90.ヨユウヲサラセバ、アイテガミセテクレルハズ。
ヨユウヲサラセバ、アイテガミセテクレルハズ。
こちらが煽れば煽るほど、相手はその気になって何かを"見せて"くれる。
そうじゃないときは、私が手玉に取られてる時だから、一気に背筋が凍り付くのさ。
「あぁん?」
青い光が霧の中を彩っている。
ここは、白い提灯が5つぶら下がる、"何時も"の通りのド真ん中。
普段、妖達が行き交う通りは、"百鬼夜行"の妖達が彩り、"運び人"を血祭りにあげていた。
その一角。
私は刀を手にして立ち竦む。
対峙している、段陀のギターの音色が止んでいた。
「その様で、何が間違いだ。」
斬撃が貫いた所から、ドクドクと血が流れていく。
脇腹と胸の傷は、服を貫き、その下に仕込んでいた"呪符"諸共切り裂かれていた。
その血の量は半端なく。
少し経つと、足元に血だまりが微かに出来る程。
それでも、私は余裕な態度を崩さない。
「マチガイサァ。トクニ、ココ」
そう言って指さしたのは、右の頬。
そこから流れる血は、首を伝い、白い和服を真っ赤に染めていく。
「なんだって?…なっ…」
段陀は怪訝な表情を浮かべたが、すぐにその意味が理解できたようだ。
右頬の傷。
その傷が更に深く抉られ、血と共に噴き出ているのは、"真っ黒い靄"。
段陀に纏わりつく霧が、私の周囲にまで漂っていた霧が、靄に染め換えられていく。
「得意の、手品、まだ、使えるかな?」
靄を吐き出す血を拭い、"あやふやな発音の日本語"で段陀を煽る。
彼の顔に、微かな翳りが見て取れた。
「試してみるかぁ?!」
ピックを持つ手が踊る。
弦が揺らぎ、甲高く響き出す"曲の続き"。
「!?」
その音は、さっきまでの音色と違っていた。
段陀の顔が歪み、私の顔は意地汚い笑みに溺れる。
「カンタン、カンタン」
不協和音の如く、ただただ甲高い雑音と化した音色。
霧を貫き、黒い靄すらも貫いて来ようとした斬撃の威力は、さっきとは雲泥の差。
呆気なく弾かれ、音が消えていく。
驚く段陀の目、ギターに注がれたその眼は、大きく見開かれた。
「弦が…!」
「ヒクマエニ、キヅケヨ。ハンパモノ」
段陀の手にする真っ黄色のギター。
6本の弦の、一番上が切れている。
「マズ、イッポン。アト、ゴホン。キレタラ、オマエヲ、キリキザンデヤル」
余裕の色が消えた段陀。
それをじっくり見つめた私は、ゆっくりと足を一歩踏み出した。
「くっ」
ギターを弄り出す段陀。
一歩、二歩、後ずさって距離を稼ぐ。
私は無理に追いかけず、ゆっくりとにじり寄って行った。
「カタナダケジャ、オマエ、キザメナイカラナァ!!」
段陀の様子を見て嘲る笑みを浮かべる私。
刀を鞘に収めると、代わりに取り出したのは、ただの"呪符"。
和服の裾に何時ものように仕込んでいた、白い"呪符"。
「ニゲロ、ニゲマドエ!」
手にして念を込めると、真っ黒な光を宿す。
黒い靄を纏った中で、彼に見えたかは知らないが。
「サァサァサァ!マツリ、コレカラ、ホンバンダヨ!」
真っ黒な光を宿したそれを、段陀に突きつける。
ギターに気を取られていた段陀は、反応が一瞬だけ遅れた。
「チィ!」
青に染まった霧と黒い靄の境界線。
私と彼の境界線。
段陀の周囲を、無数の黒いサークルが取り囲む。
その光は、光を反射しない黒から、徐々に光を反射する黒へと様変わり。
その感覚、サークルが放つパチパチとした音。
段陀には、何が襲い掛かるか分かったはずだ。
「畜生!」
パッと呪符を手から離す。
爆発音。
「ソーレィ!ァアアアアアアッハハハハハハハハハハハハハハハ!」
狂笑と共に、サークルが一気に"爆発"。
爆発を起こすとともに、爆風が彼を包み込む。
爆風が彼を包み込むその刹那、段陀は乱雑にギターをかき鳴らした。
爆発音の中から、歪なギターの音色が響く。
黒い靄、黒い爆風を、ギターの斬撃が貫き、その幾つかは私の体を貫いた。
「ッカハァ!!」
今度は首筋、そして右足。
斬撃が貫き、血が吹き出て、私はそこを手にした呪符で塞ぐ。
「ヤルゥ!サスガ!」
煽りを一声。
爆風の中、段陀を追いまわすような真似はしない。
足を止めて、ただ、黙って爆風が晴れるのを待つだけだ。
ギターの音色は聞こえない。
晴れていく爆風の煙。
その奥で、段陀はギターを下げて立っていた。
「ハァ…アァ…クソ」
煙の先に見えた段陀の姿、パラパラと、人の"皮"が剥げていく。
ギターこそ、何んとか肩から下げていたが、一部は人の姿を保てなくなっていた。
中性的な顔や、腹や足は、青い霧と同化しており、"本来の姿"が見え隠れしている。
「ナルホド。キリ、キレナイモンナァ…ドオリデ」
意地でもギターは手放さない段陀をジッと見つめて、底抜けの笑みを向けてやった。
「フジミダ。デモ、ハレナイ、キリハ、ナインダヨネ」
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