89.どこまでいっても、余裕な態度を崩したもん勝ちなのさ。

どこまでいっても、余裕な態度を崩したもん勝ちなのさ。

どれだけ追い詰められてても、どれだけ負けそうになってても、ずっと笑っていればいい。

最後には必ずその鼻をへし折ってやるって、そう思っていれば、きっと勝てるさ。


「よぅ、沙月ちゃん。待たせたなぁ」


霧が薄くなった頃。

通りを埋め尽くす祭りの喧騒はまだまだ止みそうに無い。

周囲の、私の配下ですらない妖ですら、酒を片手に踊り狂う中。

ギターを下げて、私の目の前に1人の男が降り立った。


「マッテタ。コロサレルワケ、ナイケド」

「どうだか。そういう奴は、最後に泣きっ面を晒すんだぜ」


どちらも余裕を崩さない。

互いに自然体で対峙する。


「ン?」


段陀の手にしているギターは、この間の時と違っていた。

黄色の色合いが妙に目立つ、ちょっと変わった形をしたエレキギター。

構えかけた刀を下ろして、首を傾げる。


「ソノ、ギター。アンプハ?」

「必要ないさ、そんなもの。音はコイツから出てねぇし」

「ムコウデモ?」

「ここだけだっての、馬鹿娘。こーんな感じでなっ!」


パッとギターを構えた段陀。

合わせて刀を構える私。


動く右手。

ギターの音色が響き渡る。


その刹那。

一呼吸遅れて斬撃が私を目掛けて貫いた。


一閃。

霧に紛れた音の斬撃を、難なく斬り捨てスッと刀を構えなおす。


「沙月ちゃん、ソレガシのバンドの曲、知ってっか?」

「スコシダケ」

「知ってる曲、言ってみな」

「Tod Leopard。ギターソロ、イイシュミ、シテタ」


曲名を告げると、薄くなっていた霧が一気に濃さを増す。

青空の下、青みがかった霧が、私と段陀を包み込んだ。


「そうかぁ。"Totentanz"。いい出来だったものなぁ」


言葉と共に、再びギターの音色が響く。

今度は、私に斬撃が襲ってこない。

周囲の建物が抉れ、祭りを楽しむ妖の悲鳴が聞こえた。


「あんときのドラムにベースは、とっくに"流された"んだがよ」


すまし顔だった段陀の顔が、狂気に歪む。

その顔、化粧をすれば、見覚えのある"THE Twenty Eight"の顔とそっくり一致した。


「最期に聴かせてやるよ。Tod Leopardから始めて10曲。何処まで立ってられっかな」


甲高いギターの音色。

テンポの早いリズム。

揺らいだ音色が"刃"となって襲ってくる。


4つの斬撃を躱して一歩足を踏み出した。

彼は3歩下がって"祭り"の中へと入り込む。


「さぁ!祭りを楽しむんだろう?早くしねぇと、テメェの仲間は誰一人として居なくなっちまうぜ!」


その叫び声と共に、ギターの音色は更に勢いを増していった。


斬撃。

対処。


前から上から後ろから。

霧に紛れて、音色と共に"刃"が飛んでくる。

それを刀でいなして、無理なときは身を捩って躱して段陀を追いかける。

彼が作り出した霧を揺らす風は、音色に合わせて不規則に揺れていた。


「ニゲヤガッテ」


斬撃。

悲鳴。


私の下に飛んでこない斬撃は、よそ見をしていた"百鬼夜行"の妖を貫いていく。


「3人消えたぜぇ!」


貫かれた妖。

酒に酔った顔を真っ赤に染めたまま、瞳の色が失われる。

そのまま金色の光を放つと、その光に纏われ"隠された"。


「カッテニ、ヨロコベ。モトイタバショニ、モドルダケ」


段陀の煽りにそう返すと、追いかける速度を更に増していく。

斬撃が飛んでくるスピードが増してくる。

それをいなし続けて、段陀を追いかけた。


祭りの中。

酒を手にした妖の騒ぎに、現代のパンクロックは似合わない。


通りを縦横無尽に駆け巡る。

その最中、斬撃が引っ切り無しに私の周囲に突き刺さった。


私に飛んできたものは斬り捨てて。

明後日の方へ飛んだ物は長屋の壁を抉った。

時々、運が悪ければ、"見物"していた妖が貫かれて悲鳴を上げる。


酒を手にした妖の、酒瓶を斬撃が突き抜けた。

瓶から噴き出た酒、その酒を被り、顔にかかったそれを舐めてニヤリと笑う。

刹那、襲い掛かって来た斬撃を間一髪の所で斬り捨てて、更に足へ力を入れた。


「ツ カ マ エ タ ! ! !」


転調。

速いリズムが、更に速さを増す直前。

これから、1曲目のサビに入る頃。

私の間合いに、彼の姿を捉えた。


「タメシテヤル」


私の叫び声に、クルリと振り返った段陀。

その顔に、焦りの表情は一つも見えない。


宙に浮いた一瞬。

ピックを手にした右手の中指を、グイっとこちらに突きつけてきた。


「待ってました!」


そのまま弦を弾く段陀。

一際甲高い音色が周囲に劈いた。

霧はさっきよりも濃さを増し、最早斬撃の"生まれ際"が見えなくなる。


その中で、ヒュウと耳を貫く斬撃の音。

それに反応して手を出せば、更に多方面からの斬撃が私の体を切り裂いた。


「ギッ!」

「おっ、当たりぃ」


切り裂かれたのは、左の脇腹に、右胸、そして傷のある右の頬。


「ヤッタネ。アンタ、ヒトツ、マチガイヲ、オカシタナァ」

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