのはそういう事なのよ」

「沙絵さんも妖でしょう?今は少しでも離れていた方が良いらしいから」


穂花と楓花が交互に話してくる。

2人を交互に見つめながら、私は引きつらせた顔を何度か縦に振った。


「「明日から、また暫く家で過ごす事になったわ。だから、準備して」」


最後に、トドメの一言。

キリキリと、沙絵の方に顔を動かせば、すまし顔に戻っていた沙絵は何も言わずに頷くのみ。


「沙絵、そう言うのは早く言ってよ」

「昨日はまだ、"妖"の沙月様が残ってましたからね。刺激するのは怖かったんですよ」


沙絵の言葉に、一昨日の"隔離部屋"で言われた言葉を思い出す。

結局、あの後、狐耳が消えるまであの部屋に繋がれて、消えた後は寝る間も惜しんで残った"防人"の家系に謝って回ったのだ。


「知ってると思いますが、その傷は、妖に近づけば近づくほど深く広範囲に広がってきます。逆に妖から離れれば、その傷は消えていく。せめて、ゴールデンウィークより前の状態にしておかなければ、沙月様は呪符すら手にしてはなりません」


さっきまでの悪戯態度は何処へやら。

私は何も言えずに頷く事しかできない。


「さて」


沙絵は少し間をおくと、仕切りなおすように言った。


「準備の方は、実は済んでいます」


再び沙絵の表情がニヤリとふやける。

そう言って指した先、昨日まで私が引いていて、仕舞ったはずのキャリーケースがそこにあった。


それを見て、呆然とする私。

沙絵はキャリーケースの所まで行って、それを引いて戻ってくる。


「学校の道具に着替え類だけですが」

「必要になれば、その都度戻ればいいものね。家、一応隣みたいなものだし」


言われるがまま、沙絵にキャリーケースを押し付けられる私。

朝起きて、まだ10分も経っていない中で、私の1日は凄い始まり方をしてしまった。


「あぁ、忘れていました、沙月様。ちょっと失礼」

「え?沙絵?ちょっと…!」


最早私は3人にされるがまま。

有無を言わさず、沙絵は寝間着の中に手を突っ込んでくる。

少しだけ弄られて、パッと抜けた手に握られていたのは、寝間着に仕込んだ呪符の数々。


「色々な場所に仕込まれていましたが、それも全部抜いてますので」

「まぁ、それも、そうだよね。うん…」

「あと沙月、これね」


沙絵に呪符を抜き取られた直後、背後から楓花の声。

それと共に、私の頭に何かが載せられた。


「ん?」


カチューシャの様な物が乗せられた感触。

すぐに振り向くと、穂花が手にするスマホの画面に私の顔が映された。

今の髪色に合わない"黒い"狐耳が付けられた私の顔…穂花はニコリと笑みを浮かべる。


「それはそうと、あの狐耳姿。中々に可愛かったから、何処かで、"表の顔"の時になってもらおうかしら…なーんて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る