94.色づいた世界よりも、この前までのオレンジ色の空の方が味がある。

色づいた世界よりも、この前までのオレンジ色の空の方が味がある。

折角、現実の世界とは違った世界に来ているというのに、色味が同じであれば、ちょっと損した気分になる。

それだけ、この異境の街には、オレンジ色の空と、暗い色合いが似合っていた。


「沙絵から連絡来てますよ。"帰ったら覚えててくださいね"だそうです」


全てが終わった後。

すぐに異境から離れず、一度身なりを整えなおして、再び碁盤の目の街に繰り出していた。


「覚えてるも何も、多分、この間以上に酷い目にあってるさ」


通りを歩きながら、付いてきてくれた八沙の言葉に、そう返して苦笑いを1つ。

八沙は、似たような笑みを浮かべると「確かに」と言って手にしたスマホを弄りだす。


「良く止めなかったね。私が、こっちでお昼食べてから戻りたいだなんて言って」

「まぁ、ここまで来てしまえば、誤差の範囲ですから。その耳もこちらで治らないですし」

「そう」

「それに、沙月様、この空気は暫く味わえないでしょうから。良いと思うんです。あと少しくらい、ここに浸っても」


碁盤の目の通りを歩く私達。


「でも、帰ったら沙絵に詰められる訳だ」

「沙絵だけじゃ無いですよ。沙雪様に、沙千様に、本家の者…今日は眠れないでしょうね」

「明日、飛行機の中で熟睡かなぁ」

「飛行機に乗ったら、ずっと外を見て目をキラキラさせてる人には難しいでしょう」

「確かに」


銭湯に浸かって、服も着替えて、刀は部屋に置きっぱなし。

今の私達は、この異境で暮らす妖達そのもの。

パッと見は、最早通りを歩く妖達と同化しきっていると言って良く、何時ものように「ヒト」だなんて言われて指をさされる事も無かった。


来た当初は、オレンジ色の空だった。

今見える空は、現実と同じ青い空。

その下に広がる世界も、歴史絵の様な、独特で暗い色使いではなく、京都の下町のような、何の変哲もない色に変わっている。


妖達もそう。

来た当初は、毒々しい色合いに見えていたのに、今では「人」と大差が無いように思えていた。


「それで、何処に連れてってくれるの?」


碁盤の目の中を、適当に歩いているわけじゃない。

もう少し残りたいといった時、八沙に「なら、良い店知ってますよ」と言われて今に至るのだ。


「ちょっと、歩いてますが、そろそろ着くころです」


色々な事があった異境での、最後の食事。

"白い提灯が5つぶら下がった"通りは、さっき破壊してしまったから、行けるはずも無く。

ならばと八沙の提案に乗ったは良いが、やってきたこの辺りは、今回の件でも来ることが無かった通りだった。


「また、昔の友達のお店?」

「いえ、この異境がこうなってから見つけた店ですよ」

「へぇ」

「ちょっと、この異境らしいメニューではありませんが」

「全然、拘りないから大丈夫。何のお店?」

「カレーライスです」

「え?」


見覚えのない通りを歩きながら、八沙から発された言葉に思わず足を止める。

彼はニヤリと笑うと、2歩先で足を止めて私が動き出すのを待っていた。


「嫌でしたか?」


八沙の問いに、首を振って再び足を踏み出す。

彼の横に並ぶと、また、さっきまでのペースに戻った。


「いや、カレーって。この辺、その手の具材?手に入るの?」

「どうなんでしょう。昔行った時は、防人の本家から"出入りを許された"妖が持ち込んでいたのですが…」


八沙の言葉に頷くと、少しだけ先から、カレーの様なスパイシーな香りが感じ取れた。


「あ、カレーの匂い」

「今はどんな手段で作ってるのでしょうね。僕も楽しみなんですよ。久しぶりに行くので」


匂いに釣られて、匂いの元まで歩いて行けば、あったのは他の通りにある長屋と何ら変わらない建物。


「あった。あれです」


鬼たちが営んでいた蕎麦屋の様な佇まい。

その様を見て、微かに表情を苦いものにすると、暖簾を潜って店に入って行く。


「ラッシャイ!」


人によく似た姿をした妖が出迎えてくれる。


「2人ね」

「ハイヨ!ソコ、アイテルトコ」


今は、お昼を少し過ぎた頃合い。

客の入りは疎らで、お昼の混雑を上手く交わしたようだ。


「空いてましたね」

「計画通り」


すんなりと席に着いた私達。

妖が、日本のレストランの様に、私達2人にお冷を出すと、メニューを置いて去って行く。


「さてさて…」


会話する前に、メニューを開いて品定め。

メニューも、これまでの店のような、時代劇風?なそれではなく、近代的?な冊子だ。

妖文字と、恐らく出て来るモノを描いたであろう絵、そして値段。


「ほぅ…上手い絵だ」

「なんか、"よしみの"みたいですね」

「ぎょうざもあれば、完璧にそこだったよね。あ、天ぷらはあるんだ…」


北海道にあるカレーのチェーン店を思い出す品揃え。

八沙も似たような感想を持ったらしく、そう言い合って口元をニヤつかせる。


「決めた。中辛のカレーに、温玉と天ぷら乗っけたのにする」

「なるほど、そう来ましたか。僕は…激辛とサラダで行きましょう」


注文を決めて、さっきの妖に注文を告げて、待ち時間。

椅子に浅く座った私は、深い溜息をついた。


「今回は、ちょっと想定外でしたね」


溜息を付いて、呆けた顔を晒した私に、八沙は苦笑いを浮かべる。


「えぇ。拠点だけ見っけてさ、さぁ帰ろうってとこからアレだもの」

「そんなものです。沙雪様がここで働いた時も、似たようなことがありましたっけ」

「ただのお使いとか言ってたけど」

「あれがただのお使いなら、今回の沙月様の件も、"ただの家探し"ですよ」


そう言って笑った八沙の前。

私は表情を戻して、浅く座った姿勢を正す。


「じゃ、母様も、ここで何かあったんだ」

「帰ってから聞いてみては如何です?」

「絶対はぐらかすって」


私はワザとらしい、つっけんどんな口調でそう言って笑うと、八沙は浮かべていた笑みを崩さず口を開いた。


「どうでしょう。沙絵とここに来る前、「アタシも行く!」って聞かなかったんですよ?」

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