91.相手の本性を見てしまえば、後の処理は容易い。
相手の本性を見てしまえば、後の処理は容易い。
本性を見せてくれるまでに、どれだけ苦労したかにもよるけれど。
苦労すればするほど、本性を見てしまった後は呆気ないものさ。
「キリキザンデヤル」
霧が薄くなっていく。
青い空が頭上に見えるようになり、周囲の長屋の輪郭もぼんやり見えてきた。
それでも、私の周囲に纏わりつく黒い靄が、視界をそれ以上ハッキリと見せてはくれない。
目の前には、段陀が立っている。
ギターを下げた肩と両手以外は、最早人型の霧と化した28号の"本当の姿"。
私は彼の方に笑みを向けると、呪符を引っ込めて再び刀を抜いた。
「アト、ゴゲンノイノチ。カクゴ」
「くっ…」
「ホラ、ソロソロ、ニキョクメ、ヒイテヨ、ネェ!?ダンダン?」
周囲にいた"運び人"、攫ってきた人を運ぶ行列を成していた者達は、既に"百鬼夜行"の手によって始末された様だ。
霧が晴れてきた通り、金色の光があちこちに輝き、"運び人"特有の野太い断末魔が耳に届き始める。
「ナカマ、ヘッテクヨォ!」
その言葉と共に駆け出した。
段陀は後ずさり、ギターに手をかける。
霧で覆いつくした"臆病者の手口"はもう使えない。
「畜生!」
歪なギターの音色。
サイケデリックな音色が斬撃となって襲い掛かってくる。
薄っすら残った霧を刃に変えて、私の下に飛んできた。
「ホゥ」
乱雑に弾かれた音色。
幾つか飛んできた斬撃を刀で斬り捨て、そのまま真っ直ぐ段陀の方へと突き進む。
「ッ…!」
ちょっとでも"弱い"斬撃は、当たっても"気にならなそうな"斬撃は、そのまま体で受け止める。
その度に、和服は破かれそこから血が噴き出てきたが、その血はすぐに黒い靄に取り込まれた。
「化け物め!」
その様を見た段陀が苦し紛れに叫ぶ。
それを聞いて、私は更に笑みを浮かべた。
「イマサラダナ」
怯んだ段陀の足が鈍る。
トン!と地面を蹴飛ばし一気に距離を詰めた。
「サァ、ニゲロ、ニゲマドエ!」
刀の間合いに入る。
打刀の先、振るえば、ギターの弦にギリギリ触れるその間合い。
黒い靄の中から、即座に腕を突き出した。
一閃。
ギターの音色がまた歪む。
上から2本目の弦が、プッツリと途切れた。
切れる弦が最後に作りだした斬撃は、私の胸元を貫いていく。
「ァハハハ!ハァ…」
一気に血が噴き出る。
血は全て靄に代わり、私の周囲は更に黒く染められた。
「なんだよそりゃぁ!」
"黄色の呪符"の効果も、ここまで来れば"禁忌"に近い。
段陀には絶対分からない"手品の種"、私は答えずにニヤリとした顔を向けたまま、更に段陀に追撃をかける。
もう一閃。
段陀が向きを変える直前。
血を見て驚いた隙。
それを逃さずに振るった切先は、3本目の弦を切り裂いた。
「アト、サンボン!」
段陀は堪らず地面を蹴飛ばし上空へ逃れていく。
霧と同化した体が、空の色に紛れて隠れたが、黄色いギターが目立ちすぎだ。
「ノガサナイ!!!」
彼の後に続いて、刀を仕舞い、地面を蹴飛ばす。
ヒュッと一気に上空へ。
段陀が逃れた方を見ると、祭りから離れた先、"蕎麦屋"の近くまで逃げていた。
長屋の屋根を伝って逃げていく。
「ノガサナイッテ!!!!!イッテルダロォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!」
浮遊感に包まれた中。
血に染まった和服の袖から取り出すのは、5、6枚の呪符。
それら全てに念を込めて、真っ黒な光を宿すと、ちょっと先に居る段陀の方へ突き出した。
「ゴメンネェ!サキモリ、アトデ、ナオスカラァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
大量の呪符が作り出したのは、さっき段陀を囲った以上に大きな黒いサークル。
それが出来たのは、段陀の周囲ではなく、彼が逃れようとした先。
そのサークルが出来た途端、長屋の屋根を駆け抜けて行く段陀の足が止まった。
「げぇ!」
霧で出来た足が止まる。
不思議と、感触は霧じゃないらしい。
長屋の瓦、スキール音が響いていた。
「トマッテンジャネェ!」
足を止めた刹那。
私は手にした呪符をパッと離し、一気に急降下。
爆発、爆発、大爆発。
ぬかるんだ地面が派手に泥を噴き上げ、長屋の壁が木端微塵に弾け飛ぶ。
「ッ!!!!!!」
爆発は段々と"ダンダン"の元へ近づいた。
長屋の壁の破片、泥、そこから更に上へ上り、長屋の瓦の破片…
段陀の行く手を阻むように出来た爆発。
それが巻き起こした爆風と泥と埃と破片は、一気に段陀の体を包み込む。
「畜生ォォォォ!」
段陀の叫び声。
3弦しかないギターの音色は、弱々しくも、精一杯の強さで弾かれた音を奏でる。
泥も埃も破片すらも、まだまだ切り裂けるだけの威力で、私の体すらも貫いた。
段陀を包み込んでいた何もかもが、一瞬のうちに晴れ渡る。
黒い爆風、水を含んだ茶色い泥、灰色の埃に、無数の破片…それらが舞う中をかき分けて行けば、段陀の姿がハッキリと"見えてしまった"。
「ツ カ マ エ タ ! ! !」
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