86.高い所に陣取ると、何故か落ち着く。

高い所に陣取ると、何故か落ち着く。

人が点になって見えるような、いや、最早見えなくなっても良いくらい。

高ければ高いほど、自分だけの世界に入り込みやすいんだ。


「ここ、穴場だったね」


昨日まで降っていた雨がすっかり晴れた朝。

青い空の下、白い提灯が5つぶら下がる通りを見下ろしていた。

ここは通りの端、"ゴノヤカタ"から程近い、長屋の屋根の上。

この長屋だけ、他の長屋よりも高さがあった。


「そうですね。ゴノヤカタがスタート地点なら、動き出しも見えるかもしれません」

「そうでしょう。"在庫"はあそこの倉庫にしかないのだから」

「そう言えば、彼らはどうするんです?」

「知らないよ。見つける事だけが条件だったんだもの。寧ろ八沙、知らないの?」

「ええ。本家的にも重要視されてなかったんですよ。こっちの人間の生死は」


長屋の屋根に腰かけて、あっけらかんとした口調で八沙が言う。

思わず、彼の方に目を向けて、「本当?」と聞き返した。


「ええ。極一部、行方不明届が出ている者が居るようですが、大半は身寄りの無い者か、表向きの立場が無い者なのでしょう。余計に世間を混乱させたくないといった感じかと」

「助けても、口止めまでは出来ないか」

「それに、異境に来たものは妖を引き寄せますからね。真面な人生は諦めてもらうほか無いです」

「元々諦めなさいって人生かもしれないけど」

「その手の人間に、残念ながら利用価値は無いでしょう。僕達の役目であれば、尚更」

「管轄外とでも言いたげだね」

「実際、そう思って構わないと思います」


八沙はボーっと眼下の妖達の流れを見ながら言った。


「だから、僕達に出来る事は、"次"を防ぐ事です」

「だから、見つけるだけで良かった訳だ」


八沙の眺める所から更に遠く、"ゴノヤカタ"の方をジッと見つめて、通りに視線を移す。

朝、9時を過ぎた頃だろうか、活気づき出した通りは、ここ数日と似た"平日"の空気が漂っていた。


雨上がりの朝。

通りの脇には、所々水溜りが見えている。

道も、少しだけぬかるみが残っていた。


「丁度、6日目。ほぼ1週間」

「何がです?」

「ここに来た当日、行列を見たの。モトに連れられてね」

「週1ペースなら、結構"大漁"だ」


八沙は趣味の悪い冗談を1つ呟くと、薄く口元を吊り上げる。


「今日って、向こうは5日?」

「はい。5月5日です」

「6日も、ここに居るのか」

「気づけば、随分な長居でしたね」

「全く」


朝の平和な時間。

長屋の瓦の上で、雑談を交わす私達。

そんな折、遠くから、弦楽器の音色が聞こえてきた。


「……」


顔を見合わせて黙り込む。

音の方角は、"ゴノヤカタ"。

すぐに身構えて、音色の続きを探る。

この音色は、間違いなく初日に聴いた音だ。


「この音だ」

「思ったよりも、早かったですね」


聞こえてくる音色。

初日に聞いた時よりも重厚感が増している。

"ゴノヤカタ"の方を眺めてみれば、結構な数の"運び人"の影が見えた。


「1匹刻んだだけだものなぁ」


次から次に出て来る"運び人"。

この間、"ゴノヤカタ"で暴れた時は、オフだったせいか弱々しかった彼らだが、今の彼らはどいつもこいつも殺気立って見えた。


情報通り、先頭集団を形成する"運び人"は"凄味"が違う。

この間は気づかなかったが、確かに、他の"運び人"とは体躯が違って、一際巨大。


「どうしましょう」

「あの手の行列に喧嘩を売るなら、手は1つさ」


遠くから聞こえてくる音色。

遠い遠いといっても、"ゴノヤカタ"からこの通りまでは歩いてすぐ。

眼下に、楽器の音色を聞いてソワソワしている妖達の姿が見えた。


「来るまでは待ってやろう」


屋根の上で行列を待ち構える。

不安になってくるリズム、徐々にその音色が強さを増してくる。


「そろそろか」


眼下の妖達の顔の向きが、1方向に向けられて、誰からともなく道を開けだした。

ちょっと先、この通りの端っこに、行列の先頭が見えてくる。


「葉津奇は確保だよね」

「出来ればですけどね」

「任せても良い?」

「はい。問題ありませんが、沙月様は?」

「ロッカーボーイと遊んでくる」


遂に眼下の妖達が道を開けだした。

それに合わせて、長屋の瓦をトンと蹴飛ばす。


飛び上がって、ひゅうっと浮遊感。

そこそこの高さがある長屋から、通りのど真ん中にスッと着地。

ぬかるんだ地面が少し抉れた。


「エカキ!」

「アブナイ!ソコ、ヤツラ、クル!」


周囲の妖達が私に気づく。

何時ものように、挨拶を返さず、左手を刀の鞘にあて、じっと行列が来るのを待った。


「エカキ!」


喧騒の中。

徐々に大きくなる楽器の音。

不安になるリズムに乗って、ゆっくりと巨体がこちらにやって来る。


一歩、前に踏み出した。

対峙する"運び人"、この間の様な"雑魚"じゃなさそうだ。


「ソコヲ、ドケロ!」


先頭の"運び人"、手にしているのは、私とよく似た意匠の刀。

制止を意に介さず、私は"運び人"達の行列に突っ込んでいく。


「トマレ!」


あと少し、"運び人"の間合いまで。

こちらは手を伸ばしたって届かない。

楽器の音に交じって、チャっと音が聞こえた。


トン!と地面を一蹴。

さっきまで私の首があった位置、すり抜けていく刀、空を斬る音。

"運び人"の視線は上に向けられ、これ以上になく見開かれたが、その時はもう遅い。


「さぁさぁ、楽しイ、楽シイ、タノシイ!"マツリ"ノ、ジカンダァ!」

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