93.苦しんでる様を見て、「明日は我が身か」と思えなければ終わりが近い証拠だ。

苦しんでる様を見て、「明日は我が身か」と思えなければ終わりが近い証拠だ。

何時だって、上手くいった後に、憂鬱な時間がやって来る。

「今回は運が良かった」って常に思ってないとね、呆気なくやられたくは無いのだから。


「ホー、ヤルコト、もうないよね。あの様子じゃ」


刀を収めた後は、呪符の一枚すら取り出さなかった。

段陀の纏っていた霧はとっくに晴れ渡り、私の傷口から噴き出ていた靄は、ついさっき収まっている。


今は、普段通りの青い空が空に広がり、その下の通りは、ちょっとした"お祭り"が行われている以外は、何時も通りの色を取り戻していた。

何時も通りと言えど、さっきまでの一幕のお蔭で、通りに面した建物の殆どが何らかの損傷を負っているが…まぁ、1月もあれば治る範疇だろう。


「あれ、私に向けて蹴って欲しくないなぁ…大丈夫だよね」


"白い提灯が5つぶら下がった"通りのド真ん中。

ちょっと離れた所では、段陀だった何かの悲鳴が聞こえてきていた。

その周囲には、百鬼夜行によって呼び出された妖達。

段陀をサッカーボール代わりにして遊んでいる様だ。


「エカキ、ハデニ、ヤッタネ」


呆然と、冷静さを取り戻して立ちつくす私。

立っている場所のすぐ横にある茶屋の主人が話しかけてくる。

その声に、ゆっくりと顔を向けると、妖は小さく悲鳴を上げた。


「何?」


その悲鳴には何の反応も見せずに尋ねてみる。

妖の表情は、何とも言えない表情のミックスだった。

引きつった表情と、ちょっとの怒りと、恐怖。

それらを上手く混ぜ合わせた顔がこちらに向けられている。


「ツヨイナー」

「それほどでも」


ちょっとの間の後で投げかけられた言葉に、適当な返事を返すと、足を踏み出した。

そろそろ"お開き"の時間だ。


「この様の代償は、防人の担当に払わせてやって」


妖の方に顔を向けずにそう言うと、ボロボロになって、血だらけになった和服の中から"赤紙の呪符"を1枚取り出して、玩具にされている段陀の元へと歩いていく。


「八沙」


私よりも近い位置で惨状を眺めて居た八沙に話しかける。

彼は、私の声を聞くと、驚いた様な顔を見せてこちらを振り返った。


「沙月様。"戻って"来られたのですか…?」

「さぁね。妖言葉になってない?」

「ちゃんと、日本語ですよ。格好は、変わりないですが」

「そう。じゃ、この聞こえ方は、まだ頭の上の狐耳からか…通りで聞こえが良いわけだ」

「やっぱり人の耳と違いますか?」

「全然違う」


緊張感のひとカケラも無い会話。

手にした"赤紙の呪符"を金色に光らせると、眼前で行われていた袋叩きが一瞬のうちに止まる。


「この間とは大違いですね」


八沙の声。

目の前では、百鬼夜行の妖達が私の方に振り向いて、目の前にズラリと整列していた。


「なんでこんなに聞きわけが良いの?」

「そりゃあ、妖は弱肉強食なんです。今の沙月様にぃ、逆らう妖はそう居ませんって」


素直な問いに答えたのは、ほろ酔い程度には酔っている沙絵だった。

その横、この間まで敵だったはずの是枝陀先生が、沙絵と肩を組んで、奇声を発しながら、手にした酒瓶を頭上に突き上げる。


「者どもぉ!この娘にぃ、今更逆らえるかぁぁ!!??」

「否!我が身を懸けて従うのみ!」

「者どもぉ!この娘にぃ!出来ることはあるかぁぁぁ!!??」

「応!我が身を懸けて従うのみ!」


先生の掛け声に反応するのは、すっかり出来上がった妖達。


「……」

「……」


その様子を見ている私と八沙の顔は、何とも言えない具合に引きつっていた。


「クック…クク…フッフ…ちょっと、理解が追いつかない」


笑って良いものだろうか。

目の前の皆からは、この間までのような"出て来てやったんだから好きにさせろ"的な空気は感じない。

手をそっと上に掲げてヒラヒラ振って見せると、目の前の妖集団はシンと静まり返った。


「往来の真ん中で騒ぎ過ぎないの」


ちょっとだけ冷静な声色で、一言そう言うと、妖達は黙り込む。

顔を真っ赤に上気させたまま、私の声を待っていた。


「沙月様、終わらせましょう」

「そうだね」


八沙の言葉に答えると、私は金色に輝く"赤紙の呪符"を手にしたまま、ゆっくりと一歩足を踏み出した。


「どうぞ。沙月様」

「入舸さん、やっちゃって」


沙絵と先生がパッと離れて道を開ける。

その後ろにいた妖達も続いて道を開けた。


「段々と、自分が怖くなってきたよ」


八沙は沙絵の所で足を止めたから、これはただの独り言。


「このまま、全部終わって現実に戻ったら、私、死ぬんじゃないのかなって思う位に」


左手に宿る輝きは、さっきよりも明るさを増している。

その光は、通りがかりの妖が目を背ける程に眩しかった。


「なぁ、段陀沢。防人の仕切ってる土地で人転がしとはぁ、随分な博打に出たもんさ」


向かった先、妖達が作ってくれた道の先に転がっていたのは、段陀の成れの果て。

28号達の"本体"である霧は最早消えかけで、人に化けた箇所は血塗れの肉片。

愛用していた、金のかかってそうな黄色いギターは、私が真っ二つにした以上に、木端微塵に破壊され尽くされていて、段陀の肉片と共に散らばっていた。


「事情聴取は、本家が担うし、その相手も、アンタじゃなくってさ、あの袋に詰め込まれた葉津奇だ。つまりは、アンタには、ここから消えて貰わなけりゃならねってわけさ」


意図的に"訛り"を強めた口調。

徐々に、私の中の"人"の部分が戻って来ている様な気がする。


「我々防人は、妖を何処かへ隠すことしかしないのさ」


そう言って、パッと呪符から手を離す。

刹那、眩いほどに光り輝いていた"赤紙の呪符"は、更に光を増幅させた。


「また、何処かで。もし、貴方が、達者に出来ていたのなら」


その光を腕で遮りながらも、別れの言葉は終わらない。


「何処か遠くで、貴方が浄化される日が来ることを、祈ってますよ」

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