83.大体が分かっていてもあと一押し、必要が無くてもやっておいた方が良い。

大体が分かっていてもあと一押し、必要が無くてもやっておいた方が良い。

最初に得られた答えが、そのまま100%の答えであれば良いけれど、そうじゃない事の方が多いんだ。

だから、あと一押し、もっと何かが無いか調べてみるのさ。


「八沙にああいう"お仲間"がいたとはね」


茶屋を後にして、雨が降り続く街に戻った後。

少し歩いてから、そう言って横を歩く八沙の腕を突いた。


「同心に岡っ引きが居るのと同じです」


貰った番傘の下。

クスッと笑った八沙は、そう言うと、残った"手土産"を掲げる。


「残りを片付けて、他をあたりましょう。あと2人、僕の昔馴染みがいるんです」

「どのあたりの妖?」

「件の通りからは少し離れますね」


そうこう言ってる間に、頭上に白い提灯が5つぶら下がる通りまで辿り着いた。

そこからは、夜中に回れなかった店を回るだけの簡単な作業。

八沙と手分けして、昼から開く店を回っていく。


「エカキ」

「どうも。行き成りだけど、これ、受け取ってくれる?」


入っては、手土産を渡して事情を話して回る。

大半は、何時かの蕎麦屋で"絵を描いた"面々。

そうじゃなかったとしても、この間"流れ者"を斬った功績があるからか、友好的な反応をしてくれた。


「ごめんなさいね」

「イイ。コッチノ、ジチ、ノモンダイモアル」

「自治?」

「サキモリ、ソッチト、キメゴト、アッタ。キヅカナイナラ、コウナルノモ、ワカッテタ」

「大人の決め事があったの」

「ソウイウコト」


それなりに長い通り。

店に入るたびに、少し会話を挟むから、回る軒数が残り少ないとはいえ、それなりに時間はかかるだろう。


2軒目を終えて外に出て、まだまだ降り続きそうな黒い雨が降る通りへ戻る。

ぬかるみだした端を除けて、妖の中に紛れて歩いて、3軒目へ。

3軒目は、この通りに幾つかある茶屋の1つ。

その軒先に、妖が座って団子を食べていた。


何気なく妖の姿を見て、その姿に私の目は大きく見開かれる。

傘をさしたまま、思わず足を止めると、団子を食べていた妖は、こちらに気づいてニヤリと笑った。


「よぉ、女狐ちゃん?」


悪趣味な笑顔。

相手を嘲笑うかのような口調。

この場には似合わない、ダボダボの長袖Tシャツとカーゴパンツ姿。


「段陀沢」

「おっ、ソレガシの事を調べてくれたのか?」


右手に手土産。

左手に"仕込み無し"の番傘。

一歩引いて彼をジッと見据えたが、ギターの無い段陀は、苦笑いを浮かべて両手を上げた。


「事を起こすかよ、馬鹿。今はオフなんでね」


緊張感を微塵も感じない。

その余裕が、私にとっては不気味で仕方が無かった。


「それに、女狐ちゃん。アンタにはあの眼鏡みたいな手は使わねぇ」

「眼鏡みたいな手?」

「霧の中から殴るみたいな真似、するかよ」

「ああ。そういう事。優しいのね」

「人畜生にあの手は"勿体ない"のさ。あの老いぼれと一緒にすんなや」

「大差ないと思うけど」

「ソレガシはな。出来る事なら"相手"に合わせてやりてぇんだ。つまんねぇからよ」

「良い心がけだね」

「ああ。それに!」


そう言いながら、団子が1つ残った串を、ヒョイと通りに放り投げる。

突飛な行動に、驚いて一歩引き差がる。

段陀は、そのままの勢いで私の目の前に寄ってくると、背中に手を回し体を引き寄せた。


「女狐ちゃん、貴様、顔も体もソレガシのタイプでね」


笑っていない目が私に突き刺さる。

背中から、スーッとその下の方に手が回された。


「それ以上下げたら蹴り上げてやる」


顔一つ分背の高い男に向かってそう言うと、段陀の手はそこで止まる。

口角が吊り上がった、間近に迫った段陀の中性的な顔が、私の視界の大半を占めた。


「銭湯でも見かけたんだ。良い体してたな。ああ、あの雑魚餓鬼といたよな。よく一緒に入って来たもんだ」

「……」

「人間ってのは、下らねぇ分別があったよな。そこに恥じらいも無かったってことは、やっぱ貴様はただの餓鬼じゃないよな」

「離して」


一瞬、頭の中が真っ白になったが、すぐに彼を押し返すと、そのまま番傘を閉じて店の中に入って行く。

段陀はそれに付いてくると、私の肩をグっと掴んで強引に私を振り向かせた。


「なぁ、何もしねぇから!も少し付き合えや。女狐ちゃん、名前は?」


怒声からの甘ったるい声。

感情を感じない、大きな黒目が私の目をジッと見つめていた。


「"殺せる"のは滅多にいねぇ。まして"新品女"なんてな。だから名前は覚えておきたいんだ」

「入舸沙月」

「ありがとよ、沙月ちゃん。今日までの命、好きにしな。明後日からは、ただの生人形だ」


段陀はそう言うと、肩から手を離して、その手を私の方に見せてヒラヒラと振って見せる。


「じゃぁな、沙月ちゃん。明日まで"新品"でいろよ?あぁ、あの餓鬼は暫く無理か」


下品な笑み浮かべて去って行く段陀。

店先で、ひとしきりやり取りを遠目に眺めていた妖が、ようやく姿を現した。


「エカキ、アレ」

「ずっと探してた奴だよ。明日、会いに来てくれるらしい」


恐る恐るといった様子で話しかけてくる妖。

私は、段陀が去って行った方をジッと見つめたまま答える。


「安心して。明日、切り刻んでからどっかに送ってやるから」


そう言って振り返ると、妖は私の顔を見て一歩後退した。

妖の顔を見た私は、ハッとした顔を浮かべると、すぐに表情を消して手にした土産を突き出す。


「ごめんなさい、店先で。これを渡しに来ただけなの」


キョトンとする妖。

かくかくしかじかと、訳を話すと、妖はホッと胸を撫でおろした様子。


「ソウイウコトデスカ」

「明日は、ひょっとしたら、この通りで騒ぎを起こす事になるかもね」


妖にそう言って頭を軽く下げた私は、もう一度外の様子を見てから口を開く。


「もし、ここで騒ぎが起きるなら。旦那さん、私に"呼び出される"かもしれませんよ」

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