92.仕上げに掛かるときは、それまで以上に時間をかけたい。

仕上げに掛かるときは、それまで以上に時間をかけたい。

もう終わりだという時は、出来る限りさっさと済ませてしまいたいと思うものだ。

だけど、そういう時は、今まで以上に手間をかけて、もっと上を目指せる瞬間なのさ。


「クソ!」


シンプルな悪態が耳を通り抜ける。

すっかり空の青さが戻った、"白い提灯が5つぶら下がった"通り。

纏う霧は全て段陀の体を構成するために消え失せて、私の放つ黒い靄も、呪符と共に薄まった今。


「ソロソロ、ミセジマイ。イヤ、マダ、ハヤイカ」


目の前に居るのは、3本の弦を失ったギターを乱雑に書きならす段陀の姿。

通りの店は私の放った呪符に破壊され、薄っすらと土埃が立ち込めていた。


弱々しい弦が放つ斬撃は、最早痒い以外に感想が無いほどに威力が無い。

霧になった段陀の顔、人としての顔が見えなくなっても、どんな顔をしているのかは想像出来る。


「クルナ!クソ!クソ!クソガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


弱々しいギターの音色と共に、後退する段陀。

私は、その様をニヤニヤしながら追い詰めていく。


ゆっくりと、一歩一歩。

ここから、ちょっと足に力を込めれば、刀の間合いに収まってしまう。

そうすれば、背後で賑わう百鬼夜行も、店じまいの時間。

終わらせても良いのだけど、もう少し、楽しんだってバツはないだろうさ。


「ドウシタ、サッキマデノ、ヨユウハ」


通りは、まだまだ先が長い。

私をじっと見据えたまま、逃げまどう段陀には、そんなことを確認する余裕はないだろう。

百鬼夜行の喧騒から少し離れて、周囲を歩く"一般の妖"達が、私達の事を遠巻きに眺めて居る事すら、彼の目には入っていない。


「アァ…アアアア!」


乱雑なギター捌き。


バツン!


弱々しい音色の中に混じったのは、弦が切れる嫌な音。


「アト、ニホン、ダナ。セイビ、シトケヤ」


ギターの音色が聞こえなくなった。

私はニヤついていた口角を更に吊り上げて、一歩足を大きく踏み出す。


「クッ…」


遂に背を向けて駆けだす段陀。

逃すまいと、刀を持っていない方の手で呪符を取り出し、それを"真っ黒"に染め上げる。


「ニゲナイデ。コッチキテヨ。ダンダン」


後を追いかけ、手にした呪符を頭上に掲げた。

段陀の前、進路を塞ぐように、通り一杯に"黒いサークル"が出来上がる。


それを見て、段陀は急ブレーキ。

雨上がりのぬかるみが残っていた通りの上で、すぐに止まれる訳が無い。


止まらず、遂にはこちら側に体を振り向かせてまで止まろうとした段陀の奥。

段陀がこちらに向き直って、霧と化した顔の部分が私の方に向いた時。


「ホーラ、オイデ。ダン、ダン?」


私はゆっくりと呪符から手を離す。

目の前、真っ黒に染まったサークルが、一気に破裂した。


「…ウァアァアアアアアア!!!」


止まろうともがいていた段陀。


「オイデ、オイデ」


サークルに背を向けたその姿は、爆風と共にこちらに飛んでくる。

ヒュウと宙に浮いて、こちらに向かってくる。

霧の体と人の体、ギターを手にして離さない、気色悪いキメラを見据えた私は、手にした刀を両手で持ち直して立ち止まった。


「チクショォォォォォォォォォォ!クソガァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


霧から発せられる段陀の叫び声。

そこに、ギターの音色は既に無い。

周囲の妖達の叫び声の方が大きく聞こえる位だ。


「……」


ゆっくりと、吹き飛ばされてくる段陀を見据えて待ち構える。

スッと、体を半歩横に逸らして、手にした刀を構えた。


一閃。


重い手応え。

耳障りだった段陀の叫び声が消え失せた。


「ゲン、キレタ。オマエノ、マケ」


ドサッという、霧にしては重たい着地音。

叫んでいた周囲の妖達は、一様に言葉を失っていた。


振り向けば、真っ二つに斬られたエレキギターと段陀の姿が目に映る。

霧状の体は真っ青に変色しており、人の体を真似た部分からは緑色の液体が漏れていた。


「沙月様!」


段陀の方を振り返り、段陀の成れの果てを眺めていると、奥から八沙の声が聞こえてくる。

顔を上げてみれば、透明な袋を手にした八沙がこちらに駆けてきていた。


「……フム」


八沙の後ろ。

百鬼夜行の妖達が、全身を"運び人"の血の色に染めた姿で歩いてきた。


「チョウド、イイカ」


沙絵を先頭に、この異境で出会った妖達や、小樽に居るはずの鬼たち。

この間"隠して"、今では私に"従う"とまで言った是枝陀先生…

どれもこれも、私が"描いて"、"取り込んだ"腕の立つ妖達だ。


「こちらも終わったようですね」


八沙が私の傍までやって来た。

納刀して頷くと、彼が手にした袋を見下ろす。

手にした袋、その中には、唖然とした顔で固まる葉津奇の首が入っていた。


「ヒトリデ、ジュウブン?」

「はい。こう見えてもこっちがリーダー格なので。段陀は賑やかしみたいなものです」

「ソウ」


通りのど真ん中。

私と八沙と、百鬼夜行の皆との間で無様に転がる、虫の息状態の段陀を見下ろした。


「ホットケナイヨネ」

「ええ。何処かに隠さないといけませんね」

「コノジョウタイデ?コノテイドノ、ジョウタイデ?」


意地の悪い質問。

八沙は私の言わんとしている事が分かったのか、似たような笑みを浮かべて頷いた。


「ヨーシ、ミンナ。サイゴノ、オモチャガ、デキマシタヨ」


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