87.人混みは苦手だけど、楽しさに上書きされるなら別に良いか。

人混みは苦手だけど、楽しさに上書きされるなら別に良いか。

きっと、1人でいる人混みが苦手なだけなんだ。

誰かと居れるのであれば、誰かと騒げるのであれば、周囲に誰が居ようと気にならない。


「ナッ!」


ヒュッと浮いた体。

雨上がり、ぬかるんだ地面を蹴り上げて、跳びあがる。

ギョロっと突き出した"運び人"の大きな双眼が、私の顔を射抜いた。


宙に浮いた体は、最高点に達した。

そこは、"運び人"の眼前。


抜刀、一閃。


そのままの勢いで、"運び人"の肩を足場にして別の"運び人"の元へ跳ぶ。


「ウワァァァァァ!!」

「クルナ、クルナァァァア!」


先頭に立つ"運び人"よりは一回り小柄な、2列目の2人組。

巨大な先頭の後ろで、趣味の悪い笑みを浮かべていた顔は、一気に恐怖に塗り替えられた。


恐怖しつつも、腰に下げた刀に手が当たる。

それが抜かれるよりも早く、妖の下へすっ飛んでいく私の体。

ぬかるんだ地面まで、後少し。


一振り、二振り。

1体目は首筋、2体目は突き出た腹。


2体を斬り抜いて着地する。

ぬかるんだ地面、少しだけ前にスライドした。

一瞬のうちに音楽が鳴りやみ、周囲に避けていた妖の声も静まり返る。


ヒュッと刀を一振り。

3体分の血が、刀から飛んだ。


「ンー、チョウシ、イイカモ」


眼前に刀を掲げ、左手でスーッと刀身を撫でると、刀にクッキリと私の顔が映り込む。

昨日、念入りに手入れした甲斐があったというものだ。


「沙月様、先頭の首だけは確保しました。話が通じるのであれば、"使えます"」


刀の血を飛ばしている間、背後からは金色の光が照らしていた。

八沙が操る呪符の光、モトのそれよりも明るく輝く金色の光が、真っ二つに斬られて崩れ落ちた"運び人"を"隠して"ゆく。


「リョーカイ。ソロソロ、デテクル、ハズ」


私の横までやって来た八沙にそう言うと、歩みを止めた行列の方をジッと見据えた。

楽器の音も消え、静まり返った行列。

"運び人"達は、楽器を地面に放り投げ、皆一様に抜刀してこちらに切先を向けている。


「サァテ。コノ、ギョウレツ、センドウ、シテ、ヤロウカナ」


静まり返った中。

妖言葉を話す私の声だけが通り抜ける。

ゆっくりと、左耳の後ろに手をあてて、待ち構えるは"28号"の襲来。


行列が止まれば、何処かから現れるはずだ。

彼らにとっては"商品"が届かないのだから。


「……」


静寂の中。

目を閉じて、ジッと"音"が来るのを待ち構える。


平日の往来も、この異様な空気の中で言葉を発する妖はいない。

彼らは静寂の中で、私と"行列"の対峙を見ているだけに過ぎない。


やがて、遠くから何かの物音が聞こえてきた。


「来たかな」


目を開けて、目線を上の方に向ける。

その音は、上から、長屋の屋根の方から聞こえてきた。


ぞろぞろと、複数人分の歩く音。

サッと何かが構えられる様な音。


身なりの小汚い妖。

"流れ者"で間違いない。

通りの左右、ズラリと並んだ彼らは、手にした弓矢をこちらに向けた。


まだ、何も"事"を起こす様子が無い"流れ者"。

まだ、動かないでいる私達。

目当ての人影は、まだ拝めていない。


すると、行列の奥の方から、何者かが拍手する音が聞こえてきた。


「まさか、真正面から斬り込んで来るとは思いませんでしたよ」


ねっとりとした、早口言葉。

小馬鹿にした態度、行列の奥から姿を見せたのは、街の風景にに使わないスーツ姿の男。


「ハツキ」


行列の中、"運び人"達の間を縫って現れたのは、今日の目標の1人。

私は、彼を見据えると、ゆっくりと口角を吊り上げた。


「ダンダ、ドコ?」

「さぁ?あの男も不真面目ですからねぇ、来るんだか来ないんだか」


言葉を交わす間、徐々に周囲を霧が覆いつくしていく。

その霧は、葉津奇の周囲から噴き出てきている様。

その様を見て、私は更に口角を吊り上げると、首をグッと傾けて見せた。


「ニド、オナジテ、クワナイ」

「どうでしょうねぇ」

「ソレニ、オマエノアイテ、ワタシ、デハナイ」

「は?」


一歩後ずさる。

訝し気な目を向ける葉津奇。

私の横に居た八沙が、手にした"赤紙の呪符"に真っ黒な靄を宿すと、彼の表情は一瞬のうちに曇り始めた。


「葉津奇ィ。久しぶりですねェ」

「一昨日ぶりでしょうかね」

「いぃやぁ。もっと前だよ」

「前?そんな顔に覚えは無いですが」

「だろうね。僕は別の姿をしていたからさ」


一歩、私の前に踏み出した八沙。

その姿は霧に包み込まれ、その間に姿を"普段の"姿に変化させた。


一瞬の身変わり芸。

小さな"運び人"に引けをとらない、長身紫髪の大男が姿を見せる。


「どうだ?ワシの面、忘れたとは言わせねぇぜ」


八沙の変化に周囲は一気にざわついた。

対照的に、言葉を失う葉津奇。

余裕綽々な態度を見せていた彼の足が、一歩後ろに下がる。


「貴様…!鵺…だったのか」

「逃げらんねぇなら、テメェ何て小物も良い所だな。沙月ぃ!やっちまうぞ!」


私は八沙の言葉に頷くと、左耳の裏、刺青にあてていた指先に念を流す。


「マツリ、タノシイ、タノシイ、マツリノジカン」

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